1日でも長く健康でいるために。 医療機関との付き合い方、かかりつけ医の探し方

おひとりさまにとって、最も大切なのは健康と言っても言い過ぎではないでしょう。医者は嫌い、検査は面倒と言って検診を避けていませんか? 自身も「医者嫌いだった」という経済評論家の佐藤治彦さんは、お金の努力だけでなく、日本の高度な医療サービスを適切に受けるために、自分にとって最良のものを見つけ、心地よく受けるための努力もするべきだと言います。どうすれば医療機関といい関係を築けるでしょうか。

ピンピンころりは簡単ではない

健康や命に関わることは、とても大切です。

よくピンピンころりがいいと言います。でも、そう言ってる人に限って元気な老人が多いと思いませんか? きっと死ぬまで元気でピンピンしていたいと言う願望なんでしょう。
しかし、ピンピンところりはそんな簡単に隣り合わせではないのが現実です。
肉体の自由は徐々に奪われていくもの、薄い皮を剥がされるように失っていくのです。
それは20代後半には始まっていて、40歳くらいになると誰もがはっきり自覚するものです。
それは、若い頃から健康に気をつけながら生活してきた人と、自堕落な毎日を過ごしてきた人との差がくっきりみえてくる頃でもあります。
この徐々に落ちていくということは、老齢期になっても続いていくものです。ピンピンころりと言うけれど、若い頃のように元気ピンピンでもありませんからね。

しかし、昔から、私たちは老いに抵抗するものです。必死に抵抗します。アンチエイジング!です。
女性だけではありません。男もお肌の手入れをする人が増えました。
少なくとも頭髪が薄くなっていくことには抵抗があります。
私自身もそうでした。テレビ出演が多かった事もありますが白髪を隠すために頭を染めていました。ところが頭を染めると髪や頭皮にダメージを与えるからか、毛がどんどん抜けていきます。
そして、ある日。決断を迫られました。このまま染めていって、髪を失いハゲになるか、黒髪を諦めて白髪を受け入れるのか!? 
究極の選択ですね。中には、やっぱりどちらもと、アデランスやアートネーチャー路線を選択をする人もいます。
もちろん、アンチエイジングなんて無駄な抵抗だ、と、開き直って無視したり、まるで考えない無茶な行動をすると、あっという間に老けていくこともあるようです。健康で魅力的に見えることは、おひとり様の生活にとっても重要なことでもあります。決してないがしろにしていいわけではありません。

話を本題に戻します。ピンピンころりのことです。

私自身は多少の身体の自由が失われても、いや、相当失われても、まだこの世に生きていたいときっと思うでしょう。
好きな音楽や演劇、映画を見たり聞いたりするだけで楽しいからです。死んだらそれもできなくなります。
それらは心が揺さぶられ癒されるからです。生きている実感を味わえます。
この文章を書いていたら、あと何年楽しく生活ができるのだろう。そんなことを考えました。
そんなことを考えてもしょうがないです。それより自分の健康を1日でも長く保つためにはどうすればいいのか?を考えたほうがいいのです。
きっとこの文章を読んでくださってる方も同じでしょう。
これから、規則正しく健康に留意した生活をすることはできるでしょう。時には自堕落な日々もあるかもしれませんが、それでも、反省してまた健康的な生活をしようとするでしょう。しかし、それは自分勝手にしていても仕方のないことかもしれません。

医療サービスに自分からきちんとアクセスする

極端な例ですが、酒は百薬の長と決めつけて、毎日浴びるように飲んでいたら、あっという間にあの世にズドーンですよね。ちゃんと専門家の助言やサポートが必要です。
そして、自分の健康状態がきちんと保たれているかチェックし向き合うことも求められます。
そのために医療サービスにきちんとアクセスすることが大切です。

しかし、ただ医者に行けばいい、検査を受ければいいというわけでもないと思うのです。
日本には33万人ほどの医師がいるそうですが、その能力や技術、経験は同じでしょうか。
あの人は名医だと言われることがあり、週刊誌などでいい病院や名医の特集が組まれたりします。
その分野の治療で最先端をいき、難しい治療の経験が豊富で高い評価の医者がいる、ということは、そうでもない医師もいる。これが現実です。

せめて日本一の名医でなくてもいいけれど、自宅から通える範囲で、評判のいい腕のいい医者と巡り会いたい。
誰もがそう思うのではないでしょうか。命に関わることですから、少なくとも貧乏くじは引きたくありません。
いったいどうすればいいのでしょうか?

