愉快な男の子ノリ」「オヤジ的感性」を無邪気に直球で

少年漫画における「お色気描写」は、一時期までごく当たり前のものであった。小中学生男子をメインターゲットにした「週刊少年ジャンプ」連載作品である『こち亀』についても、その点は同じだ。しかし、そうした描写が、マッチョイズムやホモソーシャル的な悪ノリ感性を子どもに育ませてしまったのではないか。絶賛発売中の「『こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く」(稲田豊史)から特別集中連載(毎週水・土曜日更新)。

オヤジエロスと“男の子の夢”

 97 年30号「超リアル釣りゲーム!!の巻」(105巻)には架空の釣りゲーム(リールと液晶画面がセットになった玩具)が登場するが、それは「ギャルを釣る」内容で、ブランド品をエサに女性を「ゲットする」ものだった。「女を釣る」という発想の時点ですでにアウトだが、同ゲームは内蔵カメラで道行く女性を撮影して魚に見立て、その美人度(!)が判定されて、魚のグレードがあてがわれるという遊び方もできる。……と、かなり挑戦的な女性人権無視の内容が「愉快な男の子ノリ」として描かれた。

 同編が描かれた97年当時、仮に12歳だった小学6年生の男子は2020年時点で35歳。このような「男子の悪ふざけ」を「愉快なもの」として育ってしまった世代の一部が世の中でどんなふるまいをして、女性たちのどんな不快感を煽っているか……。

 50代、60代のバブル世代でもない、たかだか30代の男性が、この21世紀に、いまだにこじれた旧世代的マッチョイズムとホモソーシャル的な悪ノリを引きずっているのはなぜか? 『こち亀』のせいばかりではない、という前置きをしたうえで断言するが、間違いない。こういうもので育ったからである。

 生々しいオヤジ的感性炸裂エピソードとしては、97年33号「派出所コンビニ化計画!!の巻」(106巻)も忘れがたい。両津がコンビニの業種を多角的に広げた結果、最終的に「婦警を起用したキャバクラ」にしてしまうのだ。「風俗店」「キャバクラ」という言葉が少年誌の誌面にはっきり載っていたのも驚きだが、本当に深刻なのはその前段階のコンビニで、両津が「婦警を店員にすることで客を引く」ことに味をしめる描写である。典型的な「性の商品化」をうまいアイデア扱いしていたのだ。

 また、両津は01年8号「由緒正しき江戸野球!の巻」(124巻)で、纏(まとい)の野球チームと対戦し、失点ごとに服を脱ぐ、いわゆる野球拳ルールの適用を求めるが、これも昭和的オヤジエロスに小学生男子の発想が接続した、どうしようもないおふざけであった。

 01年42号「コリない“マッサージ師”?の巻」(128巻)での両津は、交通課の婦警たちをマッサージ師として働かせる。両津は「美人警官(秘)アダルトマッサージ」と銘打ち、彼女たち目当ての男性客から指名料まで取って大繁盛させ、やがて客のマンションに出張マッサージを行う……という、明らかに特定風俗を模したスタイルで営業させていた。

「コリない“マッサージ師”?の巻」の婦警たちは胸部が思い切り強調されたセパレートタイプのユニフォームを着用しているが、『こち亀』における巨乳、高い露出度描写は、枚挙に暇がない。01年7号「教官ヤークト・パンテル大佐登場!!の巻」(124巻)で初登場したサドっ気のある軍人、通称〝バクニュー大佐〟は、ほとんど爆乳を見せるためだけに登場したキャラで、バストは1メートル以上。同じく巨乳の軍人ジョディーとともに、記号的な“パツキンの巨乳美女”を恥ずかしげもなく突っ走っていた。

 とはいえ、これらの欲望が昭和オヤジ的感性の100%トレースかというと、そうでもない。そもそも小学生男子の「おっぱいでけ—」で喜ぶ平均的感性は、時代を越えてエロと笑いを同時に満たすものである。『こち亀』は彼らの現実的欲望を、それこそ無邪気に、それはそれは無邪気に満たしたのだ。このことは、08年29号「スピンオフの巻」(164巻)で自己言及されており、読者男子(8歳〜14歳)の支持率を上げるための意図的なものであることが示唆されている。

 露出系エロスの中でもかなり過激だったのが、98年33号「早矢対麻里愛(マリア) 弓道対決!!の巻」(111巻)である。冒頭、男子寮で寝ている両津の布団に、下着姿の麻里愛(もともと女性の見た目をした男性だったが、ひとつ前の回で魔法により本物の女性になっている)が入ってくる。その姿はパンティにシースルーのスリップ1枚のみと異常にセクシー(一応、乳首は描かれていない)。

 麻里愛は両津に抱きつき、「両様、一緒に寝ましょう!」と覆いかぶさるのだ。このシチュエーションだけ見ればほぼエロマンガ。文字通り“都合のいい男の子の夢”である。

きわめて幼稚な恋愛観

 90年代後半は、麻里愛や早矢が無防備に半裸を露出して「両津に想いを寄せている」ことを示唆する描写が目立つ。完全にエロマンガ・エロゲー的な「逆ハーレム状態」だが、こういった幼稚な恋愛シチュエーション(恋愛経験の少ない奥手成人男性の好みそうな恋愛観だが、小中学生の読み物であることを勘案すれば「幼稚」がふさわしい)は後期『こち亀』において特に顕著である。いくら『こち亀』が、恋愛の駆け引きを主題としたラブコメではないにしても、男女関係描写のあまりの幼稚ぶり、型ハメぶり(というより、ほとんど真面目に描こうとしていないように見える)には目を覆うばかりだ。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

全国書店、各オンライン書店にて絶賛発売中です!

この連載について

初回を読む
こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く

稲田豊史

昭和~平成にかけて「週刊少年ジャンプ」で読まれ続けてきた『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。連載40年、全200巻という偉業を果たした国民的漫画は、大衆社会を活写し続けたまさに「浮世絵」です。「こち亀と日本社会の40年」を紐解いた『『こ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

ep_syoseki cakesさんでの連載が更新されました。ギャグ、というものの危うさについて。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite