オタク業界の「おもしろさ」を描く
『こち亀』は次第にオタクそのものではなく、当時の「オタク業界」のおもしろさを嬉々としていじり始める。もちろん愛をもって、だ。
98年42 号「正しきコレクター道!!の巻」(112巻)では、美少女恋愛シミュレーションゲーム『セン・グラ』のグッズに1000万円もつぎ込んでカード破産したコレクターが登場。当時エスカレートしていたゲームやアニメソフトの高額限定版商売を揶揄するとともに、それでも買ってしまうオタク連中の心境が臨場感をもって描かれた。両津はゲーム会社、オモチャ会社、航空会社、旅行会社を巻き込んだ『セン・グラ』ファン向けの旅行ツアーを企画して成功を収める。
99年24号「コスチュームフィギュア元年!!の巻」(115巻)では絵路井・フィギュア・ゲットシュタイン講師が再び登場し、「フィギュアブームはついに美少女物一色に染まり/ゲーム・アニメ・コミックの美少女はほとんどモデル化される時代になりました」と説明。そのうえで一番熱いのは「美少女着せ替え人形」だとして、「コスチュームフィギュア」が新たなジャンルとして確立した──と業界動向を解説する。
01年16号「わしは世界のカード王!の巻」(125巻)は両津がトレカのコンベンションでレア物を買うため幕張メッセに赴く。そこでの来場者たちが限定カードに群がったり、両津のカードをハイエナのように漁ったりする様子は、トレカに限らない「オタクの生態観察記録」として資料性が高い。生態描写としては、01年33号「ガチャガチャゴチャゴチャパラダイス!の巻」(127巻)で、メモリーガチャガチャ(メモリーカードに水着の婦警の写真が入っている)を買い求める秋葉原のオタクが背中のリュックにポスターを差している姿も目に留まる。
2000年代も半ばになると、あからさまな「オタクいじり」「オタク業界いじり」はトーンダウンし、作中に自然な形でオタク要素が取り入れられるようになってくる。
05年15号「ロボット大戦争の巻」(147巻)では、勘兵衛の会社が開発した介護ロボット、家政婦ロボットが完全に秋葉原仕様の外観。これらは「猫耳」「語尾が“にょ”」といった記号的萌え要素を取り入れていた。
秋葉原は2005年頃から街全体の再開発が進み、前後してマスコミがオタク文化そのものに注目し始める。06年11号「ようこそアキバへ御主人様の巻」(151巻)では、部長が秋葉原に真空管を買いにくるものの、“萌え”一色になった街の変貌ぶりに驚く。
同編のポイントは、たまたま同じ日に秋葉原に来ていた両津と本田が休憩がてらメイドカフェに入るが、メイドカフェ自体を珍しがっている描写はなく、その後の描写でも「慣れた街」として完全に使いこなしているように見えることだ。このような描写は08年45号「マイ・フェイバリット・カフェの巻」(166巻)で、両津が「メイドカフェも少し飽きたな」と発言している点からもうかがえる。
萌え化・オタク化の進んだ秋葉原が、両津にとっては嫌悪すべき街でもアウェイな街でもなく、「使いこなす街」になっているのは、『こち亀』のオタクに対する態度変化プロセスにおいて非常に重要である。
アカデミズムへのにじり寄り
『こち亀』はオタクをさらにマクロな視点から肯定する態勢を固めていく。07年4・5号「京都聖夜の巻」(156巻)では、京都で中川が接待した日本通のアメリカ人IT社長がアニメグッズを大量買いしていた。日本のオタク文化が海外のハイステータス層からも高く評価されているという描写だ。
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