食パンの歴史

ケトルVol.05は、「パン屋」特集!食パンの歴史を900文字ぐらいで解説!

食パンを食べていて、ふと思った。「なんで〝食〞パンなんだろう?」。だってパンはそもそも食べるためのものであるからして、わざわざ〝食〞とつけなくたっていいのでは、と。で、食パンのことが気になってほかのパンが食べられなくなってしまったので、その歴史を調べてみました。

まず食パンの原型は、上部がふっくらした山型のイギリスパン。コロンブスがアメリカ大陸を発見した頃、開拓者のために作られたといわれています。配送手段や分配がまだまだ面倒な時代に、みんなが一度に食べられるようにと、効率性を考えて生まれた形だったのだとか。
 
日本にイギリスパンが伝来したのは、文明開化の頃。文久2年、イギリス人のロバート・クラーク氏が、海軍の衛兵や居留外国人向けにパンを作り出したのが始まりです。当時の店名は「ヨコハマベーカリー」。現在も横浜・元町で営業を続ける、「ウチキパン」の前身です。



4代目代表取締役の打木宏さんにお話をお聞きしました。 

初代の打木彦太郎氏は、14歳の時に丁稚奉公としてヨコハマベーカリーに入社。明治21年、ロバート氏の帰国にともない、お店を引き継ぎ、「横浜ベーカリー宇千喜商店」を創業しました。しかし当時、日本人にはパンが売れず、お客さんは海軍の駐屯兵がほとんど。まったく商売にならなかったそうです。

「当時の日本は卵も食べなかったし、コーヒーや紅茶もない時代です。副食物といえば魚くらい。魚は、やっぱり米で食べますよね」
 
それが全国的に広まったきっかけは、小学校の学校給食です。第二次世界大戦に敗戦し、日本はアメリカの占領下に。アメリカから小麦の輸入を開始し、学校給食でパン食および洋食が普及していったのです。いわゆる「角食」と呼ばれる四角いパンができたのも、この頃。機械化工場の発達によって、少人数かつオートマチックに、一度に大量のパンを焼くことが実現したから。焼き型に蓋をする
ことにより低い熱量でも焼ける角食は、大量生産に適したパンだったのです。時代に合わせ、また、日本人の食文化の変化によって、食パンは日本の朝食に当たり前にあるものに。とりあえず、今さらだけどありがとう、ペリー!
 
で、肝心の〝食〞パンの由来ですが、これは「主食用のパン」を略した造語で、日本人が名付けたもの。外国語では「食パン」を意味する言葉はないそうです。

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朝から開いてるパン屋が大好き!

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ケトルVol.05は、「パン屋」特集! 「朝から開いてるパン屋が大好き」をテーマに、 東京・京都・福岡・千葉・岩手にあるパン屋さんをご紹介します。 「食パンの歴史」「バターの正しい塗り方」などの小ネタもたっぷり。 朝7時から開...もっと読む

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