スター・ウォーズ 
デス・スターでつかまえて

今回の「およそ120分の祝祭」は、あの「スター・ウォーズ」シリーズを取り上げます。ジョージ・ルーカスと作家・サリンジャーの意外な共通点とは……。また、町山智浩さんの『トラウマ恋愛映画入門』(集英社)刊行を記念し、伊藤聡さんを聞き手としたインタビューもアップされています。そちらもお楽しみください!

「わたしは危うくフィービーと名づけられるところだった」と、米ニューハンプシャー州出身の女性、マーガレット・A・サリンジャーは自著で述べている(*1)。1955年、小説家J・D・サリンジャーは、新しく生まれた自分の娘に「フィービー」と名づけようとしていた。フィービーとは、みずからの代表的小説『ライ麦畑でつかまえて』のなかに、主人公の妹として登場する可憐な少女の名である。このアイデアに反対し、必死で抵抗したのは彼の妻だった。家族からの抗議の結果、サリンジャーはこのアイデアを取り下げ、娘は穏当にマーガレットと呼ばれることとなる。

サリンジャーの妻は、父親が娘にフィービーと名づけたがることの不健全さに耐えられなかったのだろう。身近にいれば、なおさらそう感じるはずだ。もし僕が彼女と同じ立場だったとしても、絶対にその名前は受け入れられなかったのではないかとおもう。作家が、自分の小説に出てくる登場人物の名前を子どもにつけたりするなんて、なんだか痛々しくて見ていられない。発想そのものが不健全であるとしか形容できないのだ。

もし、マーティン・スコセッシの息子の名前がトラヴィスだったり、長渕剛の娘が順子と名づけられていたりしたら、それを好ましくおもう者は少ないだろう。こうした行為はあきらかに歪んでいるし、ナルシシスティックでもある。われわれはその命名の由来に、どこかグロテスクで奇妙な、作品と作者の過度の癒着を感じて居心地がわるくなるはずだ。つまりこれは、作品に対して作者はどのような節度を持って接するべきかという、適正な距離感の問題なのだ。サリンジャーは、作者が持つべき節度を逸している。端的にいって、彼は自分で自分の作品に魅了されてしまっていた。それこそが妻の反発を呼ぶ不健全さなのだ。

作者が自分の作品に愛着を持つのは当然だが、同時に、ひとつの作品が完成したら、あまり執着せずに次へ向かってほしいともおもう。作者がいつまでも過去の表現にこだわったり、やたらと自分の作品に陶酔したりする態度は見苦しいものだ。作品と作者は、適度な距離を保っていてほしいし、そうあるべきのではないか。サリンジャーの訳書もある村上春樹は、サリンジャーが稀有な才能を持つ語り手である点について、それを認めながらこのように指摘している。「物語の立ち上げ方が見事なんで、みんな参っちゃうんです。おまけにサリンジャー自身まで参っちゃった」(*2)

サリンジャーはいわば、自分の生み出した作品に人生を乗っ取られてしまった──村上の言葉を借りれば「参っちゃった」──作者だといえる。そうでなければ、娘に本気で「フィービー」などと名づけようとするだろうか。サリンジャーは、みずからの作り出した作品世界のなかに閉じこもって生きようとする傾向があり、結果的にはある時点から作家としての歩みを止めてしまった。村上が言うように、作品と作者の関係は、ときに複雑で緊張感のあるものだ。そしてある種の作者は、並外れて豊かな才能を持つがゆえに、作品との距離感の喪失というジレンマに陥ることがあるのではないか。

ジョージ・ルーカスほどによく知られ、影響力の強い映画監督はそういないが、彼が実際に監督をした映画は6本しかない。そのうち4本は『スター・ウォーズ』(’77 – ’05)シリーズであり、彼は実質、『スター・ウォーズ』以外には2作品しか撮っていない寡作の監督だといえる。プロデューサーの立場で映画製作に関わることはあったが、ルーカス自身は、30代半ばには監督業から手を引いてしまっていた。では、『スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス』(’99)でふたたび監督に復帰するまでの約20年ほどの期間、ルーカスはいったい何をしていたのか。

スター・ウォーズ トリロジー DVD-BOX
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30代から50代のあいだ、多くの映画監督にとっては、フィルモグラフィを充実させていくためにきわめて重要なその時期を、彼はダース・ベイダーやR2-D2のおもちゃを売ってすごした。ルーカスはおもちゃ屋さんに転身して、せっせと『スター・ウォーズ』の関連商品を販売していたのだ。彼は『スター・ウォーズ』のグッズを売って大成功し、億万長者となる。映画監督としてのキャリアを発展させる道がありながら、ルーカスはおもちゃ屋さんになることを選んだのだ。「彼にとってはある意味最悪の状態になったよね」とファンは言う(*3)。「ドラマでもドキュメンタリーでも、何でも好きに作れたのに、彼は巨大な企業体のようになってしまった」。あれほどに才能のある映画作家が監督業を放棄し、貴重な20年をふいにしてしまったのだ。

「おもちゃ屋が映画を作ってもいいじゃないか」とルーカスは反論する。実際のところ、彼はとてもすぐれたビジネスマンだった。わけても権利関係については先見の明があったため、ルーカスは莫大な利益を得ることができたし、彼の興した会社は大企業へと成長していった(*4)。ルーカスはビジネスの世界で圧倒的成功を収めたし、クオリティコントロールの行き届いた『スター・ウォーズ』のおもちゃはいい出来栄えだったかも知れない。しかし、だからどうだというのか? おもちゃを売って大金を儲けたから、何がどうなるというのだ。そんなことは、表現とも、文化とも、いっさい何の関係もないことじゃないか。

なぜルーカスは映画を撮らなくなってしまったのか。ルーカスの姿は、ある時期から作品を発表することを止め、人里離れた森の奥に家を建てて隠遁生活を始めたサリンジャーの姿に重なる。僕が、サリンジャーとルーカスの両者にもっとも共通すると感じる点は、何より「作品との距離」である。彼らはあまりにも、みずからの作品に近づきすぎている。それはとても危険なことだ。作品と作者には、一定の距離がどうしても必要なのだ。ルーカス自身が、「『スター・ウォーズ』があまりにも成功しすぎてしまったために、それは僕の人生を乗っ取ってしまった」(*5)と説明するように、彼は『スター・ウォーズ』以降のキャリアを形成できず、停滞してしまった。

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およそ120分の祝祭 最新映画レビュー

伊藤聡

誰しもが名前は知っているようなメジャーな映画について、その意外な一面や思わぬ楽しみ方を綴る「およそ120分の祝祭」。ポップコーンへ手をのばしながらスクリーンに目をこらす――そんな幸福な気分で味わってほしい、ブロガーの伊藤聡さんによる連...もっと読む

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コメント

campintheair 町山さん記事と重なってあまり宣伝できなかったのですが、僕の連載原稿です。1時間だけ無料全公開。/ 【10/06 20:45まで無料 】 5年弱前 replyretweetfavorite

denshion1 エヴァも近いとこがあるよね 5年弱前 replyretweetfavorite

Hotakasugi おもちゃも映画同様、文化の一翼だろう、この物言いは承服しがたい -「おもちゃを売って大金を儲けたから、何がどうなるというのだ。そんなことは、表現とも、文化とも、いっさい何の関係もないことじゃないか」 https://t.co/QGGfdIkXfa 5年弱前 replyretweetfavorite

campintheair 自分の連載では『 5年弱前 replyretweetfavorite