第49回 変化しないのは変か?(前編)

「きっと、割り算と掛け算のバトルなんですよ!」とテトラちゃんは言った。
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結城浩です。

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【休載の予告(10月18日、10月25日)】
結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。 おかげさまでこのWeb連載も次回で第50回を迎えることになりました! あたたかい応援に感謝します。

さて、たいへん恐れ入りますが、さらなるパワーアップをはかるため、 第50回終了後、このWeb連載の更新を二週間分お休みさせてください。

日程は以下の通りです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

Web連載「数学ガールの秘密ノート」予定

・2013年10月04日(金)第49回更新(+再来週休載の告知)
・2013年10月11日(金)第50回更新(+来週休載の告知)
・2013年10月18日(金)休載
・2013年10月25日(金)休載
・2013年11月01日(金)第51回更新
・2013年11月08日(金)第52回更新
・(以後、毎週金曜日更新)

なお、休載の日には、 結城浩のTwitterアカウント(@hyuki)で、 いくつかの過去記事の無料閲覧リンクをツイートする予定です。 7時、12時、18時、21時を予定していますが変更する場合もあります。

それでは、本編の始まりです……

放課後の図書室。 いつものように数学の勉強をしていると、 テトラちゃんに問題を持ってきた。

図書室

テトラ「先輩、この問題わかります?」

「え?」

村木先生のカード
$$ \begin{array}{c} \hline \left(\dfrac{2}{1}\right) \\ \hline \left(\dfrac{3}{2}\right)\left(\dfrac{3}{2}\right) \\ \hline \left(\dfrac{4}{3}\right)\left(\dfrac{4}{3}\right)\left(\dfrac{4}{3}\right) \\ \hline \left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right) \\ \hline \end{array} $$

「なにこれ、パスカルの三角形……じゃないか。村木先生の研究課題だよね」

テトラ「あたし、ここまではすぐにできたんですが、ここから先がわからないんです」

$$ \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n $$

「え、どういうこと?」

テトラ「え、どういうこと、とは……?」

「テトラちゃんはこの村木先生のカードをどんな問題だと思ったの?」

テトラ「はい……数列の一般項を求める問題だと思ったんですが」

「数列?」

テトラ「はい。このカードを見て、書かれている数式のパターンに気がつきました。こうです」

$$ \begin{array}{lll} a_1 &= \left(\dfrac{2}{1}\right) &= \left(\dfrac{2}{1}\right)^1 \\ a_2 &= \left(\dfrac{3}{2}\right)\left(\dfrac{3}{2}\right) &= \left(\dfrac{3}{2}\right)^2 \\ a_3 &= \left(\dfrac{4}{3}\right)\left(\dfrac{4}{3}\right)\left(\dfrac{4}{3}\right) &= \left(\dfrac{4}{3}\right)^3 \\ a_4 &= \left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right) &= \left(\dfrac{5}{4}\right)^4 \\ &\vdots \\ a_n &= \underbrace{\left(\dfrac{n+1}{n}\right)\left(\dfrac{n+1}{n}\right) \cdots \left(\dfrac{n+1}{n}\right)\left(\dfrac{n+1}{n}\right)}_{\text{ $n$ 個}}&= \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n \\ \end{array} $$

「うん、なるほど。数列だね」

テトラ「パターンは明らか、ですよね! 分母に来ている整数を $n$ とすると、分子は $n+1$ です。そしてその全体を $n$ 乗しています。ですから、この数列の一般項は $\left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n$ と書けます。 でも……そこから先、この $n$ 乗の式を簡単にすることができないんですよ」

「いやいや、これはこれでもう十分簡単になっていると思うよ。あと計算するとしたら二項定理で $n$ 乗を展開するくらいかな」

テトラ「でも、これだと村木先生の問題にしてはあっけないような」

「ああ、うん。村木先生の研究課題は、カードをもとに自分で自由に問題を作るわけだから、テトラちゃんが《一般項を求める問題》としてしまえば、それでいいよね。ただ」

テトラ「ただ……もっと違う問題があるんでしょうか?」

「そうだね。僕はこの数式の行き着く先がわかっちゃったけど」

テトラ「え! そうなんですか!」

数学のセンス?

「うん、これはとっても有名な式の形をしているから、数学が得意な高校生ならみんなすぐに気づくと思うよ」

テトラ「そうなんですね。あたしは、わかりませんでした……あの、先輩、そういうのは数学のセンスなんでしょうか?」

「いやいやいや、違う違う。数学のセンスとかそういうのじゃないよ。 ただ単に、この式の形を知っているかどうか、だと思う。 僕だって、知らなかったらわからないと思う。 そういう意味では読書量や勉強量の違いだと思うな。 知ってるかどうかだけなんだから」

テトラ「あたしも式の形は意識している……つもりなんですが。先輩はよく『こわがらないで式の形をよく見なさい』とおっしゃってくださいますよね。 ですから、あたしもよく見ているつもりなんです……が」

「うん。そうだよね。式の形を見なければ、この数列の一般項は $\left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n$ なんていえないから」