また、同じ医師であったとしても、その人から最良の治療サービスを受けられるかということもポイントです。
そんな風に思うのは、子供の頃には田宮二郎、近年は岡田准一が演じた「白い巨塔」という山崎豊子原作の物語に影響されているのかもしれません。金や権力欲にうごめく医師たちと、そこに巻き込まれる市井の患者のドラマです。

さらに個人的なことで恐縮なのですが、学生時代の終わりに、熊井啓監督の「海と毒薬」という映画に参加したことも影響されています。これは、遠藤周作の小説を映画化したもので、戦時中の九州の大学病院での捕虜に対する人体実験などを扱った物語ですが、そこでも患者は平等には扱われないのです。

もちろん、多くの場合、医師や医療関係者はプロとしての最良のチョイスと治療をしてくれると思いますし、日本は世界的に最高水準の医療サービスを受けられる非常に恵まれた国だとも思っています。

公的な健康保険制度が充実していないアメリカなどでは、適切な医療サービスを受けるには経済力が必要です。発展途上国では、日本では助かる病気や怪我も、助からないことも少なくないのです。命や健康も経済力なのです。

それらは、外国だけの話で、日本国内では誰にも等しく同じような検査と治療が常に行われているのでしょうか? それとも私たちはその現実から目を背けているのでしょうか?
私たちは、医療保険など、入院した時のお金のことは若い頃から心配して一生懸命、保険料を払い続けます。
また、健康であるために、健康的な食事を心がけたり、運動や体重管理、サプリメントなどを用いて健康維持に務めようともします。そういう努力を重ねるものです。
それでも、病気や怪我をゼロにすることはできません。
だから、定期的な健康診断、人間ドックも必要となるのです。定期的に医療サービスを受ける必要があるのです。
私たちはお金の努力だけではなく、日本の高度な医療サービスを適切に受けるために、自分にとって最良のものを見つけ、心地よく受けるための努力もするべきだと思います。
それは、おひとりさまの人生にとって、いや誰の人生にも重要だと思うのです。

ここまでの話をまとめますね。

私たちは、少なくとも地元のいい医者に巡り会いたい。
そのお医者さんから、きちんとした医療サービスを受けたい。それは、私たち誰もが医療サービスに求めることです。でも、それだけでも問題は解決しません。

健康診断に行く人、行かない人

実は一番厄介なのは、私たち自身の問題。それは、医者、病院嫌いが少なくないということです。
病院に行くと病気になると言う人までいます。
会社員の人は勤め先で強制的に健康診断を受けるでしょうが、そうでない人で医者嫌い、検査嫌いだと50歳になるまでまともな健康診断や人間ドックに行ったことがない人もいるものです。

しかし、あの人は健康診断にきちんと通い、何も異常がないと診断されたのに、病気で亡くなったと言う話を聞くこともあります。
医者嫌い、検査嫌いの人は、それみろ受けたって仕方がない、死ぬときゃ死ぬんだと勝ち誇ったように言い張ります。 
健康診断といっても100%完璧なものではないでしょうし、検査項目に入ってないために掴みきれなかった疾患だった可能性もあります。
だからといって、だからこそ、私たち自身もいい医療サービスを受ける努力が必要なのです。

皆さんは医療機関にいくときの姿勢はどんなものでしょうか? 
数日経っても症状が良くならずに健康状態が明らかに悪いと判断してから受診しに行く。少しでもいつもと違うなと健康に疑問符があったら行く。健康だと思っていても自覚症状のない病もあるし、早期発見のために、定期的に検査や相談に出かける。
いったいどれでしょうか? 
誰もが症状が悪くなる前に医療サービスを受ける方がいいことを知っています。
「白い巨塔」では田宮二郎さんが主役の時には、主役の医師は胃ガンで亡くなります。しかし、先日の岡田准一さんの時は、膵臓がんで亡くなる設定に変わっていました。
これは、胃がんの多くが早めに発見すれば死に至る病でなくなってきたことが影響しています。 田宮さん時代の1970年前後と比べると大きく医療の水準が上がったことからくる変更なのです。
早期発見すれば、治る病気は増えていて、普段から自分の体の具合と冷静に向き合って適切に管理していれば、より長く健康に人生を楽しめることも間違いないのです。

自分の身体は自分が一番よく知っている?

