暑中お見舞い申し上げます。
……連日暑すぎますね。去年もこんなに暑かったですっけ?……と、毎年言っているような気がします。 でも、今年は特に暑いと思う(きっと、来年もそう言うと思う……)。
それでは、暑い日々に、暑苦しい文をお届けしたいと思います。ゴー♪
正解の無い役作り
「格好良い」という言葉は蘭寿さんの為にあるんだと、心の底から痺れた出会い(前話参照)から数日……花組は『ファントム』の初日に向け、日々稽古を重ねていた。
私は、ジョセフ・ブケーという、 カルロッタというワンマンパワハラ女上司に命じられ、オペラ座の捜索をしている最中にファントムに見つかり、ビビって後ずさりしたら奈落の底に落ちて死んでしまう……という、開演5分で山場が来る衣装係の役を演じていた。
主役のファントムは顔の半分(4分の1位か)を仮面で隠しているが、ぶっちゃけそれでも全然見目麗しい……。
なのに、ファントムの顔を見るなり、この世の者とは思えない恐ろしさに慄き、阿鼻叫喚を上げたと思ったらそのまま断末魔、にならなくてはならない。
なので…………アレをやることにした。
アレとは、ホラー映画をイヤホンをつけて見ること。
断っておくが、ホラーはマジで苦手だ。
できるだけ見たくない。見ないようにしている。
でも……このままだと、叫び声を上げながら(格好良いな……)と、若干照れながら奈落の底に落ちる、様子のおかしい人物しか演じることが出来ない。
それではダメなんだ……今の自分に必要なのはこれしかないんだ!と、私は意気込み、
『テキサス・チェーンソー』という映画を借りた。
部屋の電気を玄関以外消し、テレビに直繋ぎでイヤホンを装着、恐る恐る再生ボタンを押……押……(10分に及ぶ躊躇い)
「ええい!儘よ!!」(両目を固く瞑り、再生ボタンを押す)
……この後のことはよく覚えていない……
次の日から、どんなに美男美女でも、尊敬する先生でも、自分の背面に立たれたら、猫の「やんのかステップ」の様な謎ステップで「ひえ!」と声を上げてしまうほどにビビりちらかせる様になったのであった。
脇役のトップスター
少しずつ、色んな「情報量の多いおじさん」を演じる機会が増えてきたころ、 私の心の片隅で少しだけ引っかかっていた事があった。
それは、この学年(4年目)の段階で、おじさんを目指すべきなのか?ということだった。
私だって、夢見る受験生時代は、勿の論トップスターを目指していた。
初めてタカラヅカを見たときの初恋の様なドキドキ、心の底から惚れ惚れする格好良さ、美しさ……自分もその世界で表現したい!と、おばあちゃんに勧められながらも(1話参照) 自分がトップスターになって沢山の人を魅了する姿を夢見ていたのは間違いない。
だが、自分が惚れ惚れしていた「格好良さ」を、自分で表現していくことは容易いことでは無かった。
最初に「何かが違う」と感じたのは宝塚音楽学校での演劇の授業中だった。
演劇の授業では、宝塚の至宝である柴田侑宏(しばた・ゆきひろ)先生、星組元トップスターの紫苑(しおん)ゆうさんなど、総勢5名の先生方から、演劇論やエチュードなど、様々な演劇メソッドを教えて頂いていた。
ある日のシメさん先生(紫苑ゆうさん)の授業で、男役全員で『我が愛は山の彼方に』の朴秀民(高麗の武将)とチャムガ(女真の武将)の掛け合いを演じることになり、 その際に、なんとシメさん先生が自ら秀民を演じてくださることになった。
まさか、トップスターさんのお芝居をこんなに間近で見ることが出来るとは……と、ドキドキワクワクしながら見学させてもらった。
「じゃあ、はじめるねー」と先生が明るく告げた直後、空気が一気に変わった。
お稽古場の空気が全て、先生のものになった。 まだ、一言もセリフを喋っていないのに、先生のオーラが見ているこちら側までビリビリと伝わってきて、身動きも取れなかった。
セリフの一言一言がしっかりと胸に届き、誰がどこで見ても、何ならウトウトしながら見たとしても、先生の演じる秀民の心情が手に取るようにわかる。
これが、「トップスター」さんの、「主役」の芝居なのか……と私は感動に震えた。
このお芝居を見られただけでも、音楽学校に入れてよかった。生まれてきて良かったと思った。
それと同時に、
「……これは……私にはできる気がしない……」
と、ガッカリするでも落ち込むでもなく、淡々とそう思ってしまった。
別の日、宝塚の演出家であった太田哲則(おおた・てつのり)先生の授業で『生きている小平次』という戯曲を演じることになった。
『生きている小平次』は、殺したはずの小平次が何度も何度も目の前に現れるという話で、太田先生には、セリフの行間「……」に沢山の意味が込められているので、深く読み取る事を大切にしなさいと教わった。
死んだはずの小平次を目の前に、小平次を殺した太九郎はどのような面持ちで会話を続けるのか。どれくらいの不気味さを腹に抱えながらポーカーフェイスを気取って話すのか、はたまた全部顔に出すのか…… 二人の心情に興味が沸いて、夢中で行間の感情を書き連ねていった。 その後、先生の行間の感情も知りたくなって、授業後質問に行った。
先生の解釈を聞き、人間のさまざまな感情について沢山お話しさせて頂いた。
すると、先生は最後に、
「このようなことを聞きに来る生徒は珍しい。貴方は入団したら、いずれ自分の表現の方向性と劇団の求める方向性の違いに悩む日が来るだろう……」
と私に告げた。
この、先生の「予言」は、まんまと的中した。
入団してからずっと、「演じてみたい役」と「最初に目指すべき方向」の違いに戸惑っていた。
非の打ち所の無い2枚目を研究していくよりも、クセのあるおじさんの方がすぐに目に浮かぶし想像できるし掘り下げてみたい気持ちが強くあった。
自分に与えられる役に「おじさん」が増えてきている今、自分から、「こういう役が得意です」とアピールするのも良いのではないか……。
でも、この段階で面舵一杯振り切らなくても良いのかもしれない……答えの出ない日が何日も続いた。
そんなある日、 研究科5年目を迎えるにあたり、劇団の上層部の方と話す機会があり、今後の自分について今抱えている思いを伝えた。
すると、当時の常務理事が、
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