第1章 見えない檻から飛び出そう vol.1 「ゼロ」だった子供時代

「ゼロの自分に、イチを足そう。」――すべてを失い、「ゼロ」からのスタートを踏み出そうとしている堀江貴文さん。どんな困難に直面しても、彼が希望を捨てずに新たな挑戦に挑むことができるのは、いったいなぜ? 福岡県・八女での少年期という、堀江さん最初の「ゼロ」の時代を振り返りながら、そのルーツに迫ります。多くの反響を受けた第0章に引続き、無料公開です! 11月5日(火)に発売される堀江貴文さんの書き下ろし単行本『ゼロ——なにもない自分に小さなイチを足していく』の内容を、cakesでいちはやくお届けしていきます。

(初回を読む)

父と母のいない風景

 都心の繁華街が賑わいを見せはじめる午後9時。長野刑務所は、ひっそりと消灯時間を迎える。建物全体がしんと静まりかえり、ときおり聞こえるのは誰かが咳をする音くらいだ。今日もよく働いた。心地よい疲労感に包まれながら、布団に横たわって目を閉じる。すべての疲れを癒してくれる布団の感触は、ある人の背中に似ていた。人生でいちばん最初の記憶に残る、ある人の背中だ。記憶をさかのぼって思い出す。
 浮かんでくるのは、曾おじいちゃんにおんぶされている風景だ。
 福岡県の片田舎で、農業を営んでいた曾祖父の家。そこへと向かう長い坂道の途中、曾おじいちゃんは思いついたように僕をおんぶしてくれた。僕の年齢は2歳くらい。どんな声をかけてくれたのかは、もう覚えていない。
 おそらくその日、曾祖父の家には父も母もいたのだと思う。しかし、僕の記憶から彼らの姿は消えてしまっている。覚えているのは背中の温もりと、夏の暑い陽差し、そして見渡すかぎりに広がる田畑の緑だけだ。言葉さえおぼつかない僕は、完全な「ゼロ」だった。

 自分の家が周りと違うことに気がついたのは、小学生のころだった。
 多くの小学生が胸を躍らせ、気恥ずかしさと緊張感の中で迎える恒例行事、授業参観。浮ついた友達たちをよそ目に、僕は毎年「早く終わらないかな」と退屈していた。緊張したりワクワクしたりする要素なんか、どこにもなかった。
 なぜなら僕の両親は、一度として授業参観に来なかったからだ。
 愛されていなかったのかというと、それは違うと思う。いわゆるネグレクト(育児放棄)だったわけではない。共働きだった両親にとって、授業参観は仕事を休んでまで参加するイベントではなかった。「自分の仕事」と「子どもの授業参観」とを天秤にかけたとき、仕事のほうを優先すべきだと思った。それだけのことだ。
 だから僕は、両親がこなくて寂しいと思ったり、友達を見て羨ましいと思ったりしないよう、自分に言い聞かせていた。うちの親はそういう親なのだし、堀江家とはそういう家なのだ。

 1972年10月29日、僕は福岡県南部の山間部に位置する八女市に、堀江家の長男として生まれた。以来、兄弟のいないひとりっ子として、両親と父方の祖母を含めた4人で暮らすこととなる。
 父は、典型的な昭和のサラリーマン。日産ディーゼル福岡販売というトラック販売会社の、佐賀支店に勤めていた。具体的にどんな仕事をしていたのかは、よくわからない。家庭で仕事の話をすることはほとんどなかった。地元の高校を卒業し、そのまま地元の企業に就職して、ずっと同じ会社に勤務する。定年まで勤め上げることはなく、最後は肩たたきにあって早期退職した人だ。
 お酒に弱く、趣味は野球観戦。大好きな巨人が負けると、途端に機嫌が悪くなる。こっちがどんなに疲れていても、肩を揉めだの、背中を踏めだの、大きな声で命令してくる。不服そうな素振りを見せると、すぐに手が出た。

 そんな父の口癖は、「せからしか!」だった。福岡の言葉で「うるさい」とか「やかましい」といった意味の方言だ。理屈っぽい僕が少しでも反論しようものなら、この決まり文句とともに平手打ちが飛んでくる。怒りのあまり、そのまま庭の木に縛りつけられたこともあった。
 では、父が暴力に明け暮れる頑固者だったかというと、決してそうではない。お酒を飲まないときの父は、物静かで穏やかな人だった。特に、中学生になって僕が身長で追い越してからは、手を上げることもなくなった。小学生のころには年に一度の海水浴を恒例にしていたし、遊園地に連れて行ってくれたこともあった。その意味でいうと、ごく普通の父親だ。
 しかし、ひとつだけ「普通」と違ったことがある。
 父と出かける先に、母の姿がなかったことだ。
 海に行くのも、遊園地に行くのも、いつも父と僕の二人だけだった。そしてどういうわけだか僕は、母がいないのを当たり前のこととして受け止めていた。少年時代の子どもらしい思い出に、母の姿はほとんどない。
 酔っ払った父の「せからしか!」なんて、どうってことなかった。堀江家の中でもっとも気性が激しかったのは、間違いなく母だった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ケイクス

この連載について

初回を読む
ゼロ—なにもない自分に小さなイチを足していく

堀江貴文

「誰もがゼロからスタートする。失敗してもゼロに戻るだけで、決してマイナスにはならない。だから一歩を踏み出すことを躊躇せず、前へ進もう」――なぜ堀江貴文さんは、逮捕されてすべてを失っても希望を捨てないのか?  彼の思想のコア部分をつづる...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

masa_mynews ホリエモン家のしつけ。なんか福岡っぽさはある/父の口癖は、「せからしか!」だった。…理屈っぽい僕が少しでも反論しようものなら、この決まり文句とともに平手打ちが飛んでくる。怒りのあまり、そのまま庭の木に縛りつけられたこともあった。 https://t.co/CF2OO9QyR7 1年以上前 replyretweetfavorite

IchiroNISHIMIYA https://t.co/1iI6kaDv9A 『ゼロ』 https://t.co/xcd3uiuBeE 堀江貴文が今伝えたいこと。 https://t.co/JSGMxCnO7e @takapon_jp 1年以上前 replyretweetfavorite

capella4wd 昨日の話と繋がるけど福岡出身の堀江貴文さんの著作の『ゼロ』にある母親の話(https://t.co/h8GjSwt3sn)は興味深い。青森の方も同様らしい⇒http://t.co/7LaNN7VdqF @gamayauber01 サディスティックな怒り方…役割が入れ替わっている。 2年以上前 replyretweetfavorite

nabekichi32 たしかホリエモンも高卒のサラリーマン家庭で文化資本の無い環境だったハズ。 そんなヤツが久留米大敷設に中受して入るんだから、なんかありそうな気もするんですけどね。 https://t.co/s5Xn99Kxb6 約3年前 replyretweetfavorite