(カラン、コロン〜♪)
カフェのマスター、小鳥遊(たかなし)が扇風機の前に立っている。
小鳥遊 「あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ワ・レ・ワ・レ・ハ・ウ・チュ・ウ・ジ・ン・ダ」
りんだ 「何してるんですか、小鳥遊さん??」
小鳥遊 「あ、りんださん、いらっしゃいませ。扇風機の前で涼んでたところです」
りんだ 「そうやって扇風機で遊んでいる人を見たの、久しぶりです」
小鳥遊 「世代でしょうか……。最近、良いしくじりが聞けなくて退屈で扇風機にため息をついていたところです」
りんだ 「でしたら良かったです。しくじりを持ってきました。……いや、持ってきたくて持ってきたんじゃないんですけどね」
小鳥遊 「それはそれは、ありがとうございます。では、りんださんのしくじり、じっくり聞かせていただきますね」
****
りんだ 「最近、ちょっとだけまともに仕事できるようになってきて、ミスも減りました」
小鳥遊 「それは良かったですね」
りんだ 「だから、今までのしくじりの分を挽回しよう! と思って、結構がんばって仕事してるんです。残業する日も多くて」
小鳥遊 「そうだったんですね。どうりで疲れ気味な顔していると思いました」
りんだ 「はい、過去にたくさんミスした分、取り返したいですし、何より同期のアズサみたいにもっと評価されるようになりたいんです」
小鳥遊 「なるほど」
りんだ 「だけど、ちょっと仕事のやり方を覚えたからって、そんな簡単に結果が出るわけでもないみたいで。アズサは相変わらず仕事が早いし、お客様や上司からの評判も上々です。それに比べて私は……」
小鳥遊 「そうでしたか。りんださん、頑張っているんですね」
りんだ 「はい……。でも頑張っているだけじゃダメなんだって、現実を突きつけられているようで。でも頑張らないともっとダメだし」
小鳥遊 「まぁまぁ、りんださん。今日はお疲れのようなので、甘いものでも食べて落ち着きましょう」
りんだ 「いつもありがとうございます。小鳥遊さん」
***
小鳥遊 「はい、お待たせしました。プリンです」
小鳥遊は、りんだの目の前にプリンを2つ差し出した。
りんだ 「え、あ、はい。ありがとうございます。おいしそうですけど、2つって?」
小鳥遊 「フフフ、まぁまぁ。召し上がってください」
りんだ 「はい、じゃあ、左のほうからいただきます!(もぐもぐ)ん〜〜、おいしいです」
小鳥遊 「良かったです。高級な材料をセレクトして、丁寧に作りましたからね」
りんだ 「う〜〜ん! おいしい! じゃあ、右のほうもいただきます!」
小鳥遊 「どうぞお召し上がりください」
りんだ 「(パクッ)……?!?!?! え——っと、この右のほうのプリン、作り方違う??」
小鳥遊 「よくお分かりですね。そちらは私が少しカラメルをアレンジしました。実はプリンの上にかかっているのは、正確に言うとカラメルではないんです」
りんだ 「小鳥遊さんオリジナルというわけですか……?」
小鳥遊 「焦がしたコウモリの羽にすりつぶしたマンドラゴラの根っこを練りこんでトカゲの尻尾の粉末とハブのキモのミンチを混ぜて三日三晩野ざらしにしたものから搾りとったエキスに砂糖を加えたものです」
りんだ 「うげー! 砂糖より前は全部要らないー!」
小鳥遊 「……お口に合いませんでしたか? プリンそのものは同じなんですよ? カラメルが違うだけで」
りんだ 「合うも合わないも、そんなものカフェで出しちゃいけないでしょう!」
小鳥遊 「そうですか……先週見たリュウイチのバグレシピに載っていて、これだ! と思ったんですけどね」
りんだ 「これだ! じゃないですよ……。試しに小鳥遊さんも食べてみてくださいよ」
小鳥遊 「はい、では失礼します(パクッ)オェェェェ……」
りんだ 「……何やってるんですか、わたしたち(笑)」
***
小鳥遊 「いやいや、死ぬかと思いました」
りんだ 「こっちのセリフです」
小鳥遊 「ところで、今日お話をいただいたしくじりについてなんですが、プリンとカラメルの関係が大いに関係ありましてね」
りんだ 「プリンとカラメルの関係?」
小鳥遊 「ええ、りんださんは、同期のアズサさんのことを、皆が『おいしい、おいしい』と言ってくれていいな。それに比べて『自分にはおいしさなんてない』って思っていませんか?」
りんだ 「はい、あまり役に立てている気がしなくて、能力がないな〜って思います」
小鳥遊 「今日たまたまお越しいただいた、当店の相談役のF太さんというかたから聞いた話なのですが」
りんだ 「F太さん? どこかで聞いたことあるような」
小鳥遊 「F太さんが言うには『自分の能力の評価って、周りとの差や上司との関係性で決まる』らしいんです」
りんだ 「え、どいういうことですか?」
小鳥遊 「以前コールセンターでアルバイトをしていたF太さん、仕事がうまくいかなくて3ヶ月でクビになってしまった。次に、仕事内容もまったく同じ別の会社に移ったら、自分は変わっていないのに仕事の評価が上がったそうなんです」
りんだ 「そんなことってあるんですか?」
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