いいことには「信じる力」を、わるいことには「疑う力」を使うといい

サクちゃんは「怒る」よりも「悲しくなってしまう」ことが多いみたい。わかるなあ。心のオン・オフを、スイッチみたいに切り替えることができたらいいけれど、普段使っていない回路は、急に繋がりませんからね。だからかな、感情のスイッチよりも「信じる」と「疑う」いう視点の切り替えをするのが、いかにもサクちゃんらしいやり方です。そんな連載第30回(毎週火曜日更新)窓の外は秋ですねえ。

蘭ちゃんへ

こんにちは!

東京は涼しくなりました。暑くも寒くもない快適な時期って、1年の中でほんの数週間だけなんだよね。今年は特に、味わうことなくただただ通り過ぎる季節に、せつなさが倍増です。

この生活も半年以上たって、楽しみがなくなっていることにいちいち気がつかないほどには慣れてきました。旅行やイベントなどがないので生活にメリハリがなく、感情も大きく揺さぶられることもありません。何も起こらない平坦な日々と動かない感情が、こんなにもじわじわ疲れるものなんだと知りました。

もともと感情の起伏が乏しいわたしですらそうなのだから、イベントごとやハレの日が好きで、感情をうごかすことが快感の人たちのしんどさはこれいかに、と思います。

*ー*ー*

感情といえば、前回から引き続き「怒り」についての話だけど、わたしは、怒るべきシチュエーションで怒りが湧かず、「悲しい」と感じてしまいます。

たとえば、蘭ちゃんが怒るような「何度も遅刻される」とか「作品を貶される」とか「話を聞いてくれない」のようなときも、「この人はわたしにはそうしてもいいと思ってるんだな」と思い、「悲しい」と感じます。

自分の大事にしているものを軽んじられたときに怒るのは、自分が大事にしているものを脅かされたことへの防衛と、「相手も大事にしてくれると思ったのにしてくれなかった」という「期待とちがう」状態への落胆があるとします。

わたしが怒れないのは、自分が大事にされなくてもしかたがないと諦めているからだと思います。なので、防衛機能が発生せずに、落胆のみがあって、残念だなと感じつつもそこから離れます。今まで何度かこの日記でも出てきたように、やはり他人への期待がうすいのでしょうね。

「怒ってあげる」には優しさや覚悟が必要です。わたしは「怒ってあげない」冷たさがあって、関わる覚悟が足りないのかもしれません。

*ー*ー*

「もし怒るとしたらどんなときに怒るのでしょう」と聞いてくれたので、ちょっと考えてみました。

すぐにわかるのは、自分の大事な人が傷つけられたら怒ります。ただ、これは自分が直に傷ついたときの感情ではなく、「人のための怒り」なので、ここでは「自分のための怒り」について考えます。

ふと頭に浮かんだのは、老人ホームに入居して、スタッフの人に子供に接するような態度や言葉遣いをされ、「さあみんなで手遊びをしましょう」と半ば強制的に参加させられるシーンです。これは、怒るかも。「善良な老人」として十把一絡げに扱われ、個人の意思や性格を無視されるのは、いやです。やはり、尊厳を奪われたり汚されると怒るのでしょうね。

思えば、子供の頃もまったく同じように「子供扱いされること」に対して怒っていたように思います。わたしは「年齢や性別に関わらず、ひとりの人として尊重してほしい」という思いがつよいのかもしれないね。逆にいうと、それさえ守られていれば大丈夫なのかな。ハードルが低い……。

*ー*ー*

わたしは「怒り」はでてこないと言いつつ、「イチャモン」はかなり出てきます(自らをイチャモ二ストと名付けました)。「なんでそうするの?」「ほんとにそれでいいの?」と、疑問がたくさん湧いてしまいます。だから、「みんなで足並みを揃える」とか「深く考えずいったんこういうことにしておく」ようなルールがあることが、子どもの頃からとても苦手です。学校ももちろんそのひとつでした。

大人になって、自分の居場所や関わる人を自分で決められるようになってからは、なるべく苦手な場所や人から離れるようにしています。自分が個人を尊重してほしい思いがつよいので、他人に対しても尊重したいからです。お互いの大事にしているものを変えようとせずに、別々の場所で、それぞれ好きなやり方で行こうぜ、と思うのです。

「みんな一緒に」を求められる場所では、イチャモンは良い方向に進むための材料にはならず、よくないものになり、わたしも「文句を言う人」になってしまいます。極端に言うと「いちいち考えずにいいからやれ」という場面では、個人の意見はジャマになることがあります。問題がないことにして進んでいるときに問題を見つけてしまう人は、問題を生み出す人として扱われることもあります。

前回の日記にも出てきたように、長所と短所はかならず裏表で、短所になる性質もひっくり返すといい作用を生みます。もっている性質を消すのではなく、生かしたほうがいいと思っているので、自分の性質を生かせず、イヤなものになってしまう場所からは離れるようにしています。そうやって、怒らなくてもすむ場所や人を選んできたのかもしれません。

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サクちゃん蘭ちゃんのそもそも交換日記

土門蘭 /桜林直子

東京でクッキー屋さんをしている「桜林直子(サクちゃん)」と、京都で小説家として文章を書く「土門蘭(蘭ちゃん)」は、生活も仕事も違うふたりの女性。この連載は、そんなふたりの交換日記です。ふたりが気が合うのは、彼女たちに世界の「そもそも」...もっと読む

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yorusube あなたはどちらの力が強いひとでしょうか。 ▽ 19日前 replyretweetfavorite