虎の威を借る「権威論証」
反論しにくい空気を作る屁理屈のひとつに「権威論証」があります。「俺に言うな。部長がそういう方針なんだから」といった形で、部下からの疑問や意見に「上がそう言っている」というロジック(本当はロジックとは言えないのですが)で強引にねじふせる。そんなシチュエーションでよく見かける論法です。
この屁理屈、言うなれば「虎の威を借る狐」であることは明白です。自分なりのロジックで説得できない、だから「社長が言ってる」とか「池上彰さんが言ってた」といった権威ある誰かの主張を使って「そんな人が言っているのなら仕方ない」と相手を従わせるのが目的です。他人の褌で相撲を取る姑息な論法ですね。
さて、私がこの屁理屈をここで取り上げるのには理由があります。それは、この「権威論証」が、とても危険だからです。
東日本大震災とそれに伴う福島第一原発の事故のとき、ある大学教授が「福島産の農作物を勧めるのは殺人と同じだ」とTwitterでつぶやき、瞬く間にそれが拡散しました。ただし、その教授は放射線の専門家ではなく、そのつぶやき自体は科学的根拠に基づかない単なるデマレベルのものでした。しかし、多くの人が彼の「大学教授」という肩書にだまされ、その非科学的な主張をリツイート。その結果、ご存じの通り福島県の農業は甚大な風評被害を受けることになりました。
リツイートした人々に悪気はないのかもしれません。しかし、悪気がないからと言って、そうしたデマを拡散してしまったことは、批判されても仕方ありません。なんの根拠もなく、単に「大学の先生が言っている」という事実だけで「だから、彼の言っていることは正しい」と考え、それを唯一の根拠にして他者に伝えるのは、はっきり言って「無責任」です。
私は「悪気がなければデマを広げるのも許される」という考え方には、とうてい賛同することはできません。
「ウソをウソと見抜けない人間には(掲示板を使うのは)難しい」と語ったのは、掲示板サイト2chの創始者である西村博之氏ですが、これは今でも通用する格言だと思います。もちろん「ウソをウソと見抜く」ことは簡単ではありませんが、だからといって何の裏取りもせずに、単に「権威ある人が言っている」ということだけでその発言を鵜呑みにし、世間に広めようとするのは間違った行為です。
先に紹介した大学教授の専門は火山学であり、原発や放射線の専門家ではありません。しかしながら、「大学教授」という肩書だけで、多くの人々がデマを広げてしまった。その事実は、他山の石とすべきでしょう。コロナウイルス対策においても、感染症の専門家でもないのに多くのメディアで首を傾げたくなる発言をしていた「自称専門家」も散見されました。
つい最近では、吉村洋文・大阪府知事の会見を受けて、うがい薬が買い占られるという騒動が起こりました。「府知事が言っているのだから」と科学的根拠の有無を確認せずに、権威を盲信してドラッグストアに殺到する。改めて「権威論証」の恐ろしさを再確認した事例です。
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