いざとなったら逃げ込むことができる「自己満足」の領域をつくる

似ているようで、いろいろなものが正反対のふたりの交換日記。前回は「信じること(蘭ちゃん)」と「疑うこと(サクちゃん)」というスタンスの違いについてサクちゃんが書いていました。そう思って今回を読むと「アウトプット(蘭ちゃん)」と「インプット(サクちゃん)」っていう違いが読めてくるからおもしろい。ふたりの違いを行間で楽しむ連載第31回(毎週火曜日更新)は、歯列矯正とサンリオについて書かれていますよ。

サクちゃんへ

こんにちは。

急に涼しくなってすっかり秋ですね。最近のわたしは食欲の秋です。
胃腸が弱いのもあり、これまではなんとなく食に対しての意識が薄かったのですが、最近のわたしは事あるごとにおいしいものを食べようと積極的になっています。と言っても、気になっていた近所のお店に行ってみるとか、写真に撮ってSNSにあげてみるとか、ささやかな取り組みなんですが。

きっかけは、今月から歯並びをなおすために歯列矯正を始めることです。上の歯を2本抜いて、金属のワイヤーを上下につけます。しばらくは痛くて満足にものが噛めないよと噂に聞いて、それなら今のうちにと、食に対し積極的になっているというわけです。

制限時間や締め切りができると、急に「今」の時間が尊く感じるものですね。
矯正器具にもいつか慣れて、普段どおりご飯を食べられる日が来るとは思うのですが、それでも今は、このフリーダムな時間に目一杯楽しんでおこうとしています。

すると思ったのが、この世にはおいしいもの・良いものがいっぱいあるなぁということでした。自分の目が、そういうものを貪欲に探し始めたからかもしれません。探すとちゃんとあるものですね。

そもそも、人生そのものに制限時間・締め切りがあります。
わたしはついそのことを忘れてしまう。だから今回の件は、今後の人生の残り時間を過ごす上で、身をもって得た大切な気づきになったなと思います。

探せば、素敵なものはいっぱいある。残りの人生で、どれくらいそういうものや人に出会えるでしょうね。

ー・-・-

前回のサクちゃんの日記でハッとしたのは、
「蘭ちゃんは(中略)時間を『努力して成長すること』に使わないといけないと思っているのかもしれないね」
というところでした。まさにその通り。だから休めないんですよね。ずっと、意味のあること・役に立つことばかりしようとしてる。そうできない自分を、「ダメなやつだ」と思ってしまうんです。
でも、そればっかりじゃもちろんしんどい。鬼コーチ監督のもと、ずっと筋トレしてるようなものですよね。

だからサクちゃんの
「『努力する時間』だけではなく、『楽しむ時間』『休む時間』も自分にとって同様に必要不可欠で大事なのだと思えるようになるといいな」
という提案は、すごくいいなと思ったし、まさに今わたしが取り組んでいることだなと思いました。

これまでのわたしは、時間は「意味のあること・役に立つこと」に使うべきだと思っていました。仕事や家事や筋トレや勉強といった、「努力」に属するものです。それ以外に時間を使うことは、怠けているとか逃げているというふうに、悪いことだと思ってしまっていました。

でも改めて考えてみると、「努力」しなきゃ、という気持ちの根っこには「評価されたい」という気持ちがあるなと思いました。「意味のあること・役に立つこと」って、自分のためのように見えて実は全部他人に認められたい気持ちに繋がっているのではないかと。
つまり「鬼コーチ」という社会的な他者の視線が、常に内面化されている。ずっと他者の目を気にして、緊張してしまっていたんですよね。

もちろん、「鬼コーチ」がいるおかげでなんとか努力できて、得たいもの・実現したかった夢などをいくつか手に入れることができましたが、「人生それだけじゃないはずだよな」って、最近思うようになりました。自分の中には、他者の視線に影響されない部分もあるのかもしれないなと。

わたしにとっては小説や短歌がそういうものだと思っていましたが、それらだって読者の視線が注がれるという事実は免れません。読者の方々にとって有意義な読書体験であってほしいと願ってもいるので、「意味のあること・役に立つこと」の範疇に入るように思います。

