ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンと「手なし娘」

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装が趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた……。今回は、仙田さんが最近、子どもたちとよく一緒に観ているという、アニメ「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」について語ります。

他人のために行動することによって成長し、救われる

アニメ「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」を知ったのはたまたまだった。
Netflixでおすすめ作品として表示され、何の気なしに観始めてすぐにものすごい作品だとわかり、娘たちと一緒に観たいと思った。
※以下、アニメ版「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」のネタバレを含みます。

yusuke3さんによる写真ACからの写真

私がまず惹かれたのは、主人公のヴァイオレットが、他人のために行動することによって成長し、救われるというテーマだった。
孤児だった少女は、戦地でギルベルト少佐に拾われ、育てられる。
住む場所を与えられ、読み書きを教えられ、そして「道具」として戦争に駆り出されて多くの命を奪った。
だが戦局が悪化し、ヴァイオレットは両腕を失ってしまい、少佐は行方がわからなくなってしまう。
最後にヴァイオレットは少佐から「心から愛してる」と告げられたのだが、人間的な感情を知らずに育ったため、その言葉の意味がわからなかった。

戦後になって、義肢の両腕をつけたヴァイオレットは少佐の友人のホッジンズの経営する郵便社で「自動手記人形」として働くことになる。
自動手記人形とは、依頼者の望みに応じて手紙の代筆をする仕事だ。
多くの人の想いを言葉にするうちに、ヴァイオレットは少しずつ「愛してる」の意味を知っていく。

全13話のそれぞれの物語では、「愛してる」の意味を知りたいヴァイオレットの物語が額縁となり、そのなかで複数の人物たちの、大切な人に手紙を届けたいという想いが語られていく。
その手助けをしながら、ヴァイオレットは人の心にも言葉にも態度にも表と裏があることや、人の言葉の奥にある本当の気持ちを掬い上げることを覚えていくのだ。

こうしたあり方は、いまを生きる子どもたちにとってある種の指針となるのではないだろうか。

子どもの幸福度とは

ユニセフによる2020年度の子どもの幸福度ランキングでは、日本は38ヶ国中20位だった。
さまざまな指標を総合的に合わせた順位が20位だが、そのなかの「精神的幸福度」では37位と、下から2番目。
いまの生活に満足していないと答えた子どもは38%で、自殺率も平均値より高い。

この状況を改善するために必要なのは、「格差を縮小すること」だと東京都立大学 人文社会学部教授 兼 子ども・若者貧困研究センター長の阿部彩教授はいう。
そのことによって、

—「すぐに友達ができる」子ども、困った時に頼れる人がいる大人、そして、生活に満足する子ども・大人が増えるのではないでしょうか。

と。子どもの幸福度は、すぐに友達ができたり、困ったときに頼れる大人がいるかどうかにかかっているという考えは、私も同意できるものだ。
自分は大切に思われている、生きている価値のある人間だと思えなければ、友達や大人を信頼することはできないだろうから。

友達や大人を信頼することができれば、その人たちのために行動することもできる。
あるいは逆に、最初は自分が満たされるためにであったとしても、他人のために行動するうちに、成長し、救われたと感じて、自分は大切に思われている、生きている価値のある人間なんだと実感できる、ということもあるだろう。
ヴァイオレットのあり方は、「精神的幸福度」の乏しい子どもが自分を大切にすることを覚えていく、そんな姿に重なるのだ。

他人のために行動するなかで成長し、救われるというテーマは、「鬼滅の刃」にもみられる。
主人公の炭次郎は、人食い鬼になった妹を人間に戻すため、鬼に殺された家族の仇を討つために、鬼を倒す旅に出る。
つまり炭次郎の行動のモチベーションは、徹頭徹尾「他人のため」なのだ。
そのモチベーションに、他の登場人物や、敵である鬼までもが感化されていく。

幅広い年齢層に訴求している「鬼滅の刃」だが、特に小学生や未就学児にまで愛されているのは、子どもたちが無意識のうちに、他人のために行動する炭次郎のあり方に共感しているからではないだろうか。
娘たちも大好きで、アニメもマンガも全巻揃えて繰り返し観たり読んだりしている。
長女が通う学童では、先生が折り紙で作った鬼滅のキャラクターたちが玄関に飾られ、子どもたちは「水の呼吸、壱の型!」などと叫びながら鬼滅ごっこをしているところをよく見かける。
次女の通う保育園でもマスクや靴下に鬼滅グッズを使っている幼児は多い。

