女装をしてママ友たちとご飯を食べに行く
hooomeさんによる写真ACからの写真
——がくちゃん、今度女装してきてや。
初めて子どもたちの前で女装をしたのは、近所のママ友りっちゃんのひと言がきっかけだった。
ちょうど、公園で遊んでいる子どもたちを見ながらお喋りしていたときのこと。
その日は、みんなでご飯を食べに行く計画を立てていた。
——いいやん! 私も見たいわ。してきてやー。
一緒にいたママ友のあかりちゃんも、乗ってくる。
ふたりには、知りあった最初の頃から「たまに女装するねん」と話していたのだが、興味津々だった。
全く抵抗なく受け容れてくれているだけでなく、一緒に楽しいことをしたいという屈託のない気持ちが伝わって嬉しかった。
ご飯を食べに行くメンバーは、いつも近所で遊んでいる子どもたちやママ友たち。
特に仲良くしているのはそのなかの5家族で、子どもたちはしょっちゅう互いの家を行き来している。
大人たちは学校や保育園の情報を共有したり、子育ての悩みを相談しあったり、たわいのない話で盛りあがったりする関係だ。
日常的に親しくしてもらっているだけでなく、新型コロナウィルスの感染が拡大するまでは、月イチのペースで集まって遊んでいた。
お花見、BBQ、プール、スイカ割り、クリスマスパーティ、たこ焼きパーティ、豚汁パーティ、イチゴ狩り……季節に合わせて、子どもたちが喜びそうなイベントを考えるのも楽しかった。
全員集合すると大人11人、子ども13人という、ちょっとすごい人数になる。
何人かで日程を決めてLINEグループで提案し、集まれるメンバーだけ集まり、役割分担も適当にやっていたが、揉めたことは1度もない。
町内会や保育園の役員どうしが揉めている話はよく聞くが、私たちは何かをきっちり決めたことがなく、お互い子どもたちや相手のことを思って自然に動いているうちにまとまるので、揉めることがないのだろう。
育児に対する感覚が近いのも、その理由のひとつに思える。
大らかなのか大雑把なのか、目先のことに一喜一憂せず、遠くを見据えて子どもの成長を楽しみに見守っている、そんな姿勢が似ているのだ。
子どものことで悩んだり困ったりしたときに、みんなに話すと気が軽くなって、気持ちに余裕ができたことが何度もある。
私もまた、みんなにとってそんな存在でいられたらいいなと思う。
季節ごとのイベントの他に、2ヶ月にいちどのペースで集まってご飯を食べに行っていた。
場所は近所の安い居酒屋で、週末の夕方に3時間ほどのコースを予約する。
私は毎回、予約係をしていた。
広い個室を借りて、大人と子どもとテーブルを分けて食べるのだが、すぐに大騒ぎになる。
ポテトフライや唐揚げが皿からこぼれ、誰がピザを切り分けるかで揉めている子がいたり、隣の個室に乱入して他の客に遊んでもらっている子がいたり。
もちろん注意はするのだが、1歳から9歳までの子どもたちが10人以上揃うと、手綱を取るのは至難のワザになる。
それでも店員さんたちはにこやかに接してくれていたし、手が空いたときには子どもたちの相手をしてくれたりもしていた。
他のお客さんたちも、子どもたちが近くに寄ると話をしたり遊んだりしてくれていた。
お店側のご厚意に甘えて、いつもその店を選んでいたので、私は今回も予約の電話を入れた。
シングルファーザーとしての第一歩
数か月ぶりに女装をすることになった私は、りっちゃんとあかりちゃんが受け容れてくれたことを嬉しく思うと同時に、子どもたちにその姿を見せてもいいのかな、という不安も少し抱いた。
不安を抱く筆者
女装姿の写真を見せたことは何度もある。
何も説明しなくても「これパパやんな」とすぐにわかるし、「かわいいね」と言ってくれたりもする。
だが、別れた元妻はそのことをとても嫌がっていた。
女装した私が同じ趣味を持つ人と浮気をするのではないかと疑ったり、女装趣味のことを原稿に書くと、近所の人に知られたら子どもがいじめられるのではないかと心配したりしていた。
元妻の父親から、「学くん、頼むから女装をやめてくれないか」と頭を下げられたこともある。
そうした考えはわからないこともなかった。
