江戸っ子の両さんにとって、変貌してゆく東京とは?

『こち亀』お得意の“土地ネタ”から、前々回前回に続く第3回は「変貌する東京」について。「江戸っ子」であることに誇りを持つ両津にとって、地元愛の対象は「下町」に限らない。再開発などで変化していく東京を、両津はどのように眺めていたのか。そこには時代とともに意識の変化も? 9月12日発売の「『こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く」(稲田豊史)から特別集中連載(毎週水・土曜日更新)。

23区同士の序列

『こち亀』が最終的に「田舎」に対する態度として行き着いたのが、07年33号「都会に暮らすの巻」(159巻)だ。当時は2004年頃から先端層で人気を得たロハストレンドや、それ以前からあったスローライフの潮流が、大衆化・コモディティ化を経て行き着いた先として、「田舎暮らし」がもてはやされていた時期である。

 その一方で、都心志向の富裕層が都心4区(千代田区・中央区・港区・渋谷区)のタワーマンションに住む価値観もまた、住宅情報誌「都心に住む」(2001年創刊)を中心として根強くあった。その価値観の醸成には、2005 〜6年頃にヒルズ族がもてはやされたことも大きく影響しているはずだ。

 このような00年代中盤における2つの住まい志向を背景にした本エピソードでは、中川が「都心に住む」を模した「都会で暮らす」という雑誌を手にして、「都会」が都心4区だけであると定義し、東京都民ながら「その他の区」に住んでいる両津や本田を動揺させる。両津は実家が台東区浅草、警察独身寮が葛飾区亀有。本田は実家が荒川区南千住、当時は足立区北千住に一人暮らししていた。

 そんななか、両津が『こち亀』の今までの主張を一気に無化させるような爆弾級の質問を中川に投げる。


両津「『田舎』はいったい何県なんだよ!!!!」


焦った中川はこう答える。


中川「具体的に言えません〜〜〜〜」


 07年時点での世の中のポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)感覚に合わせれば、この返答が限界だったのだろう。東北地方や北関東を県名入りで小バカにしていた時代は遠い彼方 。「ポリコレ」という言葉はまだ日本に流通していなかったが、最低限のモラルとして配慮すべきという空気にはなっていた。

 ちなみに中川はその直前、「千葉は田舎だよな」という両津の問いに対して「い、いえ! 首都圏です! 関東1都7県は首都圏!」と苦し紛れに答えている。今までさんざん「東京以外の関東」をバカにしてきた『こち亀』の過去を知っているオールド読者に対する、実にハイコンテクストなギャグではないか。この都心4区への言及は、東京vs東京以外ではなく、東京都内、しかも23 区内での序列を(現実に即して)直接的に示したものだった。

 このような例は他のエピソードにもわずかだが見られる。78年40号「お巡りさんコールの巻」(11巻)では、窃盗を働いて補導された少年に対して両津が「この年で窃盗するなんてのは、よほど家庭的にめぐまれてないんだ……」と決めつけ、少年に「ボウズ、どこにすんでんだ。上野か? 南千住か?」と問う(その2ヶ所には“めぐまれない家庭”が多く存在することが示唆されている)。が、少年の住まいは豪邸が並ぶ大田区田園調布。むしろ恵まれた家庭だった。

 84年37号「東京の熱い一日の巻」(41巻)では冒頭コマで、新宿→銀座→渋谷と街のショットが続いた後、「東京でひと山あてて豪邸を建てた人が多く住むS区」というコマが描かれる。S区とはもちろん世田谷区のことだ。

 また、84年50号「カタカナ人の巻」(42巻)ほかで登場する麗子のマンションは渋谷区広尾。金持ちのお嬢様スペックがもろに現れた立地である。

 なお81年53号「新雪之城変化!?の巻」(28巻)の欄外脚注には、「新宿はホストクラブばかりでなく、多種多様な歓楽街がある。作者が東京で一番きらいな地区」と書かれていた。「葛飾区亀有出身の秋本が嫌悪する大繁華街・新宿」、さもありなん。

東京の再開発にリアルタイムで立ち会う

 東京の住宅事情を少年向けの漫画形式で漏れなく捕捉したという意味において、『こち亀』が果たした役割は大きい。


  • 「東京の土地は高い」を読者に知らしめた
  • 庶民が低予算で都内にまともな戸建てを手に入れることの無理ゲー感を強調し、東京のシビアな不動産事情を伝えた
  • 型破りな両津とは対象的な堅実派である大原部長や寺井をマイホーム主義者に設定し、「マイホームに固執するかっこ悪さ」を執拗に語り続けた
  • 「田舎はダサい」ことと「田舎はダサいと指摘するのはイケている」ことに説得力をもたせた
  • 東京都内の区や街の序列を、「週刊少年ジャンプ」のメディア力を通じて全国的・全世代的に啓蒙した

 とはいえ、『こち亀』は単に東京の住宅事情にいっちょかみしてかき回し、茶化して笑っていただけではない。平成期の再開発で劇的に変化する東京を、温かい目で見据えてきた側面もある。

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こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く

稲田豊史

昭和~平成にかけて「週刊少年ジャンプ」で読まれ続けてきた『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。連載40年、全200巻という偉業を果たした国民的漫画は、大衆社会を活写し続けたまさに「浮世絵」です。「こち亀と日本社会の40年」を紐解いた『『こ...もっと読む

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