東京はてめえみてえな××がくる所じゃねえ」止まらない田舎ディス

「土地」「地価/不動産」「田舎/都市」といった“ネタ”は『こち亀』のいわば十八番。前回に続き、あまりに生々しく活写されてきた「土地事情」について紹介。第2回は「田舎者ディス」について。差別意識丸出しの江戸っ子・両津による「田舎いじり」は、留まることを知らない! 9月12日発売の「『こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く」(稲田豊史)から特別集中連載(毎週水・土曜日更新)。

マイホーム主義者をコケにする両津

 寺井の不動産行脚を通じて描かれたのは、前回述べた通り、東京の土地がバカ高いということ、東京でマイホームを持つことの無理ゲー感、それに執着する“憐れさと惨めさ”──である。『こち亀』ははっきりと、「庶民がマイホームに夢を抱くことや、無理をして買うことはかっこ悪い」と言っている。

 両津からすれば、不便な通勤という圧倒的不快と引き換えに「一国一城の主」という申し訳程度の安泰をどうしても手に入れたいという執着は、まったくもって粋ではない。あるいは、「宵越しの銭は持たない」を信条とする江戸っ子的な刹那主義、その日暮らしの態度にも反する。

 いずれにせよ、寺井や部長のマイホーム志向は、極めて野暮で無粋な生き方の象徴として描かれていた。

 78年3・4号「警察ガルタの巻」(8巻)では、両津が部長のマイホーム(当時は千葉県市川市)について「いちおう“いっこだて”だけどね…」「マイホーム主義の典型でな…」と、はなからバカにした態度を取っている。

 79年15号「おおティータイムの巻」( 14巻)における両津の部長宅評はさらに辛辣を極め、行きの車中ですでに「なにしろえらい田舎だからな! とても人間の住めるとこじゃないとこに家がたってる…」「しかし家についても笑ってはいかんぞ! かれも精いっぱいがんばっているのだからな」と中川と麗子に言う。到着すると開口一番、こうまくしたてる。


「これがかれの半生にわたる努力と汗の結晶でできたマイホームだ! マイホーム主義者独特のムードが家にでてるだろ」
「あの小さなベランダに注目しなさい。あれがマイホーム主義のシンボルだ。かならずあれをつける」
「そして部屋をけずってでも庭をつくり庭園灯をおく。これもマイホーム主義者に多くみられる特徴である」
「この玄関も、見栄をはってりっぱなドアにしたのもマイホーム主義者の…」


 おちょくりが止まらない。しかも、いちいちその通りだ。当時の小中学生男子に「マイホーム主義者」がいかに嘲笑の対象となりうるかを示した回だ。

 83年42 号「スカイ・バンク強奪事件の巻」(37巻)では、テンプレ的に描かれた“ど田舎”にマイホームを新築した「課長」と呼ばれている男性が、会社の部下らしき来訪者にマイホームを自慢している。が、ラストは両津によって墜落させられたヘリコプターがマイホームを直撃し、無残にも破壊されるのだ。

 “ど田舎”に20年越しで建てた、それほど豪邸でもない小ぶりのマイホームを部下にさんざん自慢する「課長」のいじらしさ。墜落してくるヘリに対して──部下や妻子は逃げ出しているのに──体を張ってマイホームを守ろうとする「課長」の憐れみ漂う姿は、ギャグとして回収するための装置であることを差し引いても、あまりにも現実のマイホーム主義者をコケにしすぎてはいないか。

千葉の五香、ローン8万8000円

 現実的に、一般大衆は“ど田舎”にしかマイホームを持てない。その現実は何度も何度も、繰り返し繰り返し、粘着的に作中でリフレインされる。

 80年13号「部下一同よりの巻」(19巻)では、両津が部長の家に行く途中のコマに首長竜や翼竜が描かれている。時空を超えた秘境感を悪意たっぷりに描き、せせら笑っていたわけだ。

 83年46号「病は気から!?の巻」(37巻)でも、首長竜のシルエットが描かれているほか、切り拓かれた分譲地に差しかかると、車中の両津は「似たような家ばかりでどこがどこだかサッパリわからん。ニュータウンってのはまるでNゲージのストラクチャーのようだな」と、鉄道模型のジオラマ部分に使う、無個性でコピペ的に並べられる住宅模型にたとえて侮辱した。

 84年11号「部長邸お茶会事件の巻」(39巻)でも、部長宅に行く途中で“けん竜(見たところステゴサウルス)”が寝ている。「もはやジープでないとだめです」(中川)、「今にネアンデルタール人かなんかが出てきて頭の皮でもはがされるぞ」(両津)と、悪ノリが止まらない。

 84年21号「寄宿生活!?の巻」(40巻)での部長宅の最寄り駅は「南京豆神社前」だが、未舗装路をボンネットバスが走っている。両津は「通勤時間2時間30分か…えらいところにきたものだ」とつぶやく。

