力の弱い者が嘘つきにされがちなこの世の中で

先日、cakes編集部の認識不足、当事者への配慮不足により、多くの方を傷つけてしまいました。このことを受けて今回は、なぜ女性はよく「嘘つき」呼ばわりされてしまうのか、をテーマにお送りします。アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんが語ってくださいました。

最近cakesで問題になったコラムがある。私はこの頃cakesを含めて日本語の記事をほとんど読んでいないし、ソーシャルメディアで過ごす時間も短くしていたので、編集担当者から教えてもらうまで問題になっていたことも知らなかった。

問題の記事は読みそびれたが、それを問題視している人々の意見から間接的に内容を知った。その時に私の胸にこみあげたのは「憤り」だ。だが、その直接的な感情の嵐が過ぎ去った後、「これは、これまで気づかなかった人々にとっての学びの機会になるのではないか」というポジティブな感情が浮かび上がった。

これまで何度も書いてきたことだが、個人に怒りをぶつけて叩くだけでは社会は変わらない。その人が押しつぶされて終わりになる。それは、社会変革のマッチをするようなもので、数秒で炎は消えてしまう。そうではなく、そこで問題になっていることに光を当てて焚き火にし、聖火トーチのようにして多くの人に広めてもらうべきではないだろうか。

問題になったcakesの記事を読んでいないので断言はできないが、読者の意見を読んでいると女性である相談者が「誇張や嘘」を語っているという決めつけがあったようだ。私はそこに回答者すらもしかしたら気づいていない「刷り込み」があったのではないかと察している。この件に限らず、女性が語ることは「誇張や嘘」だと捉えられがちだ。性的暴力やハラスメントの被害にあった女性が告発すると、必ず多くの人から「嘘つき」だと人格攻撃される。日本では、自民党の杉田水脈衆院議員が女性への暴力や性犯罪について「女はいくらでも嘘をつけますから」と発言したことが話題になったが、女性が女性を貶める発言をするのは日本に限ったことではない。アメリカでもよく見かけることなので、たぶん世界中で同じようなことは起こっているだろう。

そこで、cakesという場で焚き火を作ってもらうために、「女は嘘をつく」というよくある思い込みについて、書かせてもらおうと思った。

杉田議員のケースもそうだが、「女が『女はいくらでも嘘をつく』と言うのだから、本当のことだ」というのは多くの男性に歓迎される考え方だ。わざと口にする女性がいるのは、「女にしては物分りがよい」と男性社会に受け入れられ、人気者になれるからだ。

むろん、女性が嘘をつくことはある。だが、人間であれば、どのジェンダーでも嘘はつく。「私最近太ったと思わない?」「そんなことないよ!」、「最後に残っていたチョコレート食べたでしょ?」「え、知らないよ」的な誤魔化しを含めたら、ほぼすべての人が嘘つきだと私は思っている。「嘘をついたことがない」と堂々と言う人がいたら「嘘つき」とみなしてよいだろう。また、「女のほうが嘘をつきやすい」という信頼できるデータは、私が探したかぎりどこにも見当たらない。

では、なぜ女性はよく「嘘つき」呼ばわりされ、それに同意する女性がいるのだろうか?

それは、社会の強者にとってそのほうが都合良いからであり、弱者にとっては長いものに巻かれるほうが楽で安全だからだ。


トランプが語る代替的事実とは

この件で真っ先に頭に浮かんだのが、私が翻訳したレベッカ・ソルニットの『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)だった。ソルニットは、このエッセイ集の中でアメリカに蔓延るミソジニー(女性嫌悪/女性蔑視)について何度か語っている。そのひとつの例が、2016年大統領選挙でのドナルド・トランプとヒラリー・クリントンのメディアによる扱いの差だった。

トランプ大統領はワシントン・ポスト紙が大統領就任からつぶさに記録しているトラッカーによると、2020年8月時点で2万2千以上の嘘をついている。1日に50以上の嘘をつくというのは普通の人には到底達成できないペースなので、「トランプ大統領は嘘つきである」と断言していいだろう。

