オモチャ歴30数年」の両津は、文化系少年の星となった!

『こち亀』=サブカルチャーを語る漫画、と思っている人も多い。それだけ『こち亀』はあらゆるサブカルをどっぷりと紹介してきた。しかし、単に紹介するだけにあらず。40年の連載を紐解けば、日本社会の「サブカル」「オタク」文化の地位の変遷が見えてくる。両さんはサブカル男子のスターだった? 絶賛発売中の「『こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く」(稲田豊史)から特別集中連載(毎週水・土曜日更新)。

マニアックであることはかっこいい

 少なくとも、小中学生がインターネットに触れるようになる前の『こち亀』は、その当時の小中学生たちにとって「サブカル教養書」だった、と言い切れるのではないか。それが意味するのは、その時々の読者である小中学生が、普段の生活では触れることのない大人向けホビーや大衆文化(ポップカルチャー)についてのアウトライン・うんちく・用例を、『こち亀』によって疑似体験することで、教養として血肉化したということに他ならない。

「普段の生活では触れることができない」とはどういう状態なのか。ひとつは、小中学生の財力や行動力では踏み入れられない領域にあるということ。もうひとつは、小中学生がリアルタイムで体験していない時代に存在したということ。その2点である。『こち亀』に登場したものだと、たとえば以下のようなジャンルが該当する。


車(フェラーリ、ポルシェなど特定車種、欧州車、アメ車、国産車、マニアックな旧車、クラシックカーなど)、バイク、プラモデル、帆船模型、レトロ玩具、GIジョー(ほかアクションドール)、バービー人形、リカちゃん人形、超合金、銃(本物、モデルガン)、ミリタリー(兵器、戦闘機、戦車、戦艦など)、サバイバルゲーム、鉄道模型、ラジコン(車、ヘリなど)、カメラ(名器、レンズなど)


 これらのジャンルは、小中学生であっても書物や口伝を用いればカバーできなくはない(それが学問の役割のひとつでもある)。しかしこれらの成り立ち、体系的知識、市場性、ホットトピックなどを学校が教えることはない。それらについて書かれた書物もあるにはあるが、基本的に小中学生が読むことを前提とした難易度では書かれていない。これらを趣味とする親や親戚、近所の兄ちゃんがマンツーマンで教えない限り、口伝も難しいだろう。

 そこに来て『こち亀』は、小中学生に興味があるかないかなど構うことなく、流行とは無縁のサブカルを作品内に持ち込み、両津が愛好している・首を突っ込むという体で好き勝手に、楽しそうに遊ばせた。うんちくに加え、「こうやって楽しむのだ」という用例まで示したのである。

 かくして『こち亀』は、「何かにマニアックであることはかっこいい」という価値観を小中学生たちに植え付けた。

 その意味で、『こち亀』は子供たちにとって紛れもない「教養」だった。インターネットのない時代、自分が踏み入れることのない、自分が生まれる前のカルチャーについてここまで広範に「知識」と「用例」を教えてくれたメディアは、他になかったろう。

 両津が子供への忖度など一切することなく、子供の興味など構うことなく、手加減なしで己のマニア道を極めるのはすなわち、「子供にも一流を体験させる」ことと同義。年端もいかない小学生を美術館やコンサートに連れて行き、大人向けの映画につき合わせ、食通御用達の店で大人と同じものを食べさせる。それと同じことを、『こち亀』は40年間にわたり行っていたのである。

「文化資本」としての『こち亀』

 音楽にせよ料理にせよ芝居や映画にせよ、幼いうちから「本物」を豊富に体験させた子供は、それが血肉となり、無形の資本として己に根付く。これは社会学で言うところの「文化資本」だが、子供たちにとってのいわば「文化教養リテラシー植え付け装置」として機能した『こち亀』は、作品それ自体が文化資本だったと言えるのではないか。

 ただし、文化資本というからには、資本として(交換)価値がなければならない。平たく言えば、その子供が大人になってから「生きる上での利益」になっていなければ、文化資本とは言えない。

『こち亀』の読書体験による利益はおそらく、1980年代に小中学生だった団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアがもっとも享受した。その利益とは「文化系の市民権と誇り」である。

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こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く

稲田豊史

昭和~平成にかけて「週刊少年ジャンプ」で読まれ続けてきた『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。連載40年、全200巻という偉業を果たした国民的漫画は、大衆社会を活写し続けたまさに「浮世絵」です。「こち亀と日本社会の40年」を紐解いた『『こ...もっと読む

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