 94年25号「災いは忘れた頃に…の巻」(89巻)では多少描写が和らぐが、部長の自宅近くのバス停名は「田舎ヶ原」であり、見えているバスはまたもボンネットバスだ。

 98年47号「部長大ブレイク!?の巻」(112巻)では両津が部長の家を「千葉の秘境と呼ばれる時空ヶ原」と説明。07年43号「私のケータイライフの巻」(160巻)では、「千葉の秘境」(中川)である部長の自宅最寄り駅でもようやくパスモが使えるようになったという話題で、私鉄「さいはて駅」から出る巡回バス(さいはてバス)のバス停名が、「無限地獄」「時空が丘」「ENDLESS」「冥王星」だった。地名で謗(そし)っているのだ。

 なお、ボンネットバスは「私のケータイライフの巻」時点(07年)の作中でも走っているが、日本におけるボンネットバスの定期運用は1984年で終了している。このエピソードが描かれた23 年も前に消滅している事実は付記しておきたい。

 このような「マイホーム謗り」は88年23号「さわやか五月晴れの巻」(60巻)における両津の態度に、もっともストレートに現れていた。同編は、部長の娘・ひろみ一家が二人目の懐妊を機に千葉に家を買ったため、両津たちが引っ越しを手伝うエピソードだ。

 新居の所在地は千葉県松戸市の五香。実在の地名を出すあたり、架空の場所でいじっていた寺井や部長のケースとは違ったリアリティが感じられる。なお、新京成線の五香駅から東京駅までは、松戸駅でJRに乗り換えて約50分。作中の部長のセリフによると、月々のローンは8万8000円。このあたりの数字も実に現実味がある。

 両津は「英夫(ひろみの夫)はまだ30歳くらいだしマイホームに執着するタイプじゃない」「部長が行くたびに住宅雑誌を見せて洗脳した」と英夫に同情する。そして、部長の薦めでマイホームを購入した寺井がローンでがんじがらめであること、英夫がもし転勤になったら単身赴任でひろみと離ればなれになり、部長のせいでとんでもない人生になるなどと、実に3ページにもわたって怒涛のマイホーム主義者バッシングを繰り広げた。

 とはいえ、両津の言うことはもっともだ。口は悪いが筋は通っている。莫大なローンにがんじがらめになりながら、それでもこんな田舎にしか住めない大衆は、その理不尽をなかなか口に出して言えない。多くの者はその現実に黙って屈さねばならないし、周囲にもそういう人間がわんさかいるからだ。我々みなが両津のように根無し草で自由に生きられるわけではない。

 親や家族のしがらみ、社会からの同調圧力。それに屈せずしては生きられない者を責めることなど、誰にできようか。ゆえに現実社会において多くの場合、大衆はマイホーム主義者に対する嘲笑的な感情を表に出さない。浮世を生きる我々には、いくら心の底ではバカバカしいと思っていたとしても、「出したくても出せない感情」がある。

 両津はそんな大衆の感情を、空気を読まずに代弁する男だ。だからこそ両津の生き方と言動は、いつの時代にも大衆に支持された。「俺たちにできないことを、両津は軽々とやってのける」からだ。

 浮世の本音を絵で表現する。やはり『こち亀』は当代きっての浮世絵なのだ。

田舎者をバカにする江戸っ子

『こち亀』のマイホーム謗りを構成する「田舎」とは「故郷」の意味ではなく、「都会から離れた土地、住んでいる人間が少なく、建築物がまばらで、辺鄙な地域」の意味だ。作者も両津も東京生まれ、東京育ちの『こち亀』からしてみれば、「文化的に遅れた地域」というニュアンスも含まれよう。

『こち亀』の田舎嘲笑アティテュードは、第1話(正確には読み切り掲載)である1976年29号「始末書の両さんの巻」(1巻)で、いきなり全開だ。派出所に道を尋ねに来た、いかにも「東北の田舎から出てきたいなかっぺ風のおやじ」に対し、競馬で負けて気が立っている両津はこう言う。


「東京はてめえみてえな百姓がくる所じゃねえ。さっさと帰りやがれ!」
「新潟で米でも作ってろ!」


「百姓」はもともと農業従事者のことを指す言葉だが、田舎者・垢抜けない人間の蔑称でもある。いわゆる放送禁止用語だ。なお、これらのセリフは「週刊少年ジャンプ」2016年42号に掲載された復刻版では改変されている。

 76年50号「敵もさるもの!!の巻」(2巻)では、江戸川を挟んだ手前・葛飾区側が、車が走る一般的な街として描かれているのに対し、反対側・千葉県側は背景に山、トラクターや三輪自動車が悪意たっぷりに、わざわざ比較しやすいよう左右対称構図で描かれていた。同編には千葉の松戸警察署員も登場するが、署員の身なりは古めかしく、派出所の前を牛が歩いており、語尾は「だべ」「わかりまスた」。一応、オチでは彼らが両津たちを騙し、わざと「文明遅れ」を演じていたことが判明するが、全体的に醸された田舎者感までは否定されない。

