第0章 それでも僕は働きたい

「誰もがゼロからスタートする。失敗してもゼロに戻るだけで、決してマイナスにはならない。だから一歩を踏み出すことを躊躇せず、前へ進もう」――なぜ堀江貴文さんは、逮捕されてすべてを失っても希望を捨てないのか?  彼の思想のコア部分を、その「自伝的告白」と絡めながらつづる著書『ゼロ――なにもない自分に小さなイチを足していく』が11月5日(火)に発売されます。cakesでは発売に先駆け、その全原稿を月・水・金の週3回で連載。日本を変える覚悟をもって書かれた「堀江本」決定版の内容を、いちはやくお届けします。

すべてを失って残ったもの

 久しぶりに嫌な夢を見た。
 周りのみんなが離れていく夢だ。
 みんなが足早に歩いている。具体的な誰が、というわけではない。顔の見えない「みんな」が背中を向け、僕の元から去っていく。「おーい、待ってくれ! おいていかないでくれ!」。どれだけ大声で叫んでも、その声は届かない。まるで僕なんか存在しないかのように、すたすたと歩いていく。僕だけが取り残されて、その場に立ちつくす……。
 全身汗だくになって目を覚ましたとき、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。たった3畳しかない殺風景な畳部屋と、見慣れぬ白い天井。粗末な煎餅布団の隣には、小さな机が置かれている。ここでようやく我に返った。そうだ、僕は3日前にこの長野刑務所に収監されたのだった。2011年、6月末のことだ。言い渡された刑期は2年6ヵ月。それがどれくらいの長さなのか、当時の僕にはまったく想像がつかなかった。

 2000年代の前半、僕は時代の寵児と呼ばれていた。
 学生時代に起業したIT企業が、27歳を迎えた2000年4月に東証マザーズ上場。そして2004年には当時の近鉄バファローズ買収に名乗りを上げ、メディアに大きく採り上げられることとなる。続く2005年にはニッポン放送の筆頭株主となり、特にニッポン放送の子会社だったフジテレビとの関係については、日本中を巻き込むほどの大騒動となった。
 当時、僕のことを毛嫌いする中高年層が多かったのは事実だ。生意気だとか、強欲な金の亡者だとか、ITなんて虚業だとか、さまざまな批判を浴びた。
 しかし、批判と同じかそれ以上に、若い世代からの支持を得ていた実感があった。たとえば、近鉄バファローズ買収騒動のなかで生まれた「新規参入」という言葉は、その年の流行語大賞のトップテンにランクインした。さらに、ニッポン放送の株式取得にあたって僕の語った「想定内、想定外」という言葉は、その年の流行語大賞で大賞を受賞した。起業家ブームの象徴として、「あこがれる経営者」ランキングで日産のカルロス・ゴーン氏に次いで2位に選ばれたりもしていた。
 ネットユーザーからは「ホリエモン」