テーブルの上で、男女が指を絡み合わせている。年の頃は男60代、女50代といったところか。場所は郊外のファミレス、このご時世か人はまばらだ。それゆえに、いかにもな不倫カップルは悪目立ちしていた。
田舎の中年男女そのもの
私は、仕事をしているふりをしてふたりを観察していた。「ねえ、××君」と女が三田寛子さんばりの鼻にかかった声で語りかければ、「なぁに、××ちゃん」と男が前屈みになって顔をよせる。ふたりの容姿はといえば、田舎の中年男女そのものだ。男は意味不明なロゴとイラストが描かれたTシャツにスラックス、両方とも洗濯しすぎなのかヨレていて明らかにサイズオーバー。女は体型隠しなのかやはりヨレているのか、ダボついたロングのジャンパースカート、落ちかけたパーマヘアをターバンで上げている。化粧っけはなし。
「ねえ、××君。お仕事はどう?」
「うん、××ちゃん。なんとか順調だよ」
「マスクしながらじゃ大変ね」
「うん、ドリンク取ってくる」
「マスクしなきゃだめよ」
と、聞いているこちらが(ていうか、隣にいるので勝手に聞こえてくる)辟易する堂々巡りな会話なのだが、もしかしたらおおっぴらに会いつつ、何か後ろ暗いところがあるのかもしれない。不倫と仮定するなら十分に後ろ暗いが。
このコロナ禍にねぇ、と半ばあきれたところで、私は先日母から聞いた話を思い出したのだ。お隣の埼玉に実家がありながら、もう数ヶ月も帰省できないでいた。母とは1週間に何度か電話をかけあっている。
母から聞いた話に驚愕
『ねえねえ、美樹ちゃん。お母さん、この間恋愛相談されたのよ』
恋愛相談? ちなみに母は今年80歳になる。となると、相談相手も同世代になりそうだが。
『それがね、お母さんより年上の女性なんだけど。60代の男から求婚されたんだって』
「え?! その女性って財産家なの?」
すいません、とてもいやらしいのだけど、つい財産目当てだと思い込んだのだ(ていうか、誰もが一番に危惧するだろう)。
『違うのよ、財産家なのは男のほう』
お母さん、その女性の画像を送って!と鼻息を荒くしそうになったが、母は写メはおろかLINEもメールもしない。むしろ拒否っている。
「お母さん、その女性ってどんな女性? 相談されるってことは仲良しなんでしょ」
『うん。長年、愛人生活をされててね。旦那を亡くしてからは、何年もひとりでいたのよ』
愛人。旦那。心くすぐる昭和テイストな単語。そうはいっても、80代だ。美貌を保つのも限界があるだろうし、体力も衰えているはずだ。でも80代で、しかも20歳も年下の男性にプロポーズされるって、いったいどんな秘訣があるのだろうか。今後のためにもぜひ知りたい。
『愛人だった、ってのを知ったのは最近なんだけど。聞いて納得したのよ。あの人、世界がここにない感じだったから』
世界がここにない、とは。浮世離れしている、という意味だろうか。
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