 78年11号「冬の旅…の巻」(8巻)では、岩手に赴いた両津が地元のローカル線(盛岡〜宮古間を走るJR〈当時は国鉄〉山田線)車内の老婆に「宮古なら盛岡からたった2時間だからなあ」と言われ、痛烈な捨てゼリフを吐く。


「あんたらにゃたった2時間だけでも…東京の人間にゃ2時間ってのは気のとおくなる時間なんだよ」


架空の地名で東京以外の関東をコケにする

 しかし直接的に現実の地名をバカにするのは、連載最初期だけだ。当初千葉県市川市と特定されていた部長の自宅が、後に「恐竜のいる土地」に変更されてフィクション度が上がったり、「田舎ヶ原」「時空ヶ原」といった架空の地名になったのと同様、田舎(者)描写からも現実の地名が外されていく。“配慮”というやつだ。

 78年29 号「適材適署!?の巻」(10巻)では、両津が転勤で「東京都山奥村字山越大字山の果て島流し警察署」勤務を命じられるが、この地名はもちろん架空。そこへの行き方は車掌がこう説明した。


「立川で青梅線にのりかえて、奥多摩でまた山奥線にのって終点でおりる。そこでロープウェイにのって、山をこえてさらにバスで5時間ぐらい。つぎに徒歩で4時間ってとこかな……」


 奥多摩までは実在の地名だという点に、“配慮”が徹底するまでの過渡期であることがうかがえる。

 83年25号「東京留学!?の巻」(35巻)では、両津が「度井仲県度井仲村大字度井仲署」から来た研修警察官・芋頭(いもがしら)巡査の指導にあたる。度井仲県とは、「千葉と埼玉の間にある県だ。去年発見され、今年から県として認可された新しい県だ」と部長。要は地名を直接は出さないでおきながら、千葉と埼玉をまとめてコケにしている。この回の“田舎者”描写はとりわけファンタジー度が高く、芋頭巡査は旧日本軍の歩兵スタイル、言動や文化リテラシーは完全に戦時中、村は戦時中どころか、村民がちょんまげを結った農民だった。

 84年19号「桃太郎ポリスの巻」(39巻)では、両津が山奥の「さいはて署」に飛ばされサバイバルライフを余儀なくされるが、こちらは「適材適署!?の巻」のような行き方のヒントがない。実在度が格段に下がっている。

 86年33号「撃滅!!現代の化石の巻」(51巻)では、時代遅れの暴走族「御祖魔Ⅱ(おそまつ)」の本拠地が「千原木県神奈玉市(千葉+茨城+神奈川+埼玉のもじり)」と明示され、そのコマには田んぼ、耕運機、カカシ、山などが描かれた。

 同エピソードは「御祖魔Ⅱ」がいかにダサいかを嗤う回であり、その象徴が「千葉+茨城+神奈川+埼玉」であった。すなわちこの回では、東京近郊県を東京との対比によって小バカにしているのだ。なお、竹槍出っ歯の族車で東京に迷い込んでしまった御祖魔Ⅱが、狭く混雑した東京の道で疲弊してしまう描写は、かなり毒性の強い田舎者いじりである。

 時代が下って97年43号「郷愁の螢小夜曲の巻」(107巻)では、両津の天敵である婦警・早乙女リカの実家(場所は明言されないが、本州内陸部の里山のように見える)に両津が赴くが、ここでの田舎いじりはかなりリアルだ。一般的な都会人の抱く、納得度の高い「田舎あるある」が両津から指摘される。


「最強の着信のポケベルさえもエリア外だぞ、ここは!」
「都会の『すぐ』は2分以内だぞ! 田舎の『すぐ』は20分だったりするだろ」
「田舎の地主ってどうしてフロ屋みたいな家を建てるんだ?」
「どうして田舎の人は早く寝るんだ?」


 とはいえ本エピソードは両津たちが蛍狩りや夏祭りを純粋に楽しんだりもしており、全体的な読後感としては、本気で田舎をバカにしてはいない。本エピソードが描かれた1997年といえば、『こち亀』のTVアニメがスタートして2年目。作品の全国的知名度が上がり、ファミリー作品としての認知も高まりつつあった頃である。毎週日曜日夜7時にお茶の間で見られる安心アニメとして毒気が抜かれつつあった時期でもあるだけに、原作から直接的な田舎いじりが消えて「お行儀が良くなった」のは、必然だったのかもしれない。


*本連載は、稲田豊史・著『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス刊行予定)を基にcakes用に再編集したものです。

ついに発売! 全国書店、各オンライン書店にて

この連載について

初回を読む
こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く

稲田豊史

昭和~平成にかけて「週刊少年ジャンプ」で読まれ続けてきた『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。連載40年、全200巻という偉業を果たした国民的漫画は、大衆社会を活写し続けたまさに「浮世絵」です。「こち亀と日本社会の40年」を紐解いた『『こ...もっと読む

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