光秀、安土に向かう」|もっこすの城 熊本築城始末

熊本城に生涯を賭した築城家の一代記、感涙必至の戦国ロマン!
藤九郎、わしと一緒に日本一の城を築いてみないか――。

織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国の領主となった加藤清正のもとに仕官を願い出る。父が残した城取りの秘伝書と己の才知を駆使し、清正の無理な命令に応え続ける藤九郎――。戦乱の世に翻弄されながらも、次から次に持ちあがる難題に立ち向かう藤九郎は、日本一の城を築くことができるのか。

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「惟任の謀反が本当なら、ほどなくして精強な明智勢がやってくる。その前提で、われらがなすべきことを決めねばならぬ」

「蒲生殿、三介様への使者は出されたのですか」

 誰かの問いに賢秀が答える。

「すでに送った。三介様には、『すみやかに安土の城にお入りいただき、織田家の天下が安泰なことを示して下され』と言い添えた」

 こうしたことにかけて、賢秀は抜け目がない。

「ただし──」

 賢秀は皆を見回すと言った。

「わしは右府様から、万が一の場合、御台所みだいどころ様(濃姫のうひめ)をはじめとする右府様の妻子眷属けんぞくを、不安なき場所にお移しするよう申し付けられておる」

「不安なき場所とは」

 誰かの問い掛けに、賢秀が自信を持って答える。

「わが城にお移りいただくつもりだ」

 賢秀の本拠の日野城は、安土城から東へ五里(約二十キロメートル)ほどの距離しかない。だが草深い地にあるため攻略するとなると手間がかかる。ほかにやるべきことが山ほどある光秀ゆえ、すぐにはやってこないと思われた。

「そこで、わしは日野城にいる息子の氏郷うじさとに迎えの兵を寄越よこすよう伝えた。息子は今こちらに向かっている」

 ──つまり、日野城なら心配は要らぬということか。

 これにより、安土で信長の妻子眷属を守り抜かねばならないという重圧はなくなった。

「誰か、何か申したき儀はあるか」

卒爾そつじながら──」

 御番衆の末席にいた忠範が手を挙げた。

「ああ、木村殿か」

 賢秀の顔には、「城取りが何事だ」という色が浮かんでいる。

「では、蒲生殿は御台所様と共に日野城に向かわれるおつもりか」

「ああ、そのつもりだ」

 賢秀がむっとしたように答える。

 ──それでは話が違う。

 五百余の兵を擁する賢秀がいてこそ、蒲生勢を核として城内は一つにまとまり、抗戦らしい抗戦ができる。だが肝心の賢秀がいないとなると、安土城の防御は、なきに等しいものとなる。

「この城にお残りいただけませんか」

「それがしは右府様より妻子眷属を守るよう申し付けられておる」

「しかし蒲生殿は、安土城御番衆の筆頭でもあるはず。蒲生殿がこの城を見捨ててしまえば、この城はどうなるとお思いか」

 つい詰問口調になったため、賢秀の顔色が変わった。

「わしは逃げるわけではない。御台所様たちを日野城にお移しした後、兵を率いて戻ってくる」

「御台所様たちをご子息に託せば、それで済む話ではありませんか」

 ──ここが切所せつしよだ。

 忠範は賢秀の最も痛いところを突いた。

「何を言うか!」

 案に相違せず、賢秀は怒りをあらわにした。

「わしは御台所様を守るよう、右府様から申し付けられておる!」

 信長の名を出すことで、賢秀はこの場を切り抜けようとしていた。

「では、蒲生殿が御不在の間、この城はどうなされる」

「そなたらが守るべし」

 その言葉に、ほかの御番衆たちがざわつく。

 ──ここにいる者だけで兵を出し合っても、百にも満たない。

 その兵力で明智軍に籠城ろうじよう戦を挑んだところで、落城は目に見えている。

「お待ちあれ」

 別の者が発言を求める。

「やはり、御台所様たちをご子息に託し、蒲生殿には残っていただきたい」

「いや、待たれよ」

 賢秀の顔に焦りの色が表れる。

「それがしの第一の使命は、右府様の妻子眷属をお守りすることだ。それがし不在の日野城を攻められ、御台所様たちが生け捕りにでもされたら、武士として面目がない。だいいち三介様の軍が、明日かあさってには入ってくる。それまでの辛抱だ」

 なおも忠範が食い下がる。

「それでは、御番衆筆頭というお役目を果たすことにはなりません。少なくとも三介様に城を引き渡した後、日野城までお引き下さい」

「何と無礼な」

 賢秀が立ち上がる。それを左右にいた者たちが抑える。

「城取りの分際で何を申すか!」

 その時、外が騒がしくなり、使番が駆け込んできた。

「たいへんです。山下町が火に包まれております」

「何だと!」

 ここにいる者の大半は中級家臣なので、山下町に屋敷がある。

 忠範は愕然がくぜんとしたが、それを振り払うようにして使番に問うた。

「なぜ火が出たのだ」

「それが皆目かいもく、分からないのです」

 ──ここでも謀反か。

 皆が顔を見合わせていると、別の者が駆け込んできた。

山崎やまざき志摩守しまのかみ様ご謀反!」

 山崎志摩守とは、近江おうみ国人こくじんの山崎秀家ひでいえのことだ。

「どうしてそれが分かる!」

 賢秀がわめく。

「謀反かどうかは分かりませんが、屋敷に火を放ち、いずこかに退去しました」

 ──何と愚かな。

 秀家は、退去する時の作法として自邸に火を掛けたのだ。

「これで一刻の猶予ゆうよもなくなった。それでは後は任せる!」

 そう言って賢秀が立ち上がる。

 火が出てしまえば、城内まで延焼する可能性がある。それゆえ、いち早く信長の妻子眷属を逃がすという、賢秀の判断も説得力を持ってくる。

 忠範は口をつぐまざるを得なかった。

 ところが、登城してきた御番衆にも動揺が広がり、「それがしは火を消し止めに行ってくる」「妻子を逃してから戻ってくる」などと言い募り、次々と大広間を後にしていく。

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もっこすの城 熊本築城始末

伊東潤

藤九郎、わしと一緒に日本一の城を築いてみないか――。 織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国領主加藤清正のもとに仕官を願...もっと読む

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