言葉を通して物語に感情移入するということ

テーマの上で共通点が見いだせるふたつの作品だが、語り口はとても違っている。
他人のために起こす行動として、炭次郎は鍛錬して剣術を磨き、鬼を倒していく。
一方でヴァイオレットは、依頼者の話を聞き、相手が心の底から伝えたいと思っているが言語化できていないことを言葉にしていく。

ヴァイオレットが自動手記人形の仕事を始めるきっかけは、1話で語られる。
好きだった幼馴染が別の男と結婚することになった、その前に伝えてほしいことがある、という依頼人ために、先輩のカトレアが手紙を代筆するのを、ヴァイオレットは横で聞いている。

—僕に初めて優しくしてくれたのは、君だった。君が世界のすべてだった。君のためなら、僕は何でもできた。君の気持ちが知りたい。君の心をわかりたい。今は離れているけれど、君のことを愛してる。
聞きながら、ヴァイオレットは孤児だった自分を育ててくれた少佐のことや、最後に会ったときに「愛してる」と告げられたことを思いだす。
そして、「愛してる」の意味を知りたいからと、自動手記人形の仕事に就くのだ。

3話では、ヴァイオレットは初めて手紙の代筆をする。
友人の少女ルクリアから、両親が戦争でなくなったこと、それいらい軍人だった兄が両親を守れなかったことを悔いて酒浸りになっていること、兄のことがとても大切だということを聞くうちに、その気持ちを兄に伝えてあげたくなったからだ。

ルクリアには告げずに、ヴァイオレットは手紙を書き、兄に届けにいく。
—生きていてくれて、嬉しいの。ありがとう。
という短い文章が、ヴァイオレットの初めて代筆した手紙だった。

代筆をしながら人の想いを知ることで、14歳のヴァイオレットは小さな子どものように少しずつ成長していく。
その成長に大きく関わっているのが、言葉の力だ。
7話でヴァイオレットは、有名な劇作家の舞台脚本の口述筆記をする。

新作が書けなくなり酒浸りになっている彼に接するうちに、ヴァイオレットは「旦那さまは心に何か隠していらっしゃるのではないですか?」と問いかける。
実は劇作家は病気で妻と娘を亡くし、絶望から立ち直れないでいるのだった。
話を聞きながらヴァイオレットは、

—大切な人と別れるということは、二度と会えないということは、こんなにも寂しく、こんなにも辛いことなのですね。
と涙を流す。
「こんなにも」と言っているように、ここでヴァイオレットは他人の痛みを我が事のように感じている。

また、このシーンの少し前では、口述筆記をしながら劇作家とこんな会話を交わしていた。
—なんというか、本当の話ではないのに、自分が体験しているようです。自分が、このオリーブという少女と同じように、喜んだり、悲しんだり、不安になったりするのはどうしてなのでしようか。
—それは、君が主人公と、オリーブと、同じ気持ちになってくれてるってことだよ。オリーブに共感してくれてるんだ。

ここでは、ヴァイオレットが言葉を通して他人の想いを汲み取ってきたことは、物語に人が感情移入することと本質的には同じだということが語られている。
そういえば私も、この作品を通してヴァイオレットやさまざまな依頼者に感情移入をしながら、忘れかけていた感情や、そのときにはわからなかった感情が蘇ってくるような瞬間が何度もあった。
その意味で、ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンという作品自体が打ち明け話や、手紙や物語として、ヴァイオレットと同じように観ている私を成長させて、救いへと導いてくれるものなのだ。

昔話「手なし娘」

そんなことを考えていて、思いだしたのが日本の昔話の「手なし娘」だ。
母親の死後、父親とふたり暮らしをしていた娘のところへ、ある日継母が現れる。
継母はやがて娘を疎ましがるようになり、山で殺してくるようにと父親に命じる。
父親は娘を連れて山に行くが、殺すことはできず、代わりに娘の両腕を切り落として捨ててくる。

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女装パパが「ママ」をしながら、家族と愛と性について考えてみた。

仙田学

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コメント

hikb1970 利他的に生きること https://t.co/wzMlo1sEy4 15日前 replyretweetfavorite

thinktink_jp "両腕を失った少女、手紙、少女を庇護する男性、などの要素を取りだすと、「手なし娘」と #drip_app 17日前 replyretweetfavorite