最終回】​「あの人は嫌い」と公言したら、自分の心に起きたこと

マレーシアに移り住み、日本の常識とは異なる価値観や視点を発信している野本響子さん。今回は、マレーシアの人々が他人に対して好き嫌いを公言していることについてです。日本では、好ましいことと受け取られないような話ですが、これには意外な効用もあるようで…。

さて、マレーシアで学んだ「寛容さ」について紹介してきたこの連載。少し意外なようですが、私の周囲の人々は、他人に寛容な一方で、普段、思ったことを正直にいう傾向にあります。


他人をカジュアルに「嫌う」人々

私が最初にマレーシア人の多いジムでびっくりしたこと。
それは人々が「好き嫌い」をハッキリ公言することです。

マレーシア人同士を引き合わせたら、「せっかく紹介してもらって悪いけど、あの人は好きじゃないの。センシティブすぎて私にはむり」と、電話かかってきたこともありました。
紹介してすぐに一緒に出かけて、判明したらしい。

マレーシア人は、すぐに友達になってくれるってお話はしましたが、嫌いになるのもまた早い。知り合ってすぐに旅行に行って、帰ってきたら絶交なんてこともあります。

最初の頃は、他人のこと、「嫌い」って言っちゃっていいんだ……と思いました。
そして、わざわざ電話かけて来て言うんだ……ってのにも驚きました!

こんな感じで、好き嫌いをはっきりさせる人はかなりの割合でいます。

「二面性があるから嫌い」
「ドラマすぎて(「わざとらしい」のような意味らしい)嫌い」
「ボッシー(威張ってる)だから苦手」
「キアスすぎる(華人の言葉で、張り合う気持ちが強すぎる、みたいな意味)」
—みたいな理由で、結構みなさん、カジュアルに誰かを嫌ってる……。

けど、その好き嫌いを、他人に強要しないので気楽でした。
「あの人って嫌だよね、あなたもそうでしょ?」ってならない。「自分は嫌い、以上」って感じの人が多いかな。

なんというか、「感情をためない」んですよね。FacebookでUnfriend(友達解除)したりしてその時は、「なんで友達解除するの!」みたいに、ちょっとした諍いや喧嘩はあるんだけど、仲間外れみたいなことは起きませんでした。
そして、気がつくと、いつの間にか嫌いだったはずの人同士が仲良くしてたりします。

「あれ、どうしたの」と聞くと、「もう嫌いじゃなくなった」というのです。
まるで風船みたいにくっついたり、離れたりしてる……。

へえ、こんなのアリなんだ……って感じでした。
それから、私も真似して、苦手な人のことは「苦手だ」と言ってみることにしました。


真似してみて、自分の心に起きたこと

他人を「嫌いだ、苦手だ」と言葉にすると、最初はちょっとした罪悪感がありました。何しろ、日本では人のこと「嫌い」と公言したこと、多分なかったと思うんです。日本の学校時代は頑張って「みんな仲良く」しようとしてた気がします。

ところが、いざ口に出してみると、なんだか少し心が軽くなりました。本人にも「しばらく距離置きましょ」といって離れると、どういうわけか、その人のいいところも見えてきたりします。
「あれ、そんなに悪い人でもないじゃないか。別に嫌いじゃなかったかもな……この人」って思ったりします。
そしたら「嫌いじゃなくなった」って言えばいいと気付きました。

さらに、他人に「あの人が嫌いだ」というとき、「なんで嫌いなのか」をじっくり考えるようになりました。

私の場合、口に出してみると、「他人をコントロールしようとしてくる人」と「愚痴ばかりな人」「やたらパーティーに誘ってくる人」がなぜか嫌いなことがわかりました。

けど、「なんでコントロールされたり、愚痴を延々と聞かされたり、パーティーに誘われるのが嫌なんだろ」って考えていくと、結局「時間を無駄にされるのが嫌なんだ」ということに思い至ったのです。

私はどうも「自分の時間をコントロールしたい」という欲望が、他人より強いようです。私の怒りの誘引元は「自分の時間を侵害されること」にあったってわけです。

「嫌い」の原因が、実は自分にあって愕然とすることもありました。
ある人の振る舞いが、どうやら自分の嫌なところとそっくりだったとかね。


怒りを正確に言葉で表すと、怒りがコントロールしやすくなる

ところで私は子供から「お母さんはアンガマネジメントを学ぶべきだ」って常々言われてます。

そこで『怒りが消える心のトレーニング』(日本アンガーマネジメント協会・安藤俊介)を読んだところ、「怒りを表現する語彙力を身に付けると、怒りが爆発することはなくなります」という一文があったんです。

本書によれば、アンガーマネジメントとは、「怒らないこと」ではなく、「怒りに振り回されずにコントロールすること」。怒らないように見えてる人は、「怒り爆発に行く前にその種をうまく処理してる」のです。

図らずも、他人を「嫌いだ」って公言するのは、「怒りを語彙で正確に表現すること」に近いのです。

また、怒りの原因には、その人の「〜べき」「〜べきでない」(コアビリーフ)」があるそうなんです。

そして関係が近いほど「相手が自分を理解してくれる」と思い込むために、コアビリーフが強くなるんだそうです。
マレーシアのように、多民族・多宗教の国では、他人がへの期待値が低く、「べき思考」が少なくなり、他人に寛容になるのかもしれません。


「みんな仲良くしなさい」はなぜ起きるか

そうは言っても、家族など、「流動性の低い小さな集団」だとみんな仲良くするしかありません。五人しかいない小さな村で生活したら、一人と仲悪いだけで、いろいろと不都合がおきます。すると、ある程度は我慢してやっていくしかない。

日本の小学校では6年間ほぼ入れ替わりも少なく、「我慢して仲良くした方が合理的」。だから「みんな仲良く」を教えるのかもしれません。しかし、嫌いなものを好きなフリして付き合ってると、不満が溜まってイジメが起きることもあるかも。

一方、マレーシアでも家族や親戚になると、逃げ場がないから誰かを「嫌い」っていうのはまた難しいのかもしれません。
ジムのような場所にはある程度の流動性があるから、「嫌い」と言っても大丈夫……なのかな。

* * *

こんな風に見てくると、逆説的ですが、「好き」「嫌い」ってハッキリいうことで、人間関係って結構楽になり、寛容になれる気がしました。

こんな感じで「寛容性とは何か」「多様性とは何か」をテーマに書いてきたこの連載ですが、今回で最終回です。連載中に私の意見も随分と変わり、読者の方から新たな視点をいただくこともありました。お礼申し上げます。

みなさんが、心安らかに生活できることをお祈りします。それではまた!

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Photo by Oliver Twist on Unsplash


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この連載について

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怒らない力—マレーシアで教わったこと

野本響子

編集者・ライターの野本響子さんがマレーシアで暮らし始めて感じたのは、日本にくらべて驚くほど寛容なマレーシアの社会。「迷惑は掛け合うのが当たり前」「怒る人ほど損をする」など、日本の常識からしたら驚くことばかり。 この連載では、そんなマレ...もっと読む

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コメント

sanukimichiru https://t.co/xTVT3JLp6x   なるほどこれはいい話だ 言語化 明晰化 すぐ表明 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

888yys_sy888 https://t.co/GEUcqN7Ezi 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

gibbous_leo ▶️ 「私は嫌い。以上」で完結し、「だか… https://t.co/KU3CHbueGL 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

mametakecchan 心にきた。これだな、って思った。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite