ヨシダナギ、新たな被写体を前に見つけた「自分の中にある偏見」

世界中の少数民族を収めたベスト作品集発表から2年……。ヨシダナギさん最新作『DRAG QUEEN -No Light, No Queen-』出版記念インタビューです。聞き手は、cakesでも連載を抱えるライター嘉島唯さん。

 このままでいいんだろうか。ある程度、仕事というものがわかってきたと思っていても、ぼんやりとした不安に苛まれる。このままだと埋もれてしまうかも知れないとか、周りから求められることが違うとか。
 写真家・ヨシダナギ。たくさんのメディアに取り上げられ、個展を開けばファンが大勢駆けつける彼女も、こんな悩みを抱えていた。

 単身でアフリカに向かい、広大な自然に佇む少数民族をヴィヴィッドに捉えた作品は、ひと目見ただけで「ヨシダナギの写真だ」とわからせる力がある。

 初めてアフリカの地に降り立って11年が経つ。少数民族を色鮮やかに収める写真家として定期的に新作を作っては個展を開く。そういう人生もあっただろう。
 でも2020年、ヨシダが新作の被写体として選んだのは、地下鉄が根を張る都会に息づくドラァグクイーンだった。

「自分たちにつく、悲しいイメージを変えてほしい」

 「2〜3年前ほどから、周りの人たちに『少数民族以外の写真も見てみたい』と言われることが多くなりました。”写真家”という肩書きをもらった以上、当然の話なんですけど」

 趣味で撮った少数民族の写真がインターネット上で偶然話題になり、「写真家」として生きることになった彼女は、渋い現実を感じていた。幼少期にテレビで見たマサイ族に憧れ、追いかけていたらいつの間にか写真家になっていたという道のりゆえ、ほかの被写体を考えたことはなかった。

 「同じようなことをしていると、世の中に飽きられてしまって、彼らのかっこよさを伝えるという活動すらできなくなってしまう。少数民族以外のものを撮らないと、この先のステージには進めない」

 焦っていた。「こういう著名人を撮ってほしい」「こういう民族を撮影してみたら?」。しかし、そういったオーダーはすべて断り、焦燥感を抱えたまま3年ほどが経っていた。
 なぜそこまで被写体に拘るのだろうか? ビジネスとして割り切れば、クライアントや市場からの声に従うのが筋だ。

 「わたしの写真は、独学ゆえにピントが合っていなかったり、画質が粗かったり、レタッチありきの作品。決して、写真のスキルがあるわけではありません。撮影が終わって日本に戻ってきてから、自分の目に見えていた色を再現するために、記憶に寄せてレタッチを施していきます。そんなものは写真じゃないという意見もあります」

 「写真が好き」というより「少数民族が好き」という感情で、動いてきた。ヨシダを一躍有名にさせたテレビ番組でも、少数民族と共に生活する姿にスポットを当てられた。服を着る文化を持たない種族を撮るときには、被写体の風習に倣ってむき出しの姿でシャッターを切る手法が注目を集めてきた。

 ヨシダ自身は、彼らと仲良くなるために当たり前の行為だと思っていたが、その大胆さには裸族たちも驚いたという。
 彼らは、服を着る文化があることを知っており、その文化圏では裸でいることがどんな意味なのかも理解しているからだ。だからこそ、ヨシダが彼らと同じ格好をしたとき、打ち解けた。

 「わたしは対日本人であっても、話すのが得意ではないので……共通言語がない人たちの方が気楽なんです。言葉で会話しない。同じ服を着て、同じものを食べる。現地の食べ物は、砂が混ざっていたり、日本では慣れない味だったりするのですが、にこっと笑って何でも食べます。それで吐き気をもよおしたこともありますけど……仲良くなれる」

 アフリカで撮影している際、ヨシダがよく言われたことがある。

 「飢餓や貧困といった悲しいイメージを変えて」

 確かに経済的な格差はあるものの、彼らは自分たちを憐れまれる対象だと感じていない。メディアで取り上げられる途上国の写真は同情心を掻き立てるものも多いが、それらはほんの一部でしかない。自分の目で見た、彼らの華やかさを写真にしようと誓った。

 彼らからの声を反芻し、太陽光に照らされながら豊かに生きる彼らを表現した結果、これまでにない写真が生まれてきた。受け身の姿勢で撮影対象を選ぶことはできない。

 「人が求めてくれるものと、自分がやりたいことが一致しなかったんです。かといって、無作為にいろんな被写体を撮影できるわけでもない。マネージャーも、その焦りを察してくれたのか、ユダヤ教のラビ、メキシコのマヤ族とか、いろいろ提案してくれたんですけど……」

ドタキャンに予算オーバー、トラブル続きの撮影現場

 焦りと模索の日々の中で思い出したのは、映画『プリシラ』の中で美しく佇む「ドラァグクイーン」だった。

 「映画を見たのは6年も前。自分が撮影できる対象とは思ってもいなかったんですけど、クイーンたちが長いドレスを着て、銀色の大型バスに乗っていているワンシーンがすごく絵画的だった。ドレスの裾が風できれいになびいていて、ドラァグクイーンという人たちの佇まいがとても美しく描かれていたんですね。だから自分の目で確かめてみたい気持ちが湧いた。その瞬間、ビビッとつながって、もうこれしかない! と思い立って準備をはじめました」

 Instagramのハッシュタグ「#dragqueen」で世界中のドラァグクイーンを探した結果、聖地であるニューヨークと、それと対局の雰囲気を帯びるクイーンのいるパリを選んだ。太陽の下で自由に生きる少数民族と、都会でスポットライトを浴びるドラァグクイーン。まったく異なる存在を被写体に選ぶことは、賭けでもあった。

 「わたしがつくる写真集は、すごく売れるものではないですし、これまで手にとってくださった方が離れていくかもしれない。でも、撮影するとなれば、モデルを含めて大勢の協力が必要になる。人を動員する以上、趣味ではいけない。ちゃんと発表する場所があった方がいいと思って、すぐにマネージャーに売り込みに行ってもらいました」

 出版社や、個展を開いてくれるかもしれないキュレーターに自ら声を掛ける日々。撮影にかかるコストはすべて自腹。さらにアクシデントの連続が待っていた。

 「クイーンたちや撮影場所から、渡航直前にキャンセルが立て続いて……ニューヨークに行く前にはモデルは1人ぐらいしか決まってない状態でしたし、パリに行くときには、レンタル料が高すぎて撮影場所が全然見つかりませんでした。半日借りるだけで60万ほどかかるところもあったり……」

 当初予定していた制作費は300万円。しかし、結果的には予算を大幅にオーバーする1000万円がかかっていた。

「明日のことだってわからないのに、1年先、2年先のことを考えてどうするの?」

 不慣れな仕事への不安、資金面の雲行きも悪い。これまでとまったく違うモデルたちとの関係をうまくつくれるか? しっかりとしたアウトプットができるのか?

 「途中で考えるのを放棄しました」

 小さく笑いながら話す。

 「もうわたし知らない! って。お金のことは特に、考えれば考えるほど不安になるだけなので、頭から勘定を抜かしました」

 考えすぎないことは、少数民族たちから教えてもらった。体中をペイントで彩るスリ族を撮影したときに「どうしてこの色なの?」「どうしてこういう絵柄を描くの?」と聞くと「ペイントに意味なんてないんだよ。好きだからやっている。どうして意味ばかり気にするんだ?」と言われたこともある。

 「少数民族の撮影をはじめた頃は、写真が仕事でもなかったし資金面も厳しかった。『次はいつここに来れるんだろう?』『もう来れないかもしれない』と真顔で考えることが多くて……あるとき、彼らに『どうしてそんな顔してるの?』と聞かれたんです。悩みを話したら『明日のことだってわからないのに、1年先、2年先のことを考えてどうするの? 今日、みんなでお腹いっぱいごはんを食べて、みんなで眠れたらそれで十分幸せだよ。今、幸せな顔をしてないやつらに、来年、再来年の先の幸せなんて来るかよ』って言われたときに、すごく納得した」

 「やばい、稼げない、ダメだと思っても、あんまり口に出さないで、つらいことがあっても『大丈夫』って言うようにしています。泣きながらでもネガティブな言葉はあまり出さない。不安とか、失敗したらどうしようって口に出してると自分の気持ちも落ち込むから、だったら考えるのをやめて手を動かそうと」

 モデルも決まっていない、撮影場所だって確保できるのかわからない。撮影環境もまったく違う。勝算はない。
 慣れない照明をセットし、メイク時間をたっぷりかけて煌めく姿になったドラァグクイーンを撮影する。不安を覚えながら撮れたばかりのプレビューを見る—。

現地で知ったドラァグクイーンの本当の姿

 表紙を飾ったのは、パリで出会ったコリーヌ。古い劇場で撮影した。

 「表紙に出てもらった方は、ドラァグクイーンのときは『コリーヌ』というキャバレーの歌手をやっているキャラクターで、普段は男性の『セバスティアン』として生活しているそうです。メイクは絶対に現場でする主義。ショーが終わったらメイクはその場で落とすし、コリーヌとして家に帰りたくないスタンスみたいで」

 現場で”変身”を見せてくれるクイーンはほかにもいた。

 「たとえば、この子はすごく豊満に見えますよね。肉感的なボディラインは、すごく大きなスポンジをいれた上にストッキングを3重に履いてつくり上げていました。膨らませたいところに丸みをプラスすることでウエストを細く見せているんです」
 「暑い中のコルセット、3重のストッキング、歩くのが大変なほどのハイヒール……話を聞くと『肉体的にハードなおしゃれをするのがドラァグクイーンなのだ』と言ってましたね。『苦痛すぎて、ドラァグにはもう二度となりたくないと思うけれど、それを上回る快感がある』と」

 クイーンになったきっかけも、個々によって異なる。

 写真のステラは、テキサスの厳格なキリスト教の家で生まれたという。宣教師になるつもりだったが、ゲイであることをカムアウトすると、家族から勘当され、ニューヨークにやって来た。幼い頃は聖書で殴られるような環境だったそうだが、今では少しずつ両親にも理解してもらいつつある。

 「ニューヨークの子たちは、親から絶縁されている人もいたし、壮絶な物語を持ってドラァグクイーンになった方が多かった。一方、パリでは、『友だちとたまたまドラァグクイーンを見たら、わたしもできそうと思ってやってみたら、ハマっちゃった』というアート思考の若い子たちが多かったのが印象的でした」

 「ドラァグクイーンは確かにゲイカルチャーと結びついていることが多いけれど、そうじゃない人もたくさんいるし、性別は関係ないと教えてもらいました。ゲイの子も、ストレートの子も、普通の女の子もドラァグクイーンになれるって」

 ドラァグクイーンに会いに行くにあたって、勉強した。とはいうものの、ドラァグカルチャーをすべて網羅したとは言えないし、上辺しか理解できていないような気がしていた。どんなきっかけでドラァグクイーンになったのか、ゲイなのか、ストレートなのか、トランスジェンダーなのか、どういう動機でメイクをしているのか。

 「勉強だけで、はたして”わかっている”のか。失礼に当たるんじゃないかって心配だったんです。一方で、先入観を持ちすぎると、そこしか見えなくなっちゃう気がして怖かった」

 これまでテレビ番組の取材班を同行した撮影をすることもあったが、今回は自分でマイクを向けた。写真では伝えきれないことがあるからというが、質問を投げることにも不安があった。
 たったひとつの軽率な質問で、関係性にヒビが入ってしまうかもしれない。緊張しながらひとつひとつ聞いていく。

どうしてドラァグクイーンになったのですか?
女性になりたいと思ったりしますか?
あなたにとって「性別」とは?

 セクシュアリティに関わる質問は特に緊張した。それでも、全員が素直な言葉で丁寧に答えてくれた。

 「わたしがインタビューした18人の多くが、『女性になりたいわけではない』と答えてくれました。自分の思う美を一時的に”変身”として楽しんでいる、こういう楽しみ方があるんだと驚きました」

 「知識の有無や国籍を気にしていない人たちで。クイーンの世界に入る人に対しても寛容なので、わたしのような違う畑の人間が入り込んでもウェルカムな姿勢でした。正直……嫌なんじゃないかなとか思ったんですけれど、『あんなことまで聞いてくれるとは思わなかった』『本当に知ろうとしてくれてるのね』とポジティブに捉えてくれる人が多かった」

 その一方で、十分なリスペクトを持ってのぞんだ撮影でも、自分の中にあった偏見に気づかされた。
 求める美しさが「古風な女性らしさ」の人もいれば「男性性と混ざりあった人」もいる。腕にも脚にも毛を生やしたままのクイーンもいた。撮影後のレタッチで毛を処理した方がいいのだろうかと思ったが、その必要もなかった。

 「この写真の子は、ミニュイっていうんですけど、彼女の言葉はとても印象的でした。『本来の自分でいてよくて、誰もが自由に生きていていいわけ。……髭を生やして胸毛を出して女装している私のような存在でもね。だから問いかけてるの。見て、わたしができるならあなたにもできるのよ!』って」

 「この子は、いわゆる『髪が長くて、まつ毛がビンビンで』というスタイルではないドラァグクイーン。最初に紹介されたときは少し驚きました。パーティーで出会ったと聞いていたので、お酒が好きで派手な感じの方なのかなと思っていたんですけれど、誰よりも喋り方がおっとりしていて、語尾に音符マークがついてる感じ。妖精みたいですごく可愛らしくて……」

 ドラァグクイーンの定義は?
 彼女にも聞いた。

 「『僕にとってのドラァグの定義は、〝自分がなりたいものにいつでもなれる〟ってことだから女性でも男性でも関係ない。誰にでも、何にでも、どんな姿にもなっていいんだよ』って。すごく腑に落ちました。同時に、わたしまた勝手なイメージで人を見てたな……と反省したんです。なるべく偏見は持たないようにしたいですけれど、無意識にもってしまってるんですね。髭を生やしたままのクイーンもいるし、性別すらわからないようなクイーンもいる。女性らしさとか男らしさは関係なくて、自分がなりたいものになるのが、ドラァグクイーンなのだと教えてもらいました」

 かつて自分が少数民族と出会い、共に生活をし、感じたことと似ていた。調べて知った姿と現実に見た姿は違った。

 「彼女たちの存在は、浅いからダメだとか深いからOKとか、メジャーだと薄くてアンダーグラウンドは濃いみたいなカテゴライズをすべて越えていた。これが多様性っていうことなのかな。すべてを飲み込みつつあるところが、次世代の、彼女たちの中の器量の大きさなんだろうって」

「どうしてこんなに優しくしてくれるの?」

 「パリ終盤の撮影は、4、5人のクイーンに集まってもらったカットが必要でした。でも、最後の最後でキャンセルがあって……その時に、数日前に撮影させてもらったクイーンに連絡したら『準備に時間がかかってしまうかもしれないけど、かならず行くから待ってて』と言ってくれて……最後30分の撮影のためだけに5時間かけてメイクをしてくれて」

 渡航直前に撮影キャンセルが続いた理由もわかってきた。モデルを務めたクイーンの多くは、別の仕事を持っていたり学生だったり、いくつもの世界を行き来しながら生きているのだ。加えて、ショーは基本的に夜のため朝の撮影は厳しい。

 「わたしは今まで、少数民族たちを撮影するときは朝日の逆光を使っていたんです。肌がすごくきれいに見えるし、逆光だったら自信がある。自分の経験も生かしたい気持ちもあったんですけれど、基本的にドラァグクイーンが活動する時間って夜帯なんですね。数カットだけ朝の7時ぐらいに街中で撮影した写真もあるんですが、それはクイーンが夜中のショーが終わったまま駆けつけてくれて実現したものです……本当に優しいんですよ」

 現場でクイーンたちの振る舞いを見ていると、細やかな気遣いに励まされることが多かった。

 「あまりに優しいから『どうしてこんなに優しくしてくれるの?』って聞いてみたんです。そうしたら、笑いながら『だってこんな格好してるから、優しくしないとみんな逃げていっちゃう。自分が思う美しい格好をしているから、誰かに優しくできるの』と冗談めかして話してくれました」
 「好きな姿になると、やっぱりメンタルも変わっていく。わたしもすっぴんよりはメイクしたときの方が前を向いて歩けるし、それの延長線なんだと思います。元気がなくなったときは、わたしも彼ら彼女たちみたいに見た目を変えたら、ちょっとは脱出できんじゃないか。生きるヒントをもらいました」

 もちろん、彼女たちはショーを仕事にしているからビジネス的な作法なのかもしれない。それでも、ヨシダは嬉しかった。

 「『どうして日本人のよくわからないカメラマンのオファーを受けてくれたの? 』と聞くと『人は皆違っていて、互いに理解し合えないところがある。でも最高の状態で、異なる文化を写し出すあなたの作品が好きだから』と言ってくれて、すごく自信がついたんです。驚いてしまったというか、わたし……小さいことを気にしてたって」
 「『自分たちの世界に興味を持ってくれてありがとう。こうやって知ろうとしてくれるあなたたちがいるから、ドラァグカルチャーも広がっていくと思うし、わたしたちも嬉しい』そう言ってもらえたときに、驚きと同時に安心感をもらって」

「事実なのは、今までの仕事の中でトップレベルに楽しかったってこと」

 撮影を終え、日本に帰り不安を抱えながら製本された写真集を見る。「ヨシダナギらしい写真」になっているのか……。
 出来上がりを確認したあと、モデルになってくれたクイーンに連絡をした。クイーンたちは、自分たちが映った作品を見て、どういう反応を示したのだろうか。

 「あなたはわたしたちを真剣に撮って、自分は大満足している。事実としてあるのは、今までの仕事の中でトップレベルに楽しかったってこと。あなたをリスペクトしているわ」

 慌ただしいスケジュールの中で時間をともにしたドラァグクイーンとも、しっかりと関係性が生まれていた。ずっと頭の隅に居座っていた不安も、クイーンたちによって払拭された。

『自分が気づけなかった美しい姿を引き出してくれた』ともコメントをいただいて……本当に心底安心しましたし、やってよかったと思いました。優しいですよね。彼女たちのInstagramを見ると、写真集の画像をたくさんアップロードしてくれているし、わたしに動画や写真をたくさん送ってくれて……ある意味、帰って来てからの方が、彼女たちとの絆を実感できたかもしれません」

 ヨシダナギは、かつて少数民族に「写真家」という肩書をもらった。キャリアの脂がのりはじめた今、ドラァグクイーンたちから「自信」をもらったのかもしれない。撮影中にクイーンたちから言われた言葉で特に印象に残っているものがある。

 「あなたが美しいと思うものは美しい。わたしが美しいと思うものは美しい。いろんな美しさがある。自分とは違う文化に目を向けて、それを発信しているあなた自身が美しい」

 もう、迷うことはない。

本日より、毎週木曜日、最新作『DRAG QUEEN -No Light, No Queen-』の特典DVDとして収録された、ヨシダナギさん自身によるドラァグクイーンへのインタビューを特別連載いたします。ここでしか読めないクイーンたちのバックストーリーをお楽しみください。

西武渋谷店で初の個展開催中!8月13日(水)〜8月30日(日)まで

新作写真集『DRAG QUEEN -No Light, No Queen-』(ライツ社)出版後、初の大規模写真展となります。

詳細はこちらから。


世界中の少数民族を収めたベスト作品集から2年……。 ヨシダナギの新境地となる作品の被写体は「ドラァグ・クイーン」

この連載について

DRAG QUEEN(ドラァグクイーン)

ヨシダナギ

世界中の少数民族を収めたベスト作品集『HEROES』から2年……。ヨシダナギさんの新境地となる作品の被写体は「ドラァグクイーン」。「Dress as a girl」略して「Drag」。一般的に女装する男性をさします。 誰もがもっと自...もっと読む

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コメント

3to1o https://t.co/tKvTG9BDOt 12日前 replyretweetfavorite

3to1o この記事めちゃくちゃ良かった。 |ヨシダナギ @nagi_yoshida |DRAG QUEEN(ドラァグクイーン) https://t.co/tKvTG9BDOt 13日前 replyretweetfavorite

mayuyu_video ヨシダナギの魅力って行動力と被写体との会話以外でのコミュニケーションだと思うけど、今回はそれが生かせられない被写体選んだなぁ。記事読むと意外と周りに翻弄されてる印象。 https://t.co/kFo0IKkCEr 21日前 replyretweetfavorite

RyuNagayama 写真が、ではなく、少数民族が好きだった。表現衝動があって、写真はあくまで表現手段。 ☞ 23日前 replyretweetfavorite