父親の下の世話をしたくない。

若年性アルツハイマー型認知症の父親と暮らすあまのさくやさん。母親が亡くなった悲しみに暮れるなか、はじまったのは父とふたりきりの生活でした。なかなか仕事復帰できないことへの自責の念と、ときに食事や着替えもひとりではままならない父を介護する日々の葛藤を綴ります。

※これまでのお話は<こちら>から。

― 2019年 父66歳 私33歳 ―

母が逝ってから1ヶ月以上が経った。

世のサラリーマンなら、とっくに忌引きを終えて仕事復帰をしている頃だろうか。そう思うと、忌引きってあまりに短すぎる気がする。

フリーランスの私には勤め先も急ぎの仕事もなかったので、この悲しみはいつまで続くのだろうかと問いながら、なるべく無理をしないように努めた。何かをするというよりは、ひたすら悲しみに暮れ、ぼうっと寝て、たまに起きてはスマホゲームに没頭するのみのような時間が、1日のほとんどを占めていた。

それでも少しずつ動き出してみようかなという気持ちも出て来た頃、出かけたついでに、久しぶりに洋服を買おうと思い立った。お店に入るやいなや、自分の服を物色するより先に、店頭にあった白いブラウスが目に入る。ふと「母に似合いそうだな」と思った。それから気づけば私は店内の服を、自分ではなく「母に似合うか、似合わないか」で見ていた。それが目に痛くて、私はそそくさと店を出た。

お店を出てもまだ、歩き進むたびに、ここで母と映画を見たな、このカフェに来たな…と思い出している。帰宅後、テレビには母の好きな歌手が出ていて、どこかで母は見ているだろうか、なんて思う。まだ何をしてもどこに行っても、母のことを思い出していた。

そんなときでも容赦なく降りかかって来たのが、『父の介護』だった。

我が家は三兄弟で、私には兄と弟がいる。もともと同居していた弟も、母の死後家を出ることになり、私と父は家に二人きりになった。
同居していない兄と弟も家を行き来してもらい、シフトを組んで介護を分担していくようになった。介護保険で賄えるサービスを上限ぎりぎりまで使い、兄弟が使える時間をパズルのように組み合わせ、私が介護を執り仕切るようにした。

すぐに普段通りの仕事に復帰できない自分を、「早く元に戻りなさい」と叱る声が聞こえる。それは他の誰でもなく、私が、私に言ってきている。そんなとき、父を介護しているという事実は、自分を『何もしていない』と呼ばずにすむ盾にもなっていた。


そして父とふたりになった

自宅介護の朝は、父をデイサービスに送り出すことから始まる。
家まで送迎車が来てくれるので、それまでに父を起こし、着替えをさせて、朝食を食べさせ、薬を飲ませ、トイレも済ませて送り出すのが、朝一番のミッションだ。

その日はパジャマのままで朝食を済ませた父に、「はい、着替えて」とズボンを渡した。「わかったわかった」と父は面倒くさそうにズボンを受け取るが、気づくとまだ着替えないまま食卓でテレビを見ている。
「ねえ」と声にドスを聞かせ、着替えるようにとさらに2回促したあと、父はようやく食卓から離れ、着替えやすいソファに移動した。…が、移動しただけで着替えていない。

苛立ちゲージが溜まった私は、ほぼ脅迫のように「ねえ!ズボン!!着替えて!!」と怒り、ようやくズボンを脱いだと思ったら、2分後にはパンツ一丁でぼんやりテレビを見ている父を発見する。ズボンを着替えるまでに5〜6回ほど声かけが必要なわけである。

なんとか着替えを終え、あとは送迎車に乗るのみ…と思うと出がけの2分前にトイレに立てこもり、出てこないという事件もしばしば起きる。スムーズに行く朝もあれば、やきもきするばかりの朝もある。幼稚園に娘を送り出すことに慣れている兄は、私よりもこの朝の仕事が上手かったようにも思う。

◇ ◇ ◇

「おれ、もう寝る」

ある夜いつもより早い時間に、父が自分の寝室へ向かった。我が家は2階にリビングがあり、1階に父の寝室があるので、階段を降りなければ自室には戻れない。ゆっくりゆっくりと階段を降りる足音が、途中から聞こえなくなったかと思えば、父が階段の途中で座り込んでいるのが見えた。階段を降りきれないのは、父の体調がいまいちなサインでもある。

肩を組んで残り数段を一緒に降り、なんとか父をベッドに寝かせる。ああ、もしかしたらこの後発熱するかもしれないな…という予感がした。父は発熱すると、回路が故障したかのように、うまく言葉が発せなかったり、動きがちぐはぐになってしまう。2ヶ月に1度くらいのペースでこういう体調不良をおこすので予兆はわかるようになっていたが、一人で対処するのは骨が折れる。そしてこのときの一番の不安の種はトイレである。

翌朝、デイサービスの迎えの時間に合わせて父を起こすと、ベッドが湿っていた。トイレに行けなかったのだろうか。そして体が冷えたのか、父はかすかに震えていた。
「やっぱり…。」心配よりも先に、落胆してしまう。ああ、父親の下の世話をしたくない。その思いが私の身を固くする。

着替えを促してみるものの、父の動きはコマ送りのようで、まったく前に進まない。
洋服を脱がせて着せることを一旦諦め、父におにぎりを渡した。昨晩、ほとんど夕飯を食べずに寝てしまったから、きっと糖分が足りていないのだろう。これも父のいつものパターンだ。

少し食べると父はようやく動き始めたが、どうしても下着がうまく履けない。シャツを脱がせたり、ボタンを留めたり、靴下をはかせることも手伝えるが、パンツを脱がせてはかせることは、どうしてもしたくなかった。したくない。したくないんだ。だからお願い、自分でやってよ。そう心で、願うほかない。

『ああ、ハズレくじを引いた』

その思いが、私の中でむくむくと膨らんでくる。

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時をかける父と、母と

あまのさくや

新卒で入社した企業はブラックだった。入社2年目の24歳の時、父と2人でのニューヨーク旅行。なんだか父の様子がおかしい…。父は若年性アルツハイマー型認知症だった。徐々に変わっていく父と、取り巻く家族の困惑。そんな中、今度は母に末期のがん...もっと読む

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コメント

maaaikkaaaaaz 自分に必要な忌引きをとる。 これ、とても大事なことだと感じる。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

yumikomoriya 「無条件に私を見守ってくれていた母がいなくなったら、私はたった一人になってしまう。そう強く思っていた。でもそうか、私にはまだ、父がいたんだな。」 約2ヶ月前 replyretweetfavorite