長男が自転車から落ちて歯が折れた事件

cakesクリエイターコンテスト2020の入選者、元屋みやさんが、家庭内で勃発した小さな事件をユーモラスに綴ります!
ホラー大好きマイペースな夫、独特な発言をするおっとり長男、繊細で怖がりな次男に囲まれて暮らす元屋さん。個性的な家族相手に奮闘する元屋さんの、笑いとネタの耐えない日々をお楽しみください。

「大変だ!事件だ!事件だ!」

と家に飛び込んできた次男。

その日は、週末だった。フルタイムで働く私は、休日は家から出ずにダラダラ過ごしている。

次男は小4になっても友達より兄と遊ぶことを好み、長男は小6の割には弟と遊ぶのを嫌がらず遊びに連れていくことを気にしない子だった。この日も兄弟で遊びにでかけていたのだ。

「長男が自転車から落ちて歯が折れた!!」

どうしていいのか分からずに家の中を右往左往しながら焦っている次男。当の長男はいない。おそらく事故現場で悲しみに暮れているのだろうと思い、私は面倒だなぁと内心思いつつ「マジで?どうしてそうなったの?長男どこいるの?」と聞きながら、しぶしぶ起き上がって玄関に向かった。次男は焦りのあまり「あのね。あのね」から先に進まない。

うちの子たちは些細な出来事も大事件のように言う癖がある。「大けがした!血だらけで大変だ!」と見せてもらった怪我がただの小さな切り傷だったことが何度もあるのだ。どうせ今回もそんなもんだろうと思い、外に行こうとしたら玄関で静かに泣いている長男がいた。

—怖いわ!!

囁くように「歯はあるよ」と長男は言った。

—怖いわ!!

2本並んだ前歯の左側が綺麗に真ん中で折れていた。折れた歯のカケラを確認し、歯茎に残っている歯も確認。ちょうど真ん中あたりでぽきっと折れていた。そして、他に怪我がないかを確認する。歯は折れているけれどほっぺや唇の怪我はナシ。歯ぐきからの出血もナシ。腕や膝の擦り傷もナシ。

「よかったね。他の所に怪我ないよ」と言った後、近くの病院に電話して歯が折れたことを説明すると、すぐに診てもらえることになった。

病院は、徒歩5分の距離なのですぐについた。

病院につくまでの5分の間も「おれもう死んじゃうわ」「おれ生きていけないわ」と、つぶやく長男。涙は止まっているようだった。

「歯で死ぬことそうそうないよ。大丈夫。綺麗に直して貰えるよ」と話しかけても、

「はぁ。おれもう死んじゃう」

と一人の世界に入っていた。

病院についた間もずっと「はぁ」「もう無理」とつぶやいてる長男を見かねたのか、すぐに診察してもらえることになった。母が尊敬するほどのアピール上手!

レントゲンを撮ると、歯茎と残っている歯に異常はなかった。そして信じられないことだが、ほんの十数分で、セラミックで歯をうまく形成してくれたのだ。ちゃんと隣の残っている前歯と同じ形にしてくれたのだ。最近の歯医者の技術ってすごい。折れた歯は要らなかったようで使わなかった。切断した指などは持っていくと繋げられるのでそんな感覚で歯を持っていったが、歯は違ったようだ。

歯が元通りになるといつも通り元気になって「ご褒美にお菓子買って」とねだられ、病院代よりも高くつくことになった。

帰宅してから事故の詳細を息子たちに確認すると、次男が木の棒を振り回して遊んでいたとのこと。

—危ないからやめろ。

その横を自転車に乗った長男が全速力で駆け抜けようしたらしい。

—危ないからやめろ。

そしたら、運悪く次男が振り回していた木の棒が長男の乗っていた自転車の後輪の隙間にイン! 木の棒がブレーキとなり、全速力で走っていた自転車が急停止することになった。その反動で長男は空中に投げ飛ばされたのだ。

