膿を出すなら今しかない」|三軍暴骨(四) 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

 この時、捕らえられて拷問を受けた中原尚雄少警部は、「西郷と刺し違える覚悟で来た」と言ったため、私学校党の者たちは、大久保や川路が西郷暗殺を命じていたと思い込んだ。

 これにより私学校党を中心とした薩摩士族は決起し、二月十五日に北上を開始した。

 かくして熊本城をめぐる戦いが始まろうとしていた。

「大久保さん、この戦いは人的にも財政的にも、この国に甚大な損害を及ぼします。とにかく戦端が開かれる前に話をつけるべきです」

 大久保が紫煙を吐きながら言う。

「君は武士だったろう」

「かつてはそうでした」

「だが、武士であり続けようとは思わなかった」

「時勢を知れば、そうなります」

「世の中にはな、それを知りたくもなく、いつまでも武士であり続けたい者もいるのだ」

 大隈がため息をつく。

「それを正しい道に導くのが政府ってものではありませんか」

「そうだ。だが時勢に順応したくない者に、いくら正しき道を説いたところで、聞く耳は持たない」

「ということは、そういう輩を滅ぼすことで、それに続こうとする者たちへの見せしめとするのですか」

「そうだ。もはやそれ以外に道はない。かつて君は—」

 大久保が鋭い眼光で見つめる。

「自分たちの故郷が蹂躙されても、私に文句一つ言わなかった。だが此度は、私の故郷が灰燼に帰す。そして私は二度と故郷に帰れなくなるだろう」

 鹿児島の英雄の西郷を討てば、大久保は鹿児島の仇敵とされる。

 大久保は、自分の番が来たと言いたいのだ。

 話している内容とは対照的に、大久保の声音は冷静だった。

「それでもこの国のために、私は西郷とその与党を葬り去らねばならない。君が江藤君を見捨てたようにな」

「そのお言葉は心外です」

「それはすまなかった。前言を撤回しよう。だがこの国のためと思えば、友だろうが切るという気持ちは、君と同じだ」

 大隈は江藤を切ったわけではないが、その言葉をのみ込み、大久保に問うた。

「それほどの覚悟をしてまで、戦うと仰せなのですね」

「そうだ。私は君より彼らのことをよく知っている。彼らを野放しにしておけば、必ずやこの国の禍根になる。私が強い権限を持っているうちに、やらねばならぬことなのだ」

 大久保は有司専制体制が整った今だからこそ、故国の朋友たちを討ち、この国を前に進めねばならないと思っているのだ。

 —見事な覚悟だ。

 そして、それは無二の親友の西郷を討つことでもある。

「西郷さんを殺してもよいのですね」

 大久保が苦渋に満ちた顔をする。

「そうだ。本来なら吉之助さんを殺すだけでよかった。だが今となっては、それは困難だ」

「大久保さんは、西郷さんの暗殺を川路大警視に命じたんですか」

 その噂は一般市民にまで流布していた。

「そんなことは断じてしておらん」

「そうだったのですか。それは残念だ。西郷さんを暗殺した方が、戦争をやるよりは、はるかにましでしょう」

 大久保が目を剥く。

「君は合理的な男だな」

「そうです。もっと早く暗殺を命じるべきでした」

 確かに大久保は西郷暗殺を命じていないかもしれない。だが大警視の川路利良が、大久保の意思を忖度して刺客を送った可能性は高い。

 —だがそれは失敗し、私学校党を怒らせることにしかならなかった。いや、待てよ。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男はどのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と...もっと読む

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