ところが、トランプ大統領の口から毎日大量に流れ出すのは、「嘘」ではなくて、「代替的事実(alternative facts)」というものらしいのだ。

2017年のトランプ大統領就任式の際、ショーン・スパイサー大統領報道官は集まった群衆が「史上最大だった」と発表した。ところが実際には、オバマ前大統領の時より少なかったのが写真など多くの客観的情報から明らかだった。その明らかな「嘘」に対して、広報戦略を担当したコンウェイ大統領顧問がNBCの政治番組「ミート・ザ・プレス」で「代替的事実」だと反論したのだ。つまり、トランプと彼の取り巻きにとって「事実」であれば、それに反するどんな証拠があっても、単なる「事実」のバリエーションのひとつにすぎない、ということだ。この表現は、ジョージ・オーウェルの『1984 (Nineteen Eighty-Four)(1984年)』に出てくる政治的なプロパガンダ言語の「Newspeak(ニュースピーク)」という言語を連想させる。国民の思想を管理して一方向に導くために、単語の元来の意味が歪められた造語なのだが、同様の発想だ。その不気味さにも、アメリカ国民の多くはすっかり慣れきってしまったようだ。

新型コロナウィルス感染症のパンデミックでも、トランプ大統領は「インフルエンザのようなもの」「そのうち消える」など、専門家の意見に反する無防備な発言を繰り返してきた。その結果、アメリカの感染者数は10月半ばで820万を越え、死亡者数も22万を越えて、世界でも最悪の状況になっている。それでも、トランプとトランプ政権は、「アメリカは他国に比べて非常によくやっている」と平然と嘘をつき続けている。また、少なくとも26人の女性がトランプから性的暴力を受けたと名乗りを上げているが、トランプはすべて彼女たちの嘘だとはねつけている。

でも、トランプは「信用を失う」どころか、未だに全体の42%を占めるアメリカ人が彼を支持している。しかも、その大部分がトランプを「正直」だと思っている。権力がある男性がつく嘘は、嘘ではなく「代替的事実」ということなのだろう。


特権階級の人がもつ自覚のなさ

しかし、女性には「代替的事実」を語る権利はないようだ。

「代替的事実」を語るトランプと大統領選を戦ったヒラリー・クリトンは、実際にはかなり正直な候補であったのに「嘘つき」というレッテルを貼られた。そして、(リベラル寄りと言われるテレビ局を含めて)メディアはトランプの数限りない嘘を見過ごし、クリントンの小さな失敗や失態を拡大して伝えた。それについて、ソルニットは「ドナルド・トランプの孤独」という章で次のように書いている。

…しかも、これだけ不公平な扱いを受けたにもかかわらず、票数ではトランプに300万近い差をつけて勝ったというのに(彼女が獲得した票数はアメリカ大統領選のいかなる白人男性よりも多い史上最高数だったというのに、誰もそれについては語らないのだ)。

「白人労働者階級に配慮しなければならない」という分析は、彼女が負けたのは白人男性に十分な配慮をしなかったからだということを言っている。こうした分析をする者たちは、アメリカ人の37%は白人ではなく、51%は女性だということには興味がないようだ。テレビ、映画、新聞、スポーツ、書籍、そしてわたし自身が受けた教育や生活からずっとそういう印象を抱いてきたのだが、わたしたちの国のすべての行政レベルで誰がもっとも多くの座席を持っているのかを考えれば明らかなように、白人男性はすでに多くの配慮をされている

