「それで、副島さんと大木さんは、どう思っているのですか」
「あの二人とも話をした。政治的立場が違うので表立って徒党を組むことはできないが、旧誼を復活させることは構わないと言っている」
——勝手だな。
大木はともかくとして、副島が大久保側に付いた理由を大隈は知っていた。本来なら副島は、薩閥の大久保や長閥の木戸のように佐賀閥の領袖たり得る立場だったが、大隈と江藤が旧藩の派閥作りを否定する立場を取り、副島を担ぎ上げなかったことに不満を抱いているのだ。
「旧誼を復活させるだけでは、単に故郷を同じくする者の集まりじゃないですか」
政治的立場を同じくしないと徒党を組む意味がないと、大隈は思っていた。確かに故郷は懐かしいし、その風景の中に副島や大木たちがいたのも確かだ。もしも皆で故郷にいれば、毎日のように酒を酌み交わしていたかもしれない。
——だが、われらは国政に参与するという道を選んだ。つまり政治的見解の違いによって、立場を違えることもある。
江藤が拳を机に叩きつける。
「個々が孤立していては、何かあった時に失脚させられる。それを恐れて、いつまでも薩長の腰巾着になっているわけにはまいらん。島さんも同じ見解だ」
——そういうことか。
これで江藤を焚きつけているのが誰かも分かった。
「島さんというのは、あの島さんですか」
「そうだ。島団右衛門義勇殿だ」
蝦夷開拓御用掛を命じられていた島義勇は昨年、大学少監に昇進して東京に移住し、大学教育の確立に取り組んでいた。だが教員方針をめぐって国学派と漢学派の間に軋轢が生じ、その対立を調整できなかったことで、大学別当(最高責任者)の松平慶永(春嶽)と共に罷免されていた。そのため次の仕事を拝命するまで仕事がなく、旧友の許を回っては弁舌を振るっていた。
島は『葉隠』を体現しているような古風な男で、佐賀藩士の合理的な部分を代表しているような大隈とは相容れない仲だった。それゆえ島が蝦夷地から戻ってきた後も、大隈は会っていない。
島は大隈よりも十六歳も年上であり、大隈にとって、感覚的には一世代前の人物だった。
「その島さんが、佐賀藩出身者の大同団結を唱えているのですね」
「そうだ。今の政府に対して島さんには島さんの不満がある。その見識には、俺も大いに同意するところがあった。そこで島さんは、われら東京組と佐賀に残った有為の材との間の連絡を密にし、一つの勢力を形成していくという構想を持っている」
「江藤さん——」
大隈がため息をつきつつ言う。
「島さんは危険だ」
「何が危険だ」
「下手をすると戦争までやらかす」
「何を言っている。島さんはそこまで馬鹿ではない」
「江藤さん、あの人を侮ってはいけない。艦船は政府に供出したものの、いまだ国元には武器弾薬が大量に保管されている。廃藩を進めない限り、それらは佐賀藩の所有のままだ。島さんが国元に帰り、不平不満を持っている連中に担ぎ上げられれば、たいへんなことになる」
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