しかし、いまだに多くの人が医者嫌いではないでしょうか。
まさに僕が医者嫌いでした。
きっとそれは両親とも医者嫌いだったことから影響を受けているのかもしれません。
例えば、母は医者の家庭に生まれ、実兄が家業を継いで医者となったのに、母自身は医者嫌いで、一度も健康診断を受けたことがありませんでした。40歳くらいから、「健康診断を受けたら必ず悪いところが見つかる。病は気からと言うし、悪いところが見つかればますます悪くなる」と言ってました。
母は倒れて病院に入り、2か月ほど入院してあっという間に亡くなりました。69歳の若さでした。
考えてみると40代で一度気分が悪くなり高血圧と言われて薬も出たのですが、数か月もしないうちに服用するのをやめてしまったのです。

父も自分の身体のことは自分が一番よく知っていると言うのが口癖でした。
会社員でしたから会社の健康診断は受けていたようですが、それ以上のことはしない。加齢で若い時の体力や抵抗力がなくなってきても、老いを受け入れようとはせず無理しているうちに78歳で死にました。

どちらも、自分の年齢や健康状態に向き合おうとしなかった。
プロの医師の知見をきちんと取り入れていれば、もっと長生きできたはずです。
高い医療サービスが存在し、現代の教育を受けた医者がいても、きちんと医療サービスを受けなければ、医学がなかった時代に生きているのと同じです。祈祷や祈りに頼るしかなかったころと同じなのです。
子どもとして親には医者に行ってくれ、自分の身体のこと、健康に気を使ってくれとことあるごとに何回も頼んだのですが、変わることはありませんでした。

それを間近に見て僕は医者嫌いから脱しようと思ったのです。
考えてみると自分自身も健康診断や検査から逃げていた。母の死から数年の間。
いくつか人間ドックを調べてみました。病院嫌いで、医者嫌いの自分にとっては、リゾートのような人間ドックに行くしかないと思いました。
都心の大病院ですが、サロンのようなところですごく丁寧に接してくれ、終わった後には一流ホテルのランチを用意してくれる。そんな人間ドックなら、年に一度の楽しみになるかもしれないと受けることにしたのです。そこを贅沢することにしました。そして、それはうまくハマりました。
午前中に検査を受け、ランチを食べ終わるころには、その日のうちに医師の所見を聞きに行くことができる。
料金は少し高いので迷ったのですが、ある人に言われたことを思い出したのです。
「佐藤さんは、墓や葬式、治療、検査、自分のために、稼いだ金を使うのならどれが一番幸せだと思う?」
そりゃあ検査です。検査に決まってます。こうして、人間ドックに慣れていきました。こうして自分の健康管理が始まるのです。

内視鏡検査への苦手意識を克服

5年前に人間ドックのオプションで初めて大腸の内視鏡検査をしました。
人間ドックは定期的に受けてはいたものの、大腸に関する病は静かに進行する。気が付いた時には手遅れといったイメージを持っていたので、いつかは受けなくてはと思っていたのです。
しかし、なかなかいけないものです。
大腸の検査ですから内視鏡をお尻から入れることになります。まずは痛そうです。そして、この歳になっても正直いうと自分のお尻を他人にさらけ出すのは恥ずかしいものです。抵抗感があります。
雰囲気のいい人間ドックに10年ほど通って、相談したら強く薦められ、やっと受ける決心がついたのです。

当日行くと担当は若い女医さんで、検査の助手の人も素敵な女性で、すごく恥ずかしかったです。
しかし、それも最初の1分でした。あっという間に慣れるもんですね。
検査をしてくれる方からすると、それこそ毎日何人も検査する人の一人でしかありません。
こちらが恥ずかしく思うようなことは何にもなく、その絶妙の対処の仕方、距離感はたいしたもんだと思いました。
内視鏡を入れて行くと、目の前のモニターに大腸内が映し出され、なんといくつかポリープが見つかりました。内視鏡の先に小さなハサミのようなものがついているらしくその場で切除してくれました。
カミソリで肌を切った時のようなちょっとした血が出て大腸の中に広がって消えて行きました。
後日、精密検査で悪性のものでないと判断され一安心です。
その後、3年くらいしたら、念のため、もう一度検査してください。次は保険が適用になりますと言われて検査したところ、何も問題がなく、次からは5年くらいの間隔でいいですよと言われてます。

