マニア、サブカル、ポップカルチャー、そしてオタク
ここまで「マニア」「サブカル」「ポップカルチャー(大衆文化)」について厳密な定義を避けてきたのは、それぞれについて一意の決定的な定義がなく、かつ三者がベン図上で互いに重なり合っているからだ。
そして、この「マニア」「サブカル」「ポップカルチャー」のいずれともベン図上で重なり合い、かつひとつの文化体系として1990年代以降に一大勢力として急成長したのが「オタク文化」だ。
80年代半ばに端を発する「オタク」とは、ポップカルチャーの中でもアニメ、ゲーム、漫画、アイドルといったジャンルを愛好し、それらの知識に長けた人たちの総称である。呼称自体は80年代半ばから存在するが、浸透したのは80年代末で、以降長きにわたり「内向的」「コミュニケーションが苦手」「もてない」といったバッドイメージがついて回ったことで嫌われ、避けられ、あるいは嘲笑されることも多かったが、2010年代以降はイメージが変容していった。
2010年代以降は、ある趣味ジャンルについて「普通より少し好き」程度でも「○○オタク」を自称する若者が増えた。若者論の研究者であるマーケティング・アナリスト原田曜平による『新・オタク経済——3兆円市場の地殻大変動』(朝日新書)には、2015年時点で自分をオタクだと言いたがる若者が増えている理由として、「彼らが『オタク』というパーソナリティ属性を、自分を特徴付けるもの(キャラ)として利用し、対人コミュニケーションツールにしているから」との記述がある。同書では新世代のオタクを「エセオタク」「リア充オタク」として、従来型のオタクと区別した。
このように、時代変遷も込みでオタクの定義を考察し始めると本が1冊書ける。もっと言えば「おたく」「オタク」「ヲタク」といった表記上の違いについても、さまざまな主張があるが、ここでは割愛する。
結論から言えば、『こち亀』連載を通して、「(男性)オタク」ほど扱いが180度変わったモチーフはなかった。100%の嫌悪感が、いつの間にか当事者自虐ネタとして面白おかしくおちょくる態度へと変容し、やがてオタクのダイナミズムを肯定的に捉えつつビジネスとしての確立を見守るスタンスを取り、最終的には最上位の文化的存在として誇り、礼賛のスタンスを取るに至ったのだ。
このような『こち亀』内でのオタクの扱いの変化は、日本社会におけるオタクのそれとまったく同じである。すなわち、「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」(88〜89年)の犯人・宮崎勤に象徴される反社会的存在のイメージから、メディアによるいじめレベルのいじりにシフト、クールジャパン気運の後押しによってインバウンドとアカデミズムへの接続を経由し、オタクイメージのカジュアル化&唯一無二の日本文化として誇るべき存在へ──。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。