“推し”がいる人が、うらやましい

小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は「推し」についてのお話です。昔は好きなバンドの追っかけをしていたという森さんですが、「推し」のいる生活をしている人たちがうらやましいのだそう。森さんにとって「推し」とはどういう存在なのでしょうか?

先日、某情報番組で「“推しのいる生活”のススメ」という特集をやっていた。

私は途中から観たのだが、全国から“推し”を募集したらしく、約4万5千人の“推し”の名前がパネルに記されていた。斜め見するだけでも、「原マスミ」「ヤガミトール」といった、あまり一般的ではない(すいません)と思われる人名もあった。

昔はロックバンドの追っかけをしていたけれど

私自身、高校生の頃はインディーズバンドの追っかけをしていたし(ファンジンも作った)、二十歳を過ぎてからは外タレ、主にロックバンドの追っかけをしていた(イギリスツアーまで同行したことも……)。追っかけって死語だけど、つまり今で言う“推し”が何人もいたのだ。

しかし今はどうだろうか。番組を観つつ、推し推し推し、と思考をめぐらせてみたが一向に浮かんでこない。ミュージシャン、タレント、俳優、女優、漫画、作家、文化人、政治家……、適度に好きな人はいるが、身悶えするほど好きな人など見当もつかない。

唯一浮かんできたのが、宍戸幸司氏(割礼というバンドのボーカル&ギター)くらいである。宍戸氏にいたっても、16歳から好きで、未だに新譜が出れば買うし機会があればライブにも足を運ぶ程度だ。とはいえ新譜の発売日は忘れるし、ライブも遅い時間は嫌だとか平日は無理とか、結局行かないなんてザラだ。16歳~20歳くらいまでは熱狂的に好き、それこそ“推し”だったが(打ち上げで隣の席を一晩キープしていたことも……)、今は、別にそうでもない(すいません)。

でも、テレビで観る“推し”がいる人達がとても楽しそうで、自分の人生は推しと一緒に底上げします!なノリでうらやましくなった。“推し”がいる人こそ私の”推し“だよ、と憧れすぎて悔しくなったほどだ。私って人生を無駄に過ごしているのではないか? コロナ禍も手伝って、最近の私の毎日は、仕事と飼い猫とヨガとピラティスとバレエレッスンでできている。自宅から半径100メートル以内の行動範囲で終結だ。

うっかり死にたくなった

先日も、全部の仕事を提出し終わったのに、数日間どこの出版社からも返信がこなくて、うっかり死にたくなった。私は誰からも必要とされていないし、欲望の矛先もない。本当にしみじみ、死のうかな、と思ってしまったのだ。そんな自分に驚愕し、え、私って仕事しか拠り所がないの?と不安になり、でも飼い猫がいるから、この子のために生きればいい、と思いなおすも、じゃあ、この子が死んだらどうするの? 役割がないじゃん!とまた死にたくなった。

旦那さんのために生きればいいのだ!とさらに思いなおすも、なんだか他人様(他人ではないが)に依存するようで嫌だし、あなたのために生きます!と言われてうれしい人っていますかね? うざくない? それぞれ独立して生きてこその愛じゃないの? そうですよね?

話がズレましたが、やはり人はひとりでも生きていけるように、心構えをきちんとしなければならない。そのためには、依存先ではなく、欲望の矛先や拠り所をいくつかキープしておくほかないのだ。そうだ、人を絶望感や虚無感から救う力を持っている、それが“推し”なのである。

何も、タレント、俳優、女優、漫画、作家、文化人、政治家、等々じゃなくてもいいのだ。隣近所のお兄さんとか、野良猫とか、毎週やってくるヤクルトのお姉さんとか、そんな身近な人や動物でもいい。毎朝放映している韓ドラの俳優でもいいし、実際『愛の不時着』のヒョンビン氏を“推し”にしている人は多かった。韓流スターといえば一昔前大流行したのがヨン様(ペ・ヨンジュン氏)だが、ヨン様を好きになったら生理が復活した、という熟年女性もいたのだ。すごいぞ、“推し”。

凍りかけていた情熱を呼び戻してくれたマッチョ

いっそのこと、自分の目的のために“推し”を設定してしまうのはどうだろう。ヨン様効果のように、更年期の不調を解消するために、あえてムラムラ系を“推し”と決めてみるのだ。その流れで(?)、この間、友人と話題になったのが、海外イケメン消防士達によるカレンダーだ。世界各国から発売され、種類も多岐に渡る。中でも2020年のオーストラリア版(「Australian Firefighters Calendar」)は必見。

なんと、ムキムキ(ムラムラ)マッチョ(半裸)の消防士達と可愛らしい動物達のコラボなのである。私自身、有り余るほどのムキムキマッチョは苦手で、小手調べマッチョくらいがいいな、と思うクチなのだが、いやいや、動物達の恩恵もあってかムキムキマッチョがいい塩梅に見えてきて、私の凍りかけていた情熱を呼び戻してくれた。なに、この初恋みたいなときめきは、といった戸惑い。顔が火照るのはホットフラッシュじゃないよね?

でもさすがに買うのは恥ずかしいわ、と思うなかれ。このカレンダーのすばらしいところは、チャリティーという点。社会貢献している、という意識が背徳感(?)を払拭してくれる。

“推し”の逆算の初歩、マッチョカレンダーで視覚的な免疫を獲得したら、次はいよいよ実践。先程提案した、近所のお兄さんやヤクルトお姉さんを“推し”にしてしまうと、妙な誤解が生まれてしまうかもしれない。

やはり距離感は大切だ。できれば、少し努力をすれば会いに行ける、交流が持てる、といったスタンスが望ましい。しかし昨今、ホストクラブやキャバクラに足を運ぶのは憚られるし、小劇場や舞台なども躊躇する人がいるだろう。

うっかり死にたくなった時には
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アラフィフ作家の迷走性活

森美樹

小説家の森美樹さんは、取材や趣味の場で、性のプロフェッショナルや性への探究心が強い方からさまざまな話を聞くのだそう。森さん自身も20代の頃から性的な縁に事欠かない人生でした。47歳の今、自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する...もっと読む

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WqX8DYsCjvGJv6h 「人を絶望感や虚無感から救う力を持っている、それが“推し”なのである。」 海外イケメン消防士達によるカレンダー、気になりますw 3ヶ月前 replyretweetfavorite