保育園と幼稚園はどう違う?!両方に通ってハッキリした子どもの変化

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装が趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた……。今回は、幼稚園と保育園と、どちらにも通わせてみて感じた子どもの変化について語ります。

この保育園に通わせたい!


Kangarooさんによる写真ACからの写真

20年近く暮らした東京を離れて京都に引っ越したとき、長女は5歳、次女は3歳だった。
子どもたちの身の回りの世話をしながら、衣類や家具などを買い揃え、実家の近くとはいえ友達も知りあいもいない場所で仕事を探さなければならず、毎日が悪戦苦闘の連続……。
ぶじに保育園に入れるまで、2ヶ月間ほどかかった。

家から歩いて5分ほどのところに小さな保育園があることは知っていたので、引っ越してすぐに見学に行った。
30年前から続いている保育園で、木造の園舎も備品も古びて風格があった。
教室も園庭もホールも小さかったが、不思議とそのなかにいると気持ちが和らいだ。

さらに興味を引かれたのが、この保育園では1年じゅう半袖半ズボンで裸足で過ごしてもらう、と園長先生が仰ったこと。
真冬はさすがに半袖の上に薄長袖を重ねてスニーカーを履くが、下は半ズボンらしい。
免疫力を高めて体を丈夫にするためとのことだが、実際に園庭を薄着で走り回っている園児たちの笑顔は、とても自然で伸び伸びとしていた。

京都市内とはいえ市街地から離れていて、あたりには田んぼと畑と山と川しかない。
そののどかな風景をバックに半ズボンの子どもたちが楽しそうにしている姿に、私は何ともいえない安心感を抱いた。
—こういうところで見てもらえば、子どもは守られる気がする。
直観的にそう思ったのだ。

どこでもいいから通わせたい

翌日には役所に行って、空き状況を調べた。
ところが2月の頭ということもあり、定員に空きはなく、3月にまた来年度の申請をすることにした。

東京にいた頃は吉祥寺に住んでいたので、保育園の入所申請は宝くじを買うようなものだった。
ちょっと遠くの園まで視野に入れて第3志望まで書いてもどこも通らず、長女が3歳のときに武蔵村山市に引っ越してようやく入れることができたが、それでも第3志望のところだった。

京都市はその当時で5年間連続で待機児童0人が謳われていたので、4月には入所できるだろうと踏んだ。
そして、4月までは幼稚園に通わせることにした。

その幼稚園は、見学に行ったときにピンとくるものがなかった。
広くて綺麗で遊具も立派だったが、「ここに通わせたい」と強く感じなかったのだ。
でもそんなことは言っていられない。

まだ手のかかる子どもたちを見ながら仕事をすることは難しいし、子どもたちも誰とも会わず家のなかや近所だけで過ごすことにストレスを感じているようだったから。
年中と未就園児にあたる2人を連れて行ける場所は限られている。
児童館やそれに類した施設に来ているのは生後間もない赤ちゃんから2歳くらいまでの子どもたちなのだ。
遊びの種類が違うし、2人はすぐに飽きてしまう。
真冬の時期なので、公園で長時間遊ぶことはできないし、屋内で遊べる場所が近くにはほとんどなかった。
なにより、友達との関りのないなかでずっと家で過ごさせることがかわいそうだった。

とりあえず、もうどこでもいいから通わせたい、と焦っていた。

幼稚園の利用料の高さにびっくりした


アディさんによる写真ACからの写真

そこで見つけたのが、少し離れたところにある私立幼稚園だった。
幼稚園の場合は、保育園とは違い、役所を通さなくてもその施設が認めれば即日から通わせることができる。
見学に行ったその日に入園手続きをしたのだが、利用料の高さにびっくりした。

入学金が6万円に、制服や体操服、お道具箱などの備品代が7万円。
月々の利用料が3万7000円に、給食費が3000円かかり、行事があるとそのぶんの経費がプラスされる。

たとえば入園した2月には生活発表会があった。
生活発表会とは、それぞれのクラスごとに1か月間ほど歌や芝居の練習をして、そのお披露目会をするというイベントだ。

長女の入った年中組は、ももたろうの劇をすることになっていたのだが、練習の後半に差しかかるタイミングだったため、長女は練習に参加できず、その時間はいつも後ろで見学していたらしい。
にもかかわらず、生活発表会を観に行っても行かなくてもひとり1800円が徴収されるという。
会場費や衣装代にお金がかかるからだと説明を受けた。

当日、子どもたちと一緒に生活発表会を観に行った。
普段は映画上映会やコンサートなどに使われている、数百人規模のホールが会場になっていた。
観客席でお互いに離れて座る保護者やきょうだいたちの前で、舞台に立った子どもたちはヒップホップダンスを踊り、豪華な衣装を着て立派なセットの前で長いセリフを流ちょうに喋った。

年長組はミュージカル「アニー」を演じたが、申し訳ないが観ていても内容がいっさい頭に入ってこなかった。
セリフも歌も踊りもばっちりなのに、伝わってくるものがないのは、心からやりたいと思っていないからじゃないだろうか、と思った。
立派な舞台じゃなくても、適当なセットや衣装でも、子どもたちが笑顔で生き生きと演じていれば、それだけで最高の発表会になるのにな、と。

もちろん、年長組には知っている子が全くいないし、子どもを入れて2週間ほどしか経っていない幼稚園にも思い入れがない。
ましてや自分の子どもたちが参加していないのだから、強い興味を持って観ることはそもそも難しい。
そういえば蛭子能収氏は他人の子どもに全く興味がなく、友達から子どもの写真を見せられても、骨とう品の壺の自慢をされているみたいで困惑するだけだ、とどこかで書いていた。
だがその壺に、本当に人の心を打つ強い力があれば、趣味を解さない人にも魅力は伝わるのではないだろうか。

—もっと強く押して!

とにかく、この幼稚園は私の子どもたちには合わないな、と感じた。
お迎えに行くと、かわいい制服と制帽に身を包んだ子どもたちが玄関に現れるのだが、2人とも硬い表情を浮かべていた。
2ヶ月間通っているあいだ、2人とも友達らしき友達ができなかった。
それどころか、他の子の名前もろくに覚えていない。

送迎時には玄関先で子どもの受け渡しをするので、私自身も他にどんな子がいるのかがよくわからないし、保護者との交流もいっさいなかった。
子どもたちが幼稚園でどう過ごしているのかも、子どもたちや先生から聞く範囲のことしかわからなかった。

ようやく園のなかの様子を知ることができたのは、授業参観日のときだった。
教室には小学校のように机が並べられていて、先生の指示でみんなが同じ作業をしている。
私自身が学校にも会社にも馴染めず、集団行動が苦手だったからかもしれないが、子どもたちの表情はずいぶんこわばって緊張しているように見えた。

幼稚園から帰ってから、長女が癇癪を起すこともあった。
はっきりした理由もなく、大声で泣き喚いたり暴れたりする。
そんなとき、私は子どもたちを連れてすぐ近くの公園に行った。

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女装パパが「ママ」をしながら、家族と愛と性について考えてみた。

仙田学

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた。仕事と家事・育児に追われる日々、保育園や学校・ママ友との付き合い、尽きることのな...もっと読む

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