私とは価値観の違う人はたくさんいるだろうし、知らないところであることないこと言われるかもしれない。
また、子どもは正直なもので、変だとか気持ち悪いと思えばそれを娘たちに言うかもしれない(現に離婚した後にできた娘たちの友達は、「なんでお母さんおらへんの?」「なんで離婚したん?」などと、私や娘たちに躊躇なく聞いてくる。娘たちはあっけらかんと「ママは東京にいる」「ママとパパ喧嘩したから離婚した」と答えている)。
だとしても、それは女装に限らずあらゆる行いについて言えることで、「これをしたら世間にどう思われるだろう」と思いながら生きているのはもったいない。
そんな生き方をして後で後悔するよりは、やりたいことをやったほうが絶対にいい。
もし偏見で何かを言う人がいれば、その人が間違っているだけだ——私はむしろ、子どもたちにそう伝えたかった。
私の生き方から感じ取ってほしかった。
とはいえ、心のどこかで世間の目を少しは気にしていたのだろう。
それまで子どもの前で女装をしたことがなかったのは、それを恐れていたからかもしれない。
だとすれば、この機会にその恐れを克服したい。
そう思った。
ママ友たちに背中を押される形にはなったが、子どもの前で女装をして、近所の子どもたちやママ友たちと楽しく過ごせれば、私の伝えたいことが子どもたちに伝わるんじゃないか。
そうすることで私はようやく、シングルファーザーとして第一歩を踏みだせるんじゃないかと。
女装姿の私に、子どもたちはすぐに飽きた
「女装してきてや」とリクエストされたご飯会の当日、私は子どもたちを保育園に迎えに行き、家に帰ってから、子どもたちが遊んでいる横でおもむろに女装を始めた。
とりあえずパンツ一丁になってからブラトップをつける。
ワコールで買ったの4000円ほどのブラトップで、何も詰めていなくてもいいラインが出る。
服は白いワンピースを選んだ。
続いてウィッグ専用のネットを被る。
このあたりで子どもたちは気がつき、「パパ! どうしたん一体!」と爆笑し始めた。
目の前で変身しているところを見て驚いたのだろうが、それよりもワンピースを着て髪をネットでまとめている状態が斬新だったのだろう。
カエルになりかけのおたまじゃくしみたいなもので、中途半端感が満載だ。
——パパー、なんでワンピース着てんの?
——なんでおっぱいあるの?
などと子どもたちはまといついてくるが、時間も押していたので適当に返事をしながらメイクに取りかかった。
まずはシェーバーと剃刀で丁寧に髭を剃ってから、洗顔をする。
化粧下地とリキッドファンデーションを塗ると、鼻の下や口の周り、頬に真っ赤な口紅を塗っていく。
かなり濃く、ぐるぐると、カールのおじさんみたいになるまで塗ったところで、上からコンシーラーを重ねる。
コットンで押さえるようにして広げていくうちに、口紅とコンシーラーが混ざりあって髭の剃り跡の青みを消し、顔色に赤みが差してくる。
かなり効果はあるが、なかなか面倒くさい工程でもあるので、近いうちに脱毛器を買おうと思っている。
髭だけでなく全身脱毛もしてしまえば、急な女装にも対応しやすくなるからだ。
子どもたちは口紅を口の周りに塗りだしたあたりでまた爆笑していたが、そのうち飽きてどこかへ行ってしまった。
ウィッグを装着するときの万能感
気になるところにファンデーションを足してから、アイメイクに取りかかる。
アイシャドウは、最初は淡い色のものを選んでナチュラルな感じに仕上げていたが、それだと少し離れところから見ると女性っぽい感じがしないと友達から指摘されたことがある。
そう思って女装している人のインスタグラムをいくつも見てみると、たしかに濃い色のアイシャドウを塗っている人が多い。
おそらく近くに寄るといかにも女装してます、メイクばっちりです、というふうに見えるのだろうが、写真に写ったり、少し遠くから見られたりするときには女性らしいという印象を与えやすくなるのだろう。
そう気づいてからは、青系の濃い色のアイシャドウを厚めに塗るようにしている。
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