テトラ「式の形を見て、一般項を作って、そして具体的に計算もしてみたんです。始めのいくつかの項を求めてみました」

テトラちゃんの計算
$$ \begin{align*} a_1 &= \left(\dfrac{2}{1}\right)^1 \\ &= 2 \\ a_2 &= \left(\dfrac{3}{2}\right)^2 \\ &= \dfrac{3^2}{2^2} \\ &= \dfrac{9}{4} \\ &= 2.25 \\ a_3 &= \left(\dfrac{4}{3}\right)^3 \\ &= \dfrac{4^3}{3^3} \\ &= \dfrac{64}{27} \\ &= 2.37037037037037\cdots \\ a_4 &= \left(\dfrac{5}{4}\right)^4 \\ &= \dfrac{5^4}{4^4} \\ &= \dfrac{625}{256} \\ &= 2.44140625 \\ \end{align*} $$

テトラ「ですから、 $a_1 = 2, a_2 = 2.25, a_3 = 2.37037037037037\cdots, a_4 = 2.44140625$ になります」

「うん、なるほど、なるほど」

今日のテトラちゃんはいつもよりずっとてきぱきしてるな。 進めるべきところを自力でちゃっちゃっと進めているようだ。

テトラ「これで、 $a_1, a_2, a_3, a_4$ の実際の値はわかりました。でも、これだけじゃ、だからなに? ですよね。もうちょっとこう……何か」

テトラちゃんの考え

「テトラちゃんはさっきの計算しながら、どんなことを考えたの?」

テトラ「はい。すごくいろんなこと考えました。割り算と掛け算のバトル!とか」

「え?」

テトラ「分子に出てきた $5^4$ のような冪乗の計算……掛け算の繰り返しをすると、大きい数になります。 $625$ とか。 でも、分母の方も $4^4$ のように冪乗になるので、 $256$ とか大きな数になって、 結局割り算すると $2.4$ いくつとか、そんな数に収まるんだなあ……などと思いました」

「ふんふん」

テトラ「話の順番あちこちになってすみません。具体的な計算をしただけだと、何が何だかわからなくて、 パターンを一般化しなくちゃ! って思いました。 一般化したこの式はすぐ出たんですが……」

$$ \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n $$

テトラ「この式をけっこう長い時間見てました。それからまた計算を見直したりして」

「それで、何か思った?」

テトラ「さっきと同じ話の繰り返しになるんですが、この分数 $\dfrac{n+1}{n}$ は、分母が $n$ で分子が $n+1$ ですよね。分子の方に $1$ 足しています」

「うんうん、そうだね」

テトラ「ですから、この分数は必ず $1$ より大きくなります」

$$ \dfrac{n+1}{n} > 1 $$

「なるほど。そうだね。 $n+1 > n$ の両辺を $n$ で割ったのと同じだね」

テトラ「あ、そうですね。はい。 $\dfrac{n+1}{n}$ が $1$ より大きいのはいいんですが、 $1$ よりすごく大きいわけじゃないんです。 $n$ が大きければ大きいほど、割り算というか $\frac{n+1}{n}$ という比は小さくなって、どんどん $1$ に近づきます。 でも、その一方で、 $n$ が大きければ大きいほど、 $n$ 乗したときの効果って大きいですよね」

「そうだね。その通りだよ」

テトラ「はい。ですから、あたし、この式、やっぱりバトルっぽいと思ったんです。 $n$ を大きくしたとき、カッコの中はどんどん $1$ に近づいて大きくなりにくくなる。 でも、カッコ全体は $n$ 乗でどんどん大きくなろうとしている。さあどっちが勝つの!みたいに」

$$ \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n $$

「そうだね。だからこそ、この式はすごくおもしろいものを産み出すんだよ、テトラちゃん」

テトラ「おもしろいもの……ですか」

式の変形

「テトラちゃんがバトルと呼んでた式の形をもう少し眺めてみよう」

テトラ「はい」

「テトラちゃんは $\dfrac{n+1}{n}$ を《 $n+1$ と $n$ の比》と見ていたけど、こんなふうに式を変形してみる」

$$ \dfrac{n+1}{n} = 1 + \dfrac{1}{n} $$

テトラ「あ」

「こんなふうに $1+\dfrac{1}{n}$ の形にするとね、この式が《 $1$ に小さい数を足したもの》のように見えてくるの、わかるよね」

テトラ「わかりますわかります! しかも、 $\dfrac1n$ の部分は、 $n$ が大きくなればなるほど小さくなります! ……そういうことですよね?」

「その通り! だから、 $1+\dfrac1n$ という式は、《 $n$ が大きくなるほど $1$ に近づいていく数を表す》ことがよくわかるんだ」

テトラ「おもしろいです。ちょっとした式の変形で、見える風景ががらっと変わるんですね」

「うん、そうだね。それで」

テトラ「あ、すみません。ちょっと思い出したことがあるんですが、質問いいでしょうか」

「いいよ。何?」

仮分数と帯分数

テトラ「先輩がいまなさった $\dfrac{n+1}{n} = 1 + \dfrac1n$ で思い出したんですが、小学校で《仮分数を帯分数に直す》という計算をたくさんしました」

