面接で「日本へ帰ったほうがいいんじゃない?」と言われて…

面接ではことごとく不採用となり、なかなか仕事が見つけられないみとさん。スキルもない、自信もない、フランス語も完璧に話せない。更にフランスはコネ社会であることが分かり、どんどん追いつめられてしまいます。そんな状況でも、自分ができることを探し、少しずつ前進していくのですが…。

「なんでここにいんの? 日本へ帰ったほうがいいんじゃない?」

そう言われて頭が真っ白になった。仕事を探して面接をしたときに言われた言葉だった。フランス語をうまく話せず、大したスキルもなく、自信が無くて人の目を見ることもできない私に、接客の仕事は無理だと判断されたのだろう。なんとか「お時間をとらせました」とだけ言い、私はその場所を後にし、家に逃げ帰った。なぜそこまで、という気持ちと、そりゃそうだ、という気持ちが同時に押し寄せてくる。自己嫌悪と無力感で動けなかった。

フランスに来てすぐ語学学校へ通った。ただしそれは移民のための無料講座だったので、通えたのはたったの半年。フランス語は簡単な受け答えが出来るようになった程度で、まだまだ話すことには自信がなかった。

だけど、そうはいっていられない。暮らすためには収入が必要だから、とにかく仕事を見つけなければいけなかった。求人の有無に関わらず、飲食店やスーパー、パン屋などに履歴書を送ったり、直接手渡したりした。けれど、パン屋とスーパーでStage(無給のインターン)の経験をしたものの、雇用まで至ることはなく、仕事は全く見つからなかった。

フランスにはアルバイトのような制度がなく、失業率は20%超え、しかもここは保守的な人々の住む地方の小さな街。フランス語をうまく話せない外国人を雇う余裕はない。そしてかなりのコネ社会でもあった。能力に関わらず、家族、親戚、知り合いの紹介は、就職においてかなり優遇される。

知り合いをつくるためにはボランティア活動に参加するのが良いよと教えられ、動機が不純だとは思いつつ、参加してみた。しかし、「どうしてフランスへ来たの? 何がしたいの? 何ができるの?」と聞かれ、なにも答えられなくて、逃げたくなった。当然うまくいかない。

ここで仕事を見つけることは私にとってひどく困難で、どんどん自信を失っていった。自分には無理なのかもしれない。収入がないことで、パートナーとも衝突する。彼が私のことを金銭的に負担に思っていることは、わかっていた。

本当に、日本へ帰ったほうがいいんじゃないか。でも、帰るってどこへ?
家族とは絶縁状態でずっと連絡もとっていない。どこにも居場所なんてなかった。

頭の先と身体の末端がしびれて、胃と鳩尾がきりきりと痛む。心臓が無い。そこにぽっかり穴が空いているようだ。自分のものとは思えなくなったぼんやりした身体を動かし、川辺へ来ると、嵐のような強い風が吹いていた。重く暗い雲がどんどん流れてゆき、水面には細かい波がたち、風にあおられた植物は騒がしく音をたてている。風は激しくびゅうびゅうと私の身体を通り抜けていく。

一体、どれくらいそうしていただろうか。「だいじょうぶかい?」という声で我に返った。通りがかりのおじいさんが心配して声をかけてくれたのだ。「だいじょうぶです、ありがとう」と答えたとき、不思議と頭は冷静になっていた。つらいときでも景色の中にいると自分が肯定されるような感覚があって落ち着いた。


自分ができることを探して

収入を得るために自分にできることは本当に何もないのだろうか。自分がフランスで仕事を見つけられない一番大きな理由は、「人から信頼を得ることができない」ところにある。それは私が他者を信頼するのが難しく、人との距離を縮められず、フランス語にも自分自身にも自信が無かったからだ。仕事探しにおいて、フランスではコミュニケーションスキルがそのままその人の評価につながるようなところがあった。自分にはそれを満たすのが難しいのなら、別の部分を伸ばすしかない。

そう考えて、思いつく。私はフランスに来る前、印刷会社で働いていてDTPの知識があった。それに紙の制作物や印刷物をつくることは好きだった。ではデザインやイラストを学んで身に着けてはどうだろうか? その技術があれば、ネットで仕事を請け負うこともできるかもしれない。対面でなければ人に対しても落ち着いて対応できる。就職にもプラスになるだろう。そう思って、独学で勉強をはじめた。

勉強の傍ら、仕事探しも地道に続けていたところ、この街に、仕事を見つけることが難しい人のための、雇用機会と経験を与えることを目的とした組織があることを知る。そして面接を受けて、私はそこで働けることになった。

そこは日本でいうNPO団体のような組織で、働いているのは95%が移民の人達。フランス語がわからないときは互いに教え合い、作業がうまくできない時も助け合う。休憩時間にはそれぞれの国の手づくりおやつを持ってきてみんなで楽しんだ。フランスにきてから散々冷遇されてきた自分が、そこでは仲間として受け入れられたことがなにより嬉しく、心地よかった。

私は古着屋での接客販売の仕事を経験し、目をみて微笑んで「こんにちは!」と言えるようになり、小さな自信がついた。そうして1年と6か月があっという間に過ぎ、満期退職後、失業保険をもらいながらまた仕事を探しはじめたのだった。

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生きるための実験

みと

パートナーとの出会いをきっかけにフランスへ移住することになった、みとさん。しかし、仕事もお金も友人もなく、異国での生活に不安を感じていました。そんななか、自然の素材で生活道具をつくったり、森できのこや野草を採って食べたりする楽しさを見...もっと読む

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コメント

cometkobe 読んでおく。今の時期はどこの社会で生きるのも楽ではないのかもしれない。 --- 27日前 replyretweetfavorite

tmittoo 欧州はほんとコネ社会。得体の知れない人間が往来だの征服だのしあってた歴史のせいなんじゃないか。パリやロンドンなど外国人の多い都市部以外だとさらに大変だろうな…(自分もみとさんなだけに読んでてズキズキしてしまった) @_mito_to https://t.co/nhKBGCXCjq 28日前 replyretweetfavorite

izaken77 自分がしたい生活と仕事で生計を立てることとの葛藤。たぶん多くの人が直面しているけど、なかなかむずかしいですね…。 28日前 replyretweetfavorite

SayakaFelix 涙… フランスの失業率は数字よりも実態の方が悪いし…(失業者向け研修が多々あり、研修生は失業者と見做されないから)きついときに見知らぬ人が心配して声をかけてくれる国でもあるけれど、この状況はつらい… https://t.co/EQEuvkYxfI 28日前 replyretweetfavorite