京都とのなれそめ
いつからか、京都で酒を飲むとなれば真っ先に角打ちを思い浮かべるようになった。引っ越してくるまでほんの数回しか歩いたこともなかった大阪の町とは違い、京都へは大学時代に何度も通っていた。私はその頃、いとうせいこう・みうらじゅんの二人による『見仏記』の影響をそのまま受けて仏像めぐりに没頭しており、バイトをして旅費を稼いでは、泊りがけで京都の寺院の名だたる仏像を見に行くということを繰り返していた。
寺の朝は早い。一日にできる限り多くのお寺をめぐろうと思えば、自然とかなり朝早くから行動することになる。そうでなくてもまだ当時の自分は一人でふらっと居酒屋に入るなどという勇気を持ち合わせていなかったため、夕方に寺めぐりを終えたらすぐ近くの飲食店で丼ものなどをかき込み、ビジネスホテルでさっさと寝るだけであった。今思えば旅の夜に楽しみがまったくないなんてストイックだなと思うが、居酒屋めぐりの面白さなど露ほども知らなかった頃のことだ。
そうやって仏像目当てで接近していった京都だっただけに、“酒目線”でとらえ直すことがなかなかできなかった。「京都は僕にとって酒を飲むところではなく、歴史を感じに行く場所なんですよね」と若かりし自分なら格好をつけたことを口走っていた可能性もある。
背伸びして入る店
河原町の有名店「京極スタンド」に初めて飲みに行ったのはいつだったろうか。とにかく京都に通い始めてだいぶ経ってからのことだったのは確かだ。いい店があると聞いて思い切って一人で入り、活気あふれる店内で瓶ビールを飲みながらおでんか何かをつまんでいたら、隣の席のご婦人に話しかけられた。そのようには見えなかったが、70代になるんだと言っていた気がする。「明るいうちからここでビールを飲むのが好きなんです」と言っていて素敵な方だった。
しかし、その「京極スタンド」も私にとって日常的にふらっと入れるような店かというとそうではなく、飲み物、食べ物の価格帯的にもやや贅沢というか……いや、自分がケチなことを言っているのはわかっているのだが、毎日気軽に立ち寄れる場所ではないように思えた。さらにそれから時が流れ、大阪の酒シーンにどっぷり浸かってしまった後となってはなおさらハードルが高いものに感じた。
鴨川沿いの「赤垣屋」も、2019年に閉店してしまった「よしみ」も、京都に詳しい友人に連れていってもらった老舗酒場はどこも「こんなに美味しい食べ物って実在するの!?」と驚くほどに絶品の料理が味わえ、それを食べながら飲む酒もまた後々まで記憶に残る旨さなのだったが、しかしやはり私にとってはどこか背伸びして入る店なのだ。
身近な京都との出会い
「京都は贅沢なものをそれなりにいい値段で味わいに行く町なのかも」となんとなく思っていた私の認識が変わり始めたのは、烏丸や河原町よりもゆったりした雰囲気の漂う西院あたりの居酒屋を知ったこと(特に「折鶴会館」という飲み屋密集地帯には安くて旨い店ばかりが集まっていて衝撃的だった)、居酒屋取材で京都市の東側にある山科を訪れ、いわゆる京都の碁盤の目の外にはまた全然違う文化圏があることを知ったことなどがきっかけだった。
そうやってじわじわと京都が身近なものに感じられ出した頃、京都市内で暮らす友人や、京都が好きで頻繁に通っているマンガ家のラズウェル細木さんから「京都の角打ちが面白い」という情報を聞きつけたのであった。そうやって教わった烏丸駅近くの「松川酒店」、地下鉄五条駅近くの「八星酒店」とも、安心して飲める価格帯で(角打ちなのだから当然かもしれないが)、絶妙に気の利いたおつまみが用意されていて、京都をおそるおそる歩いていたあの頃の自分からは想像もつかないほど落ち着いた気分で過ごすことができた。
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