「あったね! うん、やったやった」

テトラ「 $\dfrac{7}{3}$ のように分子の方が大きい分数……仮分数かぶんすうが出てきたら、すぐさま、 $2\dfrac{1}{3}$ みたいに左側に整数を置いた分数……帯分数たいぶんすうに直しました」

「うん、わかるよ。小学校のとき、僕もやったし」

テトラ「あれって、何だったんでしょうか。いつのまにか仮分数で答えがマルになるようになりました。 それにそもそも $2\dfrac{1}{3}$ という書き方はしなくなっちゃいました」

「そうだよね。 $2a$ のように、数式で数を前に置いたらそもそも掛け算 $2\times a$ の意味になるしね。帯分数の $2\dfrac{1}{3}$ は $2 + \dfrac{1}{3}$ のように足し算の意味だけど」

テトラ「あっ! そういえばそうですよね!」

「ほんとのところは知らないけど、帯分数を使うのは、たぶん、大きさの把握のためじゃないのかな。ほら、 $\dfrac{7}{3}$ と $\dfrac{11}{5}$ のどちらが大きい? と聞かれたらすぐにはわからないよね」

テトラ「そうですね。 $7 \div 3$ と $11 \div 5$ を計算して比較……でしょうか」

「うん。あるいは $\dfrac73 - \dfrac{11}5$ の正負を調べるとかね。もちろんそれでいいんだけど、帯分数を使って $2\dfrac{1}{3}$ と $2\dfrac{1}{5}$ のように書けば、 整数部分は $2$ で等しいから、あとは $\dfrac13$ と $\dfrac15$ を比べればいいってことになるよね。 整数部分があるから、おおよその大きさが把握しやすいとか、帯分数にはそういう意味があったのかもしれないなあ」

テトラ「え、で、でも、そうだとしても、 $2 + \dfrac13$ や $2 + \dfrac15$ のように $+$ で書いた方が わかりやすくないですか。さっき先輩が $1+\dfrac1n$ と書いたように」

「そりゃそうだね。まあ、いずれにしても数学では帯分数は出てこないけど」

テトラ「あっ、す、すみません。話をそらしてしまいました。Where were we?」

複利計算

式の変形で見方が変わるって話をしてたんだった。テトラちゃんの一般項はこんなふうに書き換えられる」

$$ a_n = \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n = \left(1 + \dfrac{1}{n}\right)^n $$

テトラ「そうですね……先輩、不思議です。ふだんはあたし、 $\left(1 + \dfrac{1}{n}\right)^n$ みたいな式をみたら《うわあ……複雑な式》って思うんですが、 この式はそんなに複雑に見えません」

「うん、それはテトラちゃんがしっかり式を見て、式の形をとらえることができているからじゃないかな」

テトラ「式の形をとらえる……?」

「そうだよ。テトラちゃんは自分で具体的な計算もしたし、式のパターンも見抜いた。それから僕としゃべりながら、 $1$ より大きいとか $n$ 乗するとか、 いろいろ考えてきたよね」

テトラ「はい……なんだか、無駄話ばかりですみません」

「違うよ。そんなふうにね、時間を掛けて式とつきあうと、だんだん数式に慣れてくるんだ」

テトラ「先輩はいつも数式を書いていらっしゃいますよね」

「そうだね。僕は数式を書くのは好きだよ。いろんな変形を試したり、自分で公式を導いたり、読みやすい公式の書き方を考えたりね。 そうしていると、授業で数式を見たときも『このあいだ書いたあの式と似ているな』と思ったり、 『こう変形したら、意味がよくわかるな』って考えたりする」

テトラ「はい……お話をうかがって、とても参考になります」

「それで、 $\left(1 + \dfrac{1}{n}\right)^n$ が複雑に見えないって話だった」

テトラ「はいそうです。 $\left(1 + \dfrac{1}{n}\right)^n$ のうち、カッコの中は《 $1$ よりちょっぴり $\dfrac1n$ だけ大きな数》ですし、 式全体は $n$ 乗しているだけですから」

「この式の形は複利計算と考えられるんだよ」

テトラ「複利計算?」

「うん。銀行にお金を預けると何パーセントかの利子がつく。その計算のこと」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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shoin39 気になって二項定理で分解してe^1のテイラー展開っぽい形まで行ったけど最後がまとまらない! はさみ込みの定理?下限からの追い込みができない(汗 5年弱前 replyretweetfavorite

sutare_subaru 結城先生にアドバイスをいただき数式が表示されたので再び投稿。じっくり読むと仮分数と帯分数の話がものすごく懐かしく感じた… 5年弱前 replyretweetfavorite

hyuki 金曜日は『数学ガールの秘密ノート』の日。公式 5年弱前 replyretweetfavorite

sutare_subaru ちょうど大学で生活に関する数学の講義を受けていたので参考になった。今話題のネタだけど単行本になる時はどうするんだろう← 5年弱前 replyretweetfavorite