涼しいね、と彼が窓際に立ってなんの脈絡もなくつぶやく。
「だって、」
彼はまだ作業着でおもての匂いがやんわりと秋の柔らかな風に乗ってただよってくる。だって、といいかけた矢先彼の方が先に口を開いた。
「もう9月下旬だからね。このレベルが普通だよ。けど昼間はまだ暑いな。今のこのくらいの気温がちょうどいい」
「うん。そうだね」
うん、うんと何回かうなずいた。
彼と秋を迎えるのは5回目だ。
彼は決してそんなどうでもいいことなど気がついていないし関心などは皆目ない。
「寝てたの?」
彼が帰ってくるまでの間私は布団で眠っていた。 うん寝てたと答える。
「風邪ひくぞ。この前熱出たばっかでしょうに」
ふと自分が裸であるということを天然の冷房で思い知る。少しだけ肌寒い。
はーいといい加減な感じで返事をして布団の上に無造作に置いてあるカーディガンを羽織る。無防備すぎだよ、ったく。と彼はクスクスと笑った。
私たちは裸で眠る。だからちょっとしたうたた寝だけでも癖なのか着ているものを脱ぎたくなってしまう。
裸族だねー。だねー。と言いあって以前はよく笑いあっていた。
けれど今はそんなことはない。慣れてしまったのだから。
おもてから秋の虫、スズムシかなんかよくわからない音色が聞こえる。
「秋だねー」
つぶやくと彼はもうその場にはいなく着替えてから缶ビールを飲んでいた。今夜のおつまみはホルモン焼みたいだ。
「食べる?」
聞かれて首を横にふる。さっきアイス食べてなんかお腹空いてないもんと言葉を並べると、アイスは飯じゃねーしとクスッと笑いながら返事を返す。
「寝起きだし」
「寝起きだしな。うん。そっかって。寝起き関係ねーし」
とまた彼はクスッと笑う。
笑った声や仕草がおそろしいほどに好きだった。
喧嘩などしたこともないしこの6年間あたしはいつも幸せだった。
幸せだった。
そう、とても幸せだった。
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