​元妻が子どもたちを出産した日の、忘れられない光景

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装が趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた……。今回は、2度の立ち会い出産の記憶を仙田さんが振り返ります。

ふたりだけの最後の晩餐

子どもたちの誕生日が近づくと、生まれた日のことを思いだす。


ハチクロさんによる写真ACからの写真

長女が生まれるまで、親になるという実感がまるでなかった。
というより、怖かった。
37歳にもなって、親どころか大人にすらなれていないのに、どうやって育てていけばいいんだろうと考えただけで途方に暮れた。

さらにもし男の子が生まれた場合、父親と折り合いの悪かった私はその子を苦しめ、自分も苦しむことになるのではと怯えた。
だから生まれるまでは性別を聞かないことにした。
もし男の子だったとしても、生まれた後になら腹を括って育てられるかもしれないが、それまではどう向きあえばいいのかわからなかった。

一方では子どもが生まれてくるのを心待ちにしていた。
妊婦検診には毎回一緒に行って、超音波検査でモニター越しに動く胎児を眺めては、心臓が動いているのにほっとしたり、なんともいえない愛おしい気持ちになったりした。
子どもの名前をあれこれ考えては、何十個もスマホにメモった。

だが不安は消えなかった。
性別を聞いていないことを言い訳にして、生まれてから揃えればいいや、と子どもの服などの買い物はほとんど元妻に任せていた。

予定日が近づくにつれて、ふたりだけの生活が3人の生活に変わるのだと実感するようになった。
元妻とは3年ほど同棲してから籍を入れ、その1年後に子どもを授かった。
年に2、3回は旅行に行き、休みがあう日にはよく映画を観に行ったが、次にそんな生活を送れるのは、少なくとも十数年後になるだろう。
そう思うと寂しさがこみあげてきた。

出産のため実家に帰る数日前に、仕事から帰ると元妻が、作り置きのおかずをたくさん冷凍庫に入れてくれているところだった。
その夜、久しぶりに外食をした。
吉祥寺の駅前をぶらぶら散歩して、目についたエスニック料理店に入った。
ご飯を食べながら、お腹の大きくなった元妻の写真を何枚か撮った。
写真を撮られるのがあまり好きではなかった元妻は目を逸らしていた。

長女が生まれた日—トイレで吐いた

予定日から1週間過ぎても生まれてくる気配がなかったので、元妻は入院して陣痛促進剤を投与されることになった。
吉祥寺から電車とバスを乗り継いで1時間ほどかかる、武蔵村山市の総合病院に行くと、元妻とその母親が病室にいた。
数時間置きに医者や看護師が、検査をしたり具合いを聞きにきたりする。

晩ご飯の時間になると、病院食が配膳された。
食欲がないからと、元妻は半分以上を残し、私はそれを食べた。
付添人は泊まれないし、陣痛がくるのは明日になるかもしれないからと看護師に言われ、私は一旦帰ることにした。


まぽ (S-cait)さんによる写真ACからの写真

家に帰ってベッドで横になっていると、午前2時頃に電話が鳴った。
看護師さんからで、陣痛が始まっています、と告げられた。
すぐ外に出て、タクシーを止めた。
病院名だけを告げると、運転手は猛スピードで深夜の道を飛ばしてくれた。
どんな事情だと思われているんだろう、いろんな事情の人を乗せて病院まで飛ばしたことがあるんだろうな、と思った。
飛ばしてくれるのは嬉しいけど、ここで事故って死んだらシャレにならないな、とも。

病室に着くと、元妻は聞いたことがないほど大きな声をあげて痛がっていた。
体のどこからでているんだろうと驚いた。
義母が腰のあたりをさすっているのに気がつき、慌てて反対側に回り、元妻の腰をさすったが、「そこじゃない!」と元妻に怒られた。

やがて看護師さんに呼ばれて元妻は隣の部屋に移動し、分娩台に横たわった。
私は頭の側に回り、元妻の頭を支え、手を握って呼吸を合わせた。
他にできることは何ひとつなかったが、無事に生まれてきてほしい、ふたりとも無事でいてほしいという願いで頭のなかはいっぱいになった。

しばらくして、か細い泣き声が聞こえてきた。
元妻の脚のあいだから、助産師さんが子どもを抱きかかえて見せてくれる。
—女の子です。
と告げられると、私は分娩台から離れて、トイレに駆けこんだ。
たちこめていた血の匂いに我慢できなくなって、盛大に吐いたのだ。

入念にうがいをしてから戻ると、子どもを抱っこした。
びっくりするくらい軽く、しわくちゃで、まだ血が滲んでいた。
腕のなかで抱いていると、腹の底のほうから温かいものがこみあげてきた。 
冬の寒い日に熱いスープを啜ったときのように、その温かさは体中に広がっていく。

—写真撮ってあげて。動画も撮ってあげて。
と元妻に言われて、私は子どもを元妻の腕に戻し、スマホを取りだした。
ぎゅっと目をつぶって、口を動かしながら手をもぞもぞさせている動画は、いまもたまに見返すことがある。

次女が生まれた日—「男の子だよ!」

2年ほど経って、次女の出産が近づいた。
この頃には子どもを育てることへの不安はなく、ひたすら楽しみだった。
このときも出生前に性別を聞かなかったが、それは恐れからではなく楽しみにしようと思ったから。
男の子でも女の子でもどっちでもいいから、元気に生まれてきてほしい、とだけ思っていた。

予定日の1ヶ月前になり、元妻は長女と一緒に実家に帰り、私は週に2、3回ふたりの顔を見に行き、週末には泊まった。
1週間ほど予定日を過ぎても、生まれてきそうな気配がなかったので、長女のときと同じような展開になるのかなと思っていると、ある夜とつぜん電話がかかってきた。
義母からで、陣痛がきたのでいまから病院に向かうとのこと。

時計を見ると深夜1時頃で、私はすぐ外にでてタクシーを拾った。
今回の運転手さんも、病院名だけを告げるとフルスピードで飛ばしてくれた。
30分ほど経った頃に、義母から電話がかかってきて、私は猛スピードのタクシーのなかで応答した。
—生まれたよ! 男の子だよ!

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女装パパが「ママ」をしながら、家族と愛と性について考えてみた。

仙田学

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた。仕事と家事・育児に追われる日々、保育園や学校・ママ友との付き合い、尽きることのな...もっと読む

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コメント

MaxHeart24 →元妻が子どもたちを出産した日の、忘れられない光景|仙田学 @sendamanabu | 14日前 replyretweetfavorite

sendamanabu cakesの連載。今回は、子どもたちの出産に立ち会った日のことを書きました。 >やがて看護師さんに呼ばれて元妻は隣の部屋に移動し、分娩台に横たわった。 私は頭の側に回り、元妻の頭を支え、手を握って呼吸を合わせた。 https://t.co/4xfPRaga1M 14日前 replyretweetfavorite