「これからここにやって来る親爺を騙くらかして金を借りるのだが、それについて見るからにやくざ者のおまえさんに居て貰っちゃ都合が悪い。悪いがちょっとの間、土蔵の中へ隠れててくんねぇ」
そう言って小富を土蔵に案内した次郎長、小富が土蔵の中に入ると、
「窮屈な思いをさせてすまねぇが、ちょっとの間だ、まあ我慢してくんねぇ」
と言うと土蔵の重くて頑丈な扉を閉め、それからガチャと鍵を掛けた。これを聞きつけた小富、
「おい、いまガチャと音がしたが鍵をかけたんじゃねぇのか。なんだって鍵なんて掛けるんだい」
「心配するな、ふっと、親爺が土蔵に入るかも知れねぇだろ。そのときの用心だ」
「なるほど、そらそうだ。そいじゃあ、なるべく早いこと頼むぜ」
「任しときねぇ」
そう言って次郎長は土蔵の側を離れ、裏木戸から往来へ出て、そして言った。
「ははは。バカな奴だ」
むっと暑かった。道端に多くの雑草が生えていた。そのところどころには花も咲いていた。
次郎長はその足で、宿外れで飯屋を営む金吉、通称を飯金という男のところへ行った。
暖簾をくぐって店土間に入る。なかは薄暗くって客はない。
次郎長は奥へ向かって声を掛けた。
「御免よ」
「へい、いらっしゃいまし」
そう言って奥から出てきたのが飯金、紺色の前掛けをしている。
「なんだい、次郎さんかい。飯を食いに来たのかい」
「こんなとこで飯なんて食うかい」
「こんなとこで悪かったな」
「戯談だ。まあ、そう怒るない。いや、実はな、今日はおめぇに頼みがあってきたのよ」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。