そして、華麗に顔面から、いや前歯のみでコンクリートに着地したのだ。

綺麗な放物線を描いて飛ぶ長男。

前歯でコンクリートに突っ込んでいく長男。

そんな2人の姿を想像しただけで…笑いがこみあげてくる。

よく考えてほしい。擦り傷はどこにもないのだ。ということは、身を守るために両手を出すことさえしなかったということなのだ。あまりのことで手が出なかっただけかもしれないが…。

そして、唇も切れていない。前歯だけ折れているという事実がミステリーすぎる。

—え?どういう角度?どんな風に飛んでどんなふうに落ちたら歯だけ折れるの…?

どう考えても事故のイメージが、アニメのように綺麗な放物線をえがいて、イヤミみたいに前歯を突き出して両手を体に綺麗に添え、歯でコンクリートに着地したとしか思えなかった。

「長男…怪我の仕方が器用だね」と、よくわからない誉め言葉が口から出た。

「俺天才だろ!!」 痛みが取れた長男はドヤ顔を忘れてなかった。

**

歯が元通りになると、長男は歯が折れた事件をすっかり武勇伝ネタとして自慢していた。

しかし、歯を折った数日後から長男は歯痛との戦いが始まるのである。

**

数日後、夜寝る間際に「歯が痛い」と泣き出した。

長男は小さい頃から、痛みにとても弱い。耳かきする前から「痛い!やめて!」と想像だけでメンタル削られるほど痛みに弱い。

そんな長男ゆえ内心大げさに言っているのだろうと思った。

「残念ながら病院は今やっていない。今晩はもう我慢するしかない」と冷たく対応して病院から渡されていたカロナールという痛み止めを飲ませて寝かせた。

長男はしくしくと泣きながら寝ていた。

しかし、翌日起きてきた長男の顔を見たら鼻の下あたりがパンパンに腫れあがっていたのだ。そう、折れた歯の歯茎部分が顔の造形を変化させるほど腫れ上がっていたのだ。

顔が変形するということは相当痛かったはずだ。前日の自分の冷たい対応に激しく反省した。申し訳なくいたたまれない気持ちでいっぱいになった。

「ごめん。こんなに腫れているとは思わなかった。ホントごめん。マジでごめん。ホントごめん。痛かったよね。ごめんね」

何度も長男に謝罪して、朝一で歯科医院に駆け込んだ。長男は痛みで親の謝罪を聞くどころではなく、うなだれて静かに泣いていた。

歯科医が言うには「神経を少し傷つけているか、膿が溜まって神経を圧迫しているのかもしれない」ということで、歯の裏側に穴をあけて中の膿をとり出すことになった。

その日は、その処置で痛みが取れた。

しかし、次の日も朝起きてから「歯が痛い」と言って歯科医院に駆け込んだのだった。

さすがにフルタイムで働いている私はそんなに付き合い切れなかったので「ごめん。このお金を持って歯医者に駆け込んで」と、200円を持たせて長男に任せた。中学生までは1回の通院で医療費が200円で済むのだ。家計にやさしくて助かっている。

この段階で学校を2日ほど休んでしまっている。まさか歯痛で学校休む日が来るとは思いもしなかった。

学校は休んでも、ご褒美は忘れない長男。

歯医者のたびにお菓子が買ってもらえると覚えてしまったので、痛いけどある意味「ラッキーボーナス状態」で楽しそうにお菓子を選ぶのだった。食べやすそうなものから選ぶように伝えると、ルンルンしながら選んでいた。

喉元過ぎれば熱さを忘れるというのだろうか。気持ちの切り替え早くて尊敬するところでもあった。

ちなみに、歯への影響を考えて、夕飯はつるっと食べやすいようにと、1日目も2日目もうどんにしていた。

3日目はどうにか学校に行くことができた。しかし、体を動かして体温が上がると歯が痛くなり、早退して歯科医院にまた駆け込んだ。

ここまでくると今駆け込んでいる病院はヤブ医者なんじゃないかという疑問すら湧いてくる。別の歯科医院で歯科助手していた友人に聞いてみたところ、処置は適切らしい。歯は痛みがどこから来るのか原因を特定するのが難しくてなかなか痛みが引かないことも多いらしい。そして、やっぱり膿がたまらないようにするか神経を取るしかないようだった。