つまり、わたしが今自分の中に見出してみたいと思うのは、自分だけが喜べばそれでいいという「自己満足」の領域です。他者の視線が注がれない、誰からの評価も求めなくてすむ領域。

そんなことを考えていたら、最近ある趣味ができました。
それは、「かわいいもの」集めです。

ー・-・-

もともとのわたしの趣味は、読書と映画鑑賞でした。
本も映画もとても愛していますが、「アウトプットのためのインプット」と思っているところが正直言うと結構あります。やっぱりどこか、努力とか評価とか「他者の視線」に繋がる部分があるんですね。

そういうものとは関係のない、純粋にひとりで楽しむだけの趣味が持てないだろうか……。思い返せばわたしには、そんな趣味を持った記憶がありませんでした。自分自身がそんな趣味を持つことを許していなかったのだと思います。

でも最近、ここでの交換日記で生い立ちのことを振り返ることが多かったからか、子供のころの記憶がよく蘇るようになりました。眠っていたのが起こされた感じかもしれない。「ああ、わたしはこういうものが好きだったなぁ」と思い出し、それが今もわたしの中に根付いているんだなと自覚しました。

わたしは子供の頃、サンリオが大好きでした。ピンクやうす紫や赤、ハートやリボンや星、ふわふわした甘くて優しい世界観。そういうものを見たり触ったりするのが、すっごく好きだったんですね。

時々、自分が小さな女の子とすれ違うときに、彼女たちが身につけているサンリオグッズに目が奪われる事実に気がつきました。最初はそれをノスタルジーなのかと思っていましたが、ある日、自分は現在進行形でそれを愛でたがっている、ということに気がつきました。
「鬼コーチ」がそう感じさせるのをブロックしていたのだと、ふと、急に気がついたんですよね。

そのときなんだかすごく嬉しかった。ようやく「鬼コーチ」の視線から逃れられる死角を見つけたと思いました。

ー・-・-

わたしはその週末に、サンリオショップへひとりで向かいました。あまりのかわいさに目眩がして、「ああ、わたしは本当にこれが好きなんだ」と再確認し、自分の中の何かが解放されるような気がしました。周りから見たら、子供のためのプレゼントを熟考している親に見えたかもしれない。でもわたしは、一時間ほどかけてただただ自分のためにサンリオグッズを選んでいたんです。

買って帰ったグッズは、今もわたしの目の届くところにあります。
それが目に入ると、心が満たされるような気持ちになる。対象はキャラクターであり、生身の人間や動物ではないので、先方からわたしに対して評価が下されることはありません。ひたすらわたしの視線だけが注がれ、わたしのみが一方的にキャラクターを愛でています。

そういうとき、わたしは「無」です。そのグッズが似合うとか似合わないとかいうことすら関係ない。「はあ、かわいいなあ」と思う気持ちで心がいっぱいになって、「鬼コーチ」の視線が入る隙間がなくなります。

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サクちゃん蘭ちゃんのそもそも交換日記

土門蘭 /桜林直子

東京でクッキー屋さんをしている「桜林直子(サクちゃん)」と、京都で小説家として文章を書く「土門蘭(蘭ちゃん)」は、生活も仕事も違うふたりの女性。この連載は、そんなふたりの交換日記です。ふたりが気が合うのは、彼女たちに世界の「そもそも」...もっと読む

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jastaway03 「鬼コーチ」がいる世界だけがすべてなのかな?って。もしかしたら、彼の目の届かない場所も自分の中に存在しているんじゃないかな?って。 その結果、自分がもともと大好きだった良いものや素敵なものに、もう一度出会えました。 https://t.co/joBNap7mvY 13日前 replyretweetfavorite

realxrise "わたしはその週末に、サンリオショップへひとりで向かいました。あまりのかわいさに目眩がして、「ああ、わたしは本当にこれが好きなんだ」と再確認し、自分の中の何かが解放されるような気がしました。" 15日前 replyretweetfavorite

_Love_Banana サクちゃん蘭ちゃんのそもそも交換日記ほんとすき! https://t.co/5ErDcHyEbU 17日前 replyretweetfavorite