彼女が敗北した理由としてメディアが語ったもうひとつのストーリーは、43%がクリントンに、53%がトランプに票を投じた、白人女性についてのものだった。すべての女性がフェミニストであるべきであり、フェミニストになれるのは女性だけだという思い込みを根拠に、わたしたち女はトランプに票を投じたことを非難された。アメリカ合衆国に住む女性の多くがフェミニストではないということに、わたしは驚かない。フェミニストであるためには、自分たちが平等であり、同じ権利を持つと信じなければならない。だが、自分が属している家族やコミュニティや教会や州がそれに同意しない場合には、日常生活で居心地が悪くなり、危険にもなる。11秒ごとに女性が殴られるこの国で、しかも10代から40代までの女性に暴力を与える加害者のトップが現在や過去のパートナーであるこの国では、多くの女性にとって、自分が平等で同じ権利を持つと考えないほうが安全なのだ。そして、フェミニズムが恒久的に歪められ悪者扱いされている国では、男女が平等で同権だという信念は普遍的なものではない。

レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、「ドナルド・トランプの孤独」より抜粋。

アメリカでは、建国の時代からすべての分野を仕切ってきたのは白人男性だった。その流れで、現在でも行政、メディア、映画界、ウォール街などすべてのエリアでトップの座を占めているのは未だに白人男性だ。だから、彼らのつく嘘は「代替的事実」になり、下に就く者は、それを事実として受け入れないと攻撃され、排除される。

自分が属している家族やコミュニティや教会や州が「女性も男性と平等であり、同じ権利を持つ」ということに同意しない場合には、女性がそれを主張すると、周囲から批判され、叩かれ、居心地が悪くなるし、危険にもなる。そこで、「自分が平等で同じ権利を持つ」と考えないほうが安全だと考え、行動する女性が多くなってしまうのだ。日本では日本国籍を持つ男性が、アメリカの白人男性に匹敵するだろう。そんな男社会でトップに立った女性が他の女性を批判しがちなのは、男視線を受け入れることで勝ち組に受け入れてもらい、成功したからだろう。でも、本人にはその自覚がないと思う。

ソルニットが書いているような「すでに多くの配慮をされている」人々に共通するのが、この「自覚のなさ」である。それは、本人にとっても危険なことなのだ。

その人が残酷であったり、間違っていたり、愚かであったり、馬鹿げていたり、不条理であっても、あまりにも大きな権力を持ったがために、それらを指摘してやる者が周囲に誰ひとりいない男(女性にもいるが、まれである)にしばしば遭遇する。他人がどう感じているのか、何を必要としているのかを知ろうともせず、他人がどうなろうと気にしないというのは、ほかの人の存在を認めようとしないことであり、つまるところ、世界に自分以外誰ひとり存在しないのと同じだ。トップに立つ者はそうやって孤独になる。これらのしみったれた専制君主らは、正直な鏡や、ほかの人びとや、重力が存在しない世界に住んでいるようなものであり、自分がおかした失敗の悪影響からも逃れている。

レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、「ドナルド・トランプの孤独」より抜粋。

この部分で思い出したのが、去年のクリスマスでコネチカット州グリニッチの義弟の家に夫の家族が集まった時のことだった。その時に起こった出来事を語ろうと思う。

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アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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sophia_roses この「代替的事実」って言葉が怖すぎて…懐かしい曲の歌詞『えらきゃクロでもシロになる』を頭がよぎる…いやいや事実は代替できないよね?こんなこと言って通るなんて狂ってるし野蛮極まりない https://t.co/E1eOyc5afL 18日前 replyretweetfavorite

positivitea_us 胸を打たれる、当事者意識の高いお話でした…! 23日前 replyretweetfavorite

Lybliss1 「女はいくらでも嘘をつく」がまかり通る社会で、どうして「女性活躍」なんて実現できるだろう。 力にまかせて、自らにとって不都合な真実を握り潰す卑怯者になってはいけない。 https://t.co/ejBp4pzPGZ 23日前 replyretweetfavorite

miyalocked |アメリカはいつも夢見ている|渡辺由佳里|cakes(ケイクス) https://t.co/3FcT5X2kvM 23日前 replyretweetfavorite