—神経とったら歯の色がおかしくなるんだよね?さすがに前歯だし、可愛い長男の顔(ただの親ばか)の汚点になりそうだし、いじられる元になりそうだから嫌だな。

そんなことを漠然と思っていた。

長男は毎日のようにカロナールを飲んでいた。しかし、全く効いている様子はなかった。お風呂に入ると痛くなり、寝ようとすると痛くなる。体温があがってくると痛くなるを繰り返していた。

長男は「注射よりも歯の方が痛い…。注射の方がマシだった。本当に地獄」と落ち込んでいた。

処置するたびに、歯に麻酔を打たれていることに気づいているのだろうか。言ったら怖がって治療しなさそうだから黙っておいた。

そして、毎日のように歯科医院に通い続け1週間で膿が落ち着き、痛みとさよならできたのだ。1週間毎日お菓子を買い続け、食べ続けたということでもある。

しかし、歯に膿を出す穴があいたままだった。ふさぐ治療をしなきゃいけないのに、私も息子も先延ばし癖がひどいので「面倒だしもう少し後にしようか」と後回しにしていた。

さらにちょうど同じタイミングでネコがおもちゃを誤飲し、腸閉そくで死にかけて家族みんなで不安で死にそうになっていた。ネコの治療に全精力をかけていたらそのまま歯科医院に通うことを忘れてしまったのだ。

この事件は小6の1月~2月の間の出来事だった。小学校を卒業する頃には歯のことなどすっかり忘れて長男は中学生になった。

**

このまま何事もなく平穏な中学生活を送れるかと思いきや、1学期が終わるころに、また突然「歯が痛い!!」と大騒ぎしだした。穴があいている歯を放置し続けた結果、その穴の中に食べかすが入りこみ再度膿んでしまったのだ。

歯科医院に駆け込むことに慣れた長男は、翌朝200円を持って制服を着て歯科医院へと向かった。私はもちろん仕事に出勤した。

—一人で病院に行くのに慣れたもんだな。

こんなことで長男の成長を感じた。

治療が終わると、そのまま中学校に登校した。病院から学校に行けるというだけで、なんだか長男が大人に近づいたような気がした。

動いて振動を与えると痛い、熱を持つと痛いと訴えるので体育を2日ほど休みにした。

親の私も、当の本人も、歯の治療を途中でやめたら恐ろしい目にあうということを今回の事件で身をもって知ったので、今回は最後まで治療しようと決意したのだ。

最終的に、どうやっても痛いので神経を取ることとなった。

「あーあ。前歯の色が変わっちゃうんだ」とぼやいていたら「なる人もいるけれども、ならない人もいますし、今ならやり方次第で色なんてどうにでもできるので大丈夫ですよ」と歯科医に励まされた。

長男の前歯は神経を無くしたが今のところ色は変わっていない。可愛いままだ。

**

今回、よく分かったことがある。それは長男がめちゃくちゃうどん好きだったということだ。食べやすいだろうと配慮して出したうどんを、「うまい!いたい!うまい!」と言いながら喜んで食べ続けていた。そんなにうどんが好きだったのか。 そんな長男はうどん県に行くのが夢らしい。

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この連載について

へんてこ家族のおもしろ事件簿

元屋みや

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コメント

kskrk_py めちゃくちゃ申し訳ないんですけど、声出してゲラゲラ笑いました。。。これからも歯の色が変わらないことを願っています。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

minamiashimito 小さな事件…小さな…!? 連載フォローしやした ▼ https://t.co/eUF52SO15X 約1ヶ月前 replyretweetfavorite