この2回の経験から内視鏡に対する抵抗感がなくなりました。
今まで人間ドックでは内視鏡が怖くて、胃の検査はいつもバリウムに逃げていました。
本当は食道や胃など、バリウムよりも内視鏡検査の方が異常を見つけることができると聞いてはいるものの、内視鏡検査を身体に入れることに抵抗がありました。
しかし、大腸の内視鏡検査を経験してハードルが低くなりました。

大腸の内視鏡検査を受けて、とても良かったなと思うのは、検査の結果が良かったことだけでなく、内視鏡検査をする気持ちのハードルがぐんと下がったこと、お尻をさらけ出すことの抵抗感がすごく低くなったことです。
痛いのを我慢する必要もありませんでした。
管が身体の中を動く違和感はありますが、痛みはありません。間違いなく検査の技術、受けやすさも向上しているのです。

検査で「異常が見つかりますように」と思う理由

人間ドックを受ける時に僕がしていることを一つお話しします。 人間ドックに行く時には、誰もがいい検査結果でありますように、異常が見つかりませんようにと思うものです。僕も同じです。
しかし、検査を始める前には、その気持ちを反転させるようにしています。
異常が見つかりますようにと思うのです。
なぜなら、小さな異常のうちに見つけて欲しいと思うからです。ですからバリウム検査の時などでは検査の人に毎回こう言いました。
「お腹がだるい、重い、きっとどこかが悪いと思います」
すると、検査する人は、必死に探そうとしてくれました。
これなら見落としの可能性は余計低くなるはずです。もちろん、その差は僅かだとは思うのですが、その差で見つかることもあると思うからです。

内視鏡検査の時には、健康に自信がないと正直に言うことにしています。こうして、検査嫌いから脱却することができました。

検査のハードルが低くなると、病院嫌い、医者嫌いも消えていきます。

考えてみると、医者という仕事は大変な仕事です。
人の命を預かるのですから手を抜けない。たとえ手を抜かなくても、人間だからミスすることもあるでしょう。重圧です。
それに、相対する患者はほとんど暗い。健康に心配がある。病気の治療でくるわけですからみな下向きです。余命宣告することもあるし臨終に立ち会うこともあるわけです。
どんなに大変な仕事なのでしょう。

朝9時から夕方までそんな毎日が続いているのです。
ですから、僕はそんな医師や看護師、受付の人も含めて少しでも労いたい、和ませたいと思ってます。
まずはできるだけ出かける前にシャワーを浴びるなどして清潔にする、明るい服装で行く、できるだけ笑顔で対面するということです。いや、大したことではありません。

医師からも自分を患者として気持ちよく受け入れてもらう

「先生、こんにちは。暑いですね、お元気ですか?」 こういうと、笑う先生も少なくありません。
患者が医師の健康を気遣うからでしょう。 そして「お大事に」と別れの挨拶の時には、「先生もどうか」と付け加えるのです。別に友人になろうというわけではありませんが、医師と患者の関係を、重苦しいものだけに終わらせたくないのです。

帯状疱疹ができたり、雪の中で滑って骨を折ったり、顎にあった小さな小さなイボの切除など、いろいろと医師に世話になり、少しづつ話しやすくなりました。
皆さんも、まずは近所のホームドクター、自分のかかりつけ医を探すことをしてください。
困ったら相談できる。心配になったら気軽に尋ねられる。
そんなお医者さんとの関係性を作りましょう。
僕は信頼できて、これから10年以上は医業を続けそうな近所の医師から探しました。当初は何か困ったらいろんな医院を回って自分が信頼できる医師を探した。こうしてホームドクターを数年かけてじっくり選んだのです。

そして、医師からも自分を患者として気持ちよく受け入れてくれてもらえるだろうか。そこにもこだわってます。

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おひとりさまの家計経済学

佐藤治彦

「普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話」「普通の人がケチらず貯まるお金の話」でシリーズほぼ12万部の経済評論家、佐藤治彦のおひとりさまと、将来おひとりさまになりそうな人が、直面する経済と生活の問題を真正面に取り上げて、その具...もっと読む

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10ricedar とてもおもしろかったけれど 頭痛は解決したんすか?? 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

SatoHaruhiko 医療保険に入る。これでいつ病気しても1日5000円もらえるから安心だ。なんか違いませんか?私たちの目的は健康で幸せな人生が長く続くように。です。そのために必要なことを忘れていませんか? おひとりさまの家計経済学 最新記事です。 https://t.co/He9tryk9H3 約1ヶ月前 replyretweetfavorite