第3章では、白樺派の中心人物の一人、武者小路実篤の『友情』について考察します。『友情』は1919年10月から新聞社の連載として書き始められ、1920年に一冊の本として出版されました。『こころ』が1914年でしたので、それから6年後の出版になります。年代的にはそれほど変わりませんが、対照的に恋愛の描写は実に奔放で、自由主義的な理念を掲げる白樺派らしさがあふれていると言えます。文体の美しさや優雅さ、芸術性といった要素は乏しいかもしれませんが、恋愛の本質を知るうえで、欠かすことができない秀作です。
絵に描いたような三角関係
主な登場人物は野島、杉子、大宮の三人です。すぐに三角関係であることがわかりますね。ほかにも登場人物はいますが、恋愛に関する限り、この三人の関係を知れば十分です。
主人公は23歳の大学生である野島。脚本家の卵です。スポーツは苦手、やせすぎと言われるくらいの貧弱な身体つきで、人づきあいが悪く、不愛想で、怒りっぽい偏屈な性格です。実家はそれほど裕福ではなく、食うに困らない程度の家庭出身です。作中に「女をまだ知らなかった」とあるので、童貞でもあります。
ヒロインは、友人の仲田の妹である16歳の杉子。野島は、帝国劇場で杉子に出会って恋に落ちます。それ以前に写真で見たときから気にはなっていましたが、実際に会って一目惚れします。野島は感嘆します、「何処にこんなに無垢な美しい清い、思いやりのある、愛らしい女」がいるのかと。
たしかに杉子は美しく、背が高く、純粋で、溌剌とし、はっきりとものを言う聡明な女性です。野島は杉子に片想いをするのですが、告白する勇気はありません。そもそも彼女はまだ幼いので、18歳くらいになるまでじっと我慢だと自分に言い聞かせます。
もう一人の男性である26歳の大宮は、野島の最大の理解者であり親友です。大宮は性格が良く、体格も立派。スポーツに優れ、のちに杉子が「お家の立派なのにおどろいた」と述べるほどの豪邸に住み、鎌倉に別荘までもつ上流階級出身です。職業は売れっ子の小説家。パリに渡航する際、雑誌記者や新聞記者、文士たちがこぞって東京駅に見送りに来たくらいですから、相当有名な小説家であったようです。
野島はそんな大宮に、杉子に片想いしている旨を相談します。大宮と会うたびに、杉子がどれだけ素敵なのかをとくとくと話すわけです。大宮は、野島を応援していると言い、励まします。
杉子は成長してさらに美しくなり、ほかの大勢の男がまわりに集まってきます。プロポーズする男性まで現れ、野島の心中は穏やかではありません。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。