ここはどこ? 私はだれ?」状態の父にとっての娘の存在

若年性アルツハイマー型認知症の父親が老人ホームに入所し、週に何度か面会に行くようになったあまのさくやさん。住み慣れた家を離れ、知らない部屋で、知らない人に囲まれ、違和感と不安の中で過ごしているであろう父を思い、自分の役割を自覚していきます。

※これまでのお話は<こちら>から。

父が私を忘れる前にできること

― 2019年 父66歳 私33歳 ―

老人ホームに入所して2日目の午後、私は父の施設を訪れた。住み慣れた家を離れ、パニックを起こすようなことがあればすぐに連絡をくださいと伝えていたが、入所初日はとくに緊急の電話が来ることはなかった。しかしケアマネージャーさんに聞くと、今日は朝から不機嫌だったという。慣れない環境への混乱と苛立ちはやはりあるようだ。

2日ぶりに会う父は、私を見るなりとても嬉しそうにしていた。
「ここはどう?」
お土産に持って来た水羊羹を一緒に食べながら、父に聞いてみる。
「なかなか快適だよ、綺麗にしてくれる人もいるし」
と父。

毎日清掃の人が入ってくれる部屋は清潔に保たれ、父の部屋は我が家での暮らしよりも随分とすっきり、広々としていた。朝に自分が不機嫌だったことも今は忘れているのだろうか? 父の言葉は、どこか私を安心させるように言っているようにも聞こえた。

雑談をしていると、ふと思い出したように父は母の居場所を聞いて来た。
「お母さんは? どこいってるの?」
「....うーん、どうだったかねえ」
「なに? どういうこと?」
「お母さんは、いないかな」
私が明快な回答をするのに抵抗を感じて言葉を濁すと、父は追いかけるように聞いてくる。

「なんで? いなくなっちゃったんだっけ?」
「うん」

できるだけ言葉にしたくなかったことを、父がはっきりと口にした。
「死んじゃったんだっけ?」

「……うん」
観念したように私が頷くと、父は「そっか」とうつむく。

「お父さんに愛想つかして出て行ったかと思った?」
私は少し前のめりに、茶化すように付け加えた。

父は「ちょっとそうかなぁとおもったんだけど」と顔を綻ばせた。少しの沈黙のあと、噛みしめるように「死んじゃったのかぁ」と呟く。

私が食べ終えた水羊羹の容器を捨てようとゴミ箱に向かうと、背後から父の声が聞こえてきた。

「さくちゃんが来てくれてよかったなぁ。世界が明るくなったみたいだ」

恥ずかしげもなく言う、父の素直な喜びが私の心をそっと暖かくする。一方で、今父のいるこの世界は、暗いのだろうか?という疑問が、ちくりと胸を刺した。


不機嫌なのは慣れないから

入所してからは、新しいケアマネージャーさんとちょこちょこ連絡を取っていた。父は基本的に落ち着いているが、たまに不機嫌になって会話を拒否し、テコでも動かない頑固さを発揮することがあるらしい。戸惑いからか、ごはんを食べましょうと誘導しても、「うるさいなぁ、ほっといてよ!」と声を荒げる。以前からもたまにあったが、慣れない場所に気が立っている分、それが1日に何度か発動しているようだ。無理もない。

夜中1時過ぎに寝て10時頃に起きていた父が、21時消灯、7時起床のタイムスケジュールにのらなければいけないのも大きな変化だった。「夕食時間が早いせいか、夜中におやつをくれと食堂に彷徨い出すんです」とも言われ、「ああ、それもいつもの習慣です…」と伝え、おやつを買い置きしておくことにした。

入所4日目。昨日は血圧が異常なほど低くなっていたそうだが、今日は比較的回復している。まだ生活リズムは慣れないのかちょっと疲れ気味に見え、昼食は食べていないという。

「元気? 調子はどう?」と聞くと、「なかなか快適だよ。涼しくて気持ちいいし」と言ったあと、「さくやがきてくれて、この生活に光が見えた」と続けた。おととい自分が何を言ったか覚えていないはずの父が、同じ意味の言葉を発している。きっと本心なのだろう。

家で毎日顔を合わせている分には、テレビをかけっぱなしで話さなくても良かったが、会いに来ていると、何かをしなければいけないような気になる。なんとなく照れ臭くなって、私は部屋にあったCDをかけた。父も好きなカーペンターズのアルバム。車の運転が好きだった父が、いつも車中でかけていたレパートリーのひとつだ。

ふと、『Rainy Days and Mondays(雨の日と月曜日)』という曲がかかる。

Hangin' around, nothing to do but frown

Rainy days and Mondays always get me down

(出典:Carpenters 『Rainy Days And Mondays』 作詞作曲 P.Williams/R.Nichols)

静かなピアノではじまるバラード。父は曲の冒頭から鼻歌でメロディをなぞり、途中からは、「しかめっつらして たださまよっているだけ 雨の日と月曜日はいつも気が滅入る」という印象的なフレーズを、歌詞カードも見ずにそらで歌っていた。もう体に染み付いているのだなぁと感心していると、父が歌詞を繰り返し、「雨の日と月曜日はいつも気が滅入る、なんて、いまはないもんなぁ」と言う。

「たしかに。もう、サンデーもマンデーもないもんね」
私の身も蓋もない返答に、「いいだろ」と言いながらまた父は続きを口ずさんだ。


一人の家で思うこと

父が入所して以来、2日おきくらいに面会に行っている。父のようすが心配であることも事実だが、私が父に会いたくて行っているような気もする。在宅介護のときには顔を合わせるのも嫌だったはずの父に「会いたい」と思えているのが自分でも不思議だった。母も父もいない家に、一人で帰る寂しさから目をそらすという都合もあったかもしれない。私は私で、介護ロスとでもいうのか、虚無感に襲われていた。

ある夜ふと、携帯に残っている母の写真を見ていた。3年前、まだ母のがんも発覚していなかった頃も含め、そこには懐かしくて、元気で生き生きとした母の姿がたくさん映っている。たった3年前、こんなに元気だった人がもういないのか。その現実に思いを馳せた途端、この先父が離れていくことが無性に怖くなった。

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時をかける父と、母と

あまのさくや

新卒で入社した企業はブラックだった。入社2年目の24歳の時、父と2人でのニューヨーク旅行。なんだか父の様子がおかしい…。父は若年性アルツハイマー型認知症だった。徐々に変わっていく父と、取り巻く家族の困惑。そんな中、今度は母に末期のがん...もっと読む

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