江藤さんはこの国にとって貴重な方ですから」|八面六臂(十三)1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

十三


 その夜、横浜のホテルに泊まった二人は大いに飲み、語り合った。それは子供の頃の思い出から、政局のことまで多岐にわたった。

 横浜港に停泊する船は深夜でも煌々と灯りを点けているので、カーテンを開けていると、その光だけで室内は明るい。

 すでに午前三時は回っているはずだ。二人は先ほどまでの饒舌が嘘のように、沈黙が多くなっていた。疲れというより、あらゆることを語り尽くし、もう話題がないのだ。

「さて、寝ますか」

 それまで椅子に座っていた大隈がベッドに移る。すでにベッドに横たわっていた江藤は、煙草をもみ消すと言った。

「先ほどから考えていたのだがな」

 そこまで言って江藤が一拍置いたので、大隈の方から尋ねた。

「何を考えていたんですか」

「そなたのことだ」

「私のこと、ですか」

「そうだ。それでやっと決心がついた」

 江藤が大きく息を吸うと言った。

「そなたは来るな」

 大隈は愕然としてベッドから起き上がった。

「今更どういうことですか!」

「どうも、この騒ぎは一筋縄では収まらん気がするのだ」

「だから二人で行くんじゃありませんか」

「いや、そこは軍略だ」

「軍略、ですか—」

 江藤はベッドから起き上がると、椅子に座り直し、再び煙草に火を点けた。

「佐賀の火の手を鎮火させるには、頭数は多い方がよい。だが此度は、騒いでいる首魁数人を抑えれば、それで大半は大人しくなる。それゆえ、まずわしが行く」

「戦国時代で言えば、先手ということですね」

「そうだ。先手として、まずわしが行く。万が一、わしが殺されたら、そなたが二の手として行け」

「それこそ戦力の逐次投入じゃありませんか」

「いや、違う。相手は烏合の衆だ。指導者を説諭すれば収まる話だ」

「どうやって説諭するのですか」

「問題はそこよ」

 江藤が紫煙を吐く。港のほのかな灯りに照らされ、それが部屋の中を漂っていく。

 それを見つめながら江藤が続ける。

「先ほど申したように、『ふうけもん』どもが自由民権運動に共鳴し、わしと一緒に上京するかどうかが鍵となる」

「奴らは、運動に興味を示さないかもしれませんよ。困窮する生活の怒りの捌け口として、征韓論を唱えているだけです。私が思うに—」

 大隈が力説する。

「征韓論を政府に陳情しようと言って指導者を船に乗せてしまい、実際に政府に陳情書を提出する。おそらく大久保さんたちは無視するでしょう。しかし政府の返事を待つ間、彼らの目標を自由民権運動にすり替えてしまうのです」

 大隈には勝算があった。

「しかしさようなことをすれば、奴らがだまされたと気づいた時、斬られるぞ」

「佐賀を灰にされるよりはましでしょう」

「尤もだ」

 二人が声を合わせて笑う。

 それが収まると、大隈が問うた。

「江藤さんは征韓論をどう思いますか」

「当初、わしは関心などなかった。だが今は多少違う」

「どう違うのです」

「不平士族の捌け口は征韓論か自由民権運動しかない。自由民権運動が盛り上がらないのなら、征韓もやむなしではないか」

「でも戦争は高くつきます。しかも朝鮮半島を防衛するとなると、占領した後も湯水のごとく金が出ていきます。征韓論は金勘定ができない者が唱えている暴論です」

 江藤が苦い顔で言う。

「わしもそう思う。だが自由民権運動がいまだ盛り上がっていない今、不平士族の怒りの持っていき場は征韓論しかないのだ」

「確かに、不平士族をなだめるには征韓論はもってこいでしょう。でも江藤さんが一人で佐賀に戻れば、神輿の上に担ぎ上げられますぞ」

「そなたがいれば、そうはならないと申すか」

「はい」

 大隈が自信を持って答える。

「わしは絶対に神輿などに乗らん」

「神輿に乗らなければ殺されるかもしれませんよ」

「もとより覚悟の上だ」

「やはり私も行きます」

「大隈!」

 江藤が強い口調で言う。

「そなたは二の手だ。これから先どうなるかは分からん。二人で殺されるなら一人の方がよい」

 江藤の言葉が重くのしかかる。

 —江藤さんは死ぬつもりなのか。

 しばらくして大隈が言った。

「分かりました。此度だけは江藤さんのわがままを通します」

「次は通さんのだな」

 江藤が笑う。

「通しませんよ。江藤さんはこの国にとって貴重な方ですから」

「ありがとう。だがいつかはわしも死ぬ。大切なのは、いかに死を生かすかだ」

 —死を生かす、か。いい言葉だ。

 つまり同じ死ぬにしても、死ぬことに意義が見出せるのなら、死んでもよいというのだ。

「江藤さん、殺気立っている者たちの中に飛び込めば、死を生かすも何もなくなる」

「分かっている。だが誰かが死地に飛び込まねば、佐賀は焼け野原にされる」

 江藤は暗がりにいるので、その顔つきまでは分からない。だが覚悟を決めて帰郷することだけは間違いない。

 江藤が神妙な声音で言った。

「一つだけ言い置いておく」

「何でしょう」

「万が一、わしが神輿に乗せられて罪人となっても、一切わしの助命嘆願などするな」

「えっ、どういうことですか」

 —江藤さんは神輿に乗るつもりなのか。

 大隈は愕然とした。

「まさか、江藤さん—」

「万が一の話だ。その時、下手に関与を勘繰られると、そなたが失脚させられる。大久保とはそういう男だ」

「でも江藤さん、神輿に乗ったらおしまいですよ」

「分かっている。わしが下手を打たんのは知っているだろう」

「でもいったん行ってしまえば、何があるか分かりません」

 大隈には江藤が危うく見えて仕方がない。

「もう何も言うな。そなたは政府の人間だ。わしのような下野した人間が斃れても、佐賀の若者たちに出世の門戸を閉ざすことにはならないが、そなたの場合は別だ。そなたは、これからの佐賀のために力を尽くしてくれ」

「江藤さん—」

 その後の言葉が続かない。下野した江藤と下野しなかった大隈の間には、大きな隔たりがあっていたのだ。

「大隈、ありがとう」

「こちらこそ、なにくれとなくご指導いただき、お礼の申し上げようもありません」

「明日は早い。もう寝るぞ」

 江藤が蒲団をかぶった。

 その蒲団のふくらみが、やけに小さく見える。年と共に小太りになってきている江藤だが、小柄なので、蒲団をかぶると小さくなってしまう。

 —江藤さん、無理をするな。

 大隈に掛けられる言葉は、それしかなかった。


 翌朝、二人は連れだって船が出る横浜港の桟橋まで行った。

 桟橋には江藤の弟子で、一緒に佐賀に行く山中一郎と香月経五郎が来ていた。彼らは朝一の汽車でやってきたという。

 大隈は桟橋で三人と握手して別れた。船に乗った江藤は、最後尾のデッキに出て、いつまでも大隈を見ていた。その瞳には「後事は託した」と書かれていた。

 やがて船は水平線の彼方に消えていった。それを見届けた大隈は、それまでどうしても言えなかった言葉を呟いた。

「さようなら」

 江藤がこの先どうなるかは分からない。だが少なくとも大隈には、江藤が政府に戻ることはないように思えた。

<次回は10月20日(火)更新です>

コルク

この連載について

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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