「みやさん。俺の会社で鬼嫁って有名だよ」
ある日、夫が唐突にこう言ってきた。しかもなぜかウキウキしている。
みやさん=私。
俺の会社=夫の会社。
鬼嫁=残酷で無慈悲な嫁を罵っている語。
有名=世間に名が聞こえてること。
訳:私が、夫の会社で残酷で無慈悲な嫁だと名が聞こえていること。
はぁぁぁ? 仮に、私が本物の鬼嫁としよう。本物の鬼嫁という表現もなんだかおかしいけど。残酷で無慈悲な鬼嫁である私に「お前鬼嫁だぜ」と言う時点で、夫は死を覚悟しなければならない。しかし、ウキウキしているということはどういうことだろうか。
「はぁ?なんでそんなことになっているの」
あからさまに不機嫌な態度で投げつけた。
「みやさんが自分でそう言えって言ったじゃない」
——違う。いや、たしかに言ったけど、そういう意味で言ったんじゃない!
なんの悪気もない態度の夫よ…。ええ。そうですとも。結婚当初からお金が無い我が家。飲み会を嫌味なく断る手段として「嫁が鬼嫁」という設定にしてしまえば、いろんな飲み会を断れるだろうという提案をしたのだった。まさか有名と言わせるくらいに名を轟かせることになるとは予想だにしていなかったのだ。
「飲み会の断り文句としての『鬼嫁』は許可したよ。許可はしたけど、『有名』というのはどういうこと」
百歩譲って、普段、会うことのない夫の会社の人であれば、鬼嫁と認識されてもいい。でも、私は夫の会社で行われる納涼祭に毎年子どもたちを連れて遊びに行っていたのだ。その祭りのたびに、『鬼嫁』を晒していたということになる。穴があったら入りたい。本当に恥ずかしい。
「ほら。俺、お小遣いないじゃん」
——確かに。事実っちゃ、事実。お小遣いが無いのは、本当にお金が無いから渡せていないだけ。
「元屋さん、お小遣いももらえないなんて可哀想、奢ってあげるよ。って飲み物よく恵んでもらっているし、もらいタバコもしているんだよね」
と、嬉しそうに話す夫。
お小遣いがなくても夫はパソコンがあってインターネットに繋がっていて、好きなオヤツが食べられたら他は何もいらない人で、毎日楽しく生きている人なのだ。その事情を知らない人からするとお小遣いが無いと聞いたら、可哀想な人という扱いをされるのは目に見えている。
ここで誤解のなきよう言っておきたいのだけど、夫はタバコ吸わない人だ。なのになぜもらいタバコしているのか。これは、もらわなかったら相手や嫌な思いするからと謎の気遣いを発動しているかららしい。
「あと、みやさんにいつも悪戯されるじゃん、俺。その話をすると『鬼嫁こえぇ』ってなるんだよ」
——ぐっは。これも事実(noteの「旦那に悪戯し続けて10年目で知った真実」参照)。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。