カネが欲しければ偉人の副業に学べ!

何の仕事をするかと同様にいつの時代も悩み多き「どう働くか」問題。自身も経済記者のかたわら『人生で大切なことは泥酔に学んだ』など執筆活動で活躍する栗下直也さんが、偉人たちがどうやって働いてきたかにスポットを当てます。時代や自分に合わせた「働き方」のヒントが詰まった偉人列伝!!!

下品なタイトルだが、酔っ払ってヤケクソになって書き始めたわけではない。もちろん、シラフでヤケクソにもなっていない。ハイボールが2缶目に突入したところなので、意識は高揚しているが、まだ、おかしなことを書いてるか否かくらいの判断がつく正気を保っている。

今回、5回目を数える本連載「偉人の働き方列伝」だが、実はこの連載、企画の段階というよりも始まる直前までのタイトルは「偉人の副業」であった。「タイトルがどうのこうの知ったこっちゃねーよ」と突っ込まれそうだし、どーでもよさげな話であるが、令和の時代に働く者にとって意外に重要な話なので続ける。

連載を始める前は、ネット記事と言えば「エロ、健康、カネ」、この三つが鉄板だろとオールドスタイルの書き手の私としては思っていた。とはいえ、悶々としながらも全くエロくない生活を思春期から送り続け、駅の階段を駆け上るどころか、普通に下るだけで、息が荒くなる不健康きわまりない体に、産声をあげてから40年目で仕上がりつつある身としては、エロも健康も偉そうに語れない。はて、どうしたものか。選択肢は一つしか残らない。そこは窓際に限りなく近づいているものの15年近く、形式的とはいえ経済について取材してきた身としは、「カネか」と落ち着いたのである。カネはもちろんないけど。

では、カネで何を書くか。時代は副業ブームである。政府は、腕が引きちぎれんばかりに旗を振りまくっている。副業が本業に生きる、視野が広がるなどいろいろ言われているが、結局は、食い扶持を確保するために、本業だけで生きていけないなら副業してください、そして、少子高齢化で人が足りなくなるから、産業界でも人的資源をうまく活用しましょうという話だ。企業はかつてのように、終身雇用と年功序列を維持できず、原則右肩上がりの給与体系を約束できない。そして、国もかつての水準の年金を約束できない。それにもかかわらず寿命は延びている。カネが全てではないが、生きる上ではカネはいる。ある程度、頭を使って勝手に備えてくださいということになったのが今の時代だ。つまり、副業時代をどう生きるかは多くの人にとっても目をそらすことのできない問題になりつつあるのである。

別に偉人に学ぶ必要はないのだが、世に「毎月●万円稼げる!副業術」的な記事はあふれている。そもそも、そんな術は知らない。もし、そうした術を知りたくて読み始めていたら、今すぐプラウザだかアプリを閉じて「日刊SPA!」を読んでください。なぜ偉人に学ぶかといえば、個人的に「偉人の人生を振り返る3分間のダイジェスト番組をつくったら外されるエピソード」を調べることを趣味にしているからに過ぎない。絶望的に根暗な趣味だが、当の本人は、「偉人の副業から学ぶとは我ながら素晴らしい企画ではないか」と、ひとり夜な夜な酒をのみながら今年の初冬にニヤニヤしていたのだ。だか、やはり酔っ払いの妄想は、時代が許さなかった。いや、別に時代に許して貰う必要はないのだが、ある出来事によって「副業云々」が場違い感ありまくりの状態になってしまった。新型コロナウイスルの感染拡大である。春先に花粉症でなくても誰もがマスクという異常事態。外出自粛で経済活動が停滞し、企業によっては休業や雇い止めも出て、「副業というよりも本業がままならないんですけど」という情勢になり、副業を声高に叫ぶことに、ひるんだのである。また、ひとり酒を飲みながら、日和ったのである。40歳、不惑を迎えたはずなのに、迷いに迷って白旗をあげたのだ。

ところが、やはり、酔っ払いの考えはどこまでも浅はかだったようだ。確かに、「どうすんだよ、これ」と嘆きっぱなしの人はいる一方で、開店休業状態の中、副業や復業で頑張っている人もいる。会社員でもテレワークになり、通勤時間や飲み会などが激減し時間ができたことで、不確実性が高いこれからを生きるために、動き出した人も多い。友達が少ない私ですら、周囲に将来に向けて、勉強したり、ボランティアしたりする者がいる。そんなわけで、なんだかしまったなー、「働き方列伝」とぼんやりしたタイトルにしてしまったなーというのがここにきての思いである。酔っ払いが酔っ払っているときに考えることは大抵ろくでもないのだが、それをまた酔っ払ったときに再考しても、もはや出口が見えなくなるだけである。そうした反省も含めて、酔っ払いとしては酔っ払う前に今回は書き始めたが、ハイボール3缶目に突入である。

そもそも、偉人って副業、復業してるのと思われるだろうが、以前紹介した、芥川龍之介は学校の先生が本業で二足のわらじを履いていたし、作家は売れるまで他の職業を持っている場合がほとんどだろう。

例えば、ミステリーの大御所の松本清張は40代になってから小説を書き始めた。『或る「小倉日記」伝』で芥川賞を受賞した後も、朝日新聞社の広告部に46歳まで籍を置いていた。司馬遼太郎も30代後半で直木賞を受けるが、受賞翌年までは産経新聞社に勤務していた。

変わり種では、「花と蛇」などで知られる団鬼六は中学の教員だった時代にSM小説を書き続けた。団の場合は、授業中に生徒に自習させて、自習する生徒を前に教壇の机で、半裸の女性を縛る描写や、なまめかしさを漂わせた台詞を書いてたというから、興味深い。団が偉人なのかどうかという問題はあるかもしれないが。

もちろん、作家だけではない。理論物理学者アルベルト・アインシュタインは1905年26歳で特殊相対性理論など画期的な論文を立て続けに発表した。当時、彼は大学など研究機関に所属していなかった。スイス特許庁に職を得て、審査官をしていた。物理学研究は、まだ余技に過ぎなかったのである。

アインシュタインは1903年に家庭をもうけ、1904年には長男も生まれていた。私生活でも大きな変化があった中、特許庁で毎日8時間働きながら、余暇を使って、1905年に20本以上の論文を書いた。職場の上司も彼の才能を見抜き、研究に時間を使えるよう協力していたというが、バイタリティーがすさまじい。1905年の論文の業績で1921年のノーベル物理学賞受賞を受賞している。

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この連載について

初回を読む
偉人たちの仕事列伝 どのように働くか?それが問題だ

栗下直也

何の仕事をするかと同様にいつの時代も悩み多き「どう働くか」問題。自身も経済記者のかたわら『人生で大切なことは泥酔に学んだ』など執筆活動で活躍する栗下直也さんが、偉人たちがどうやって働いてきたかにスポットを当てます。時代や自分に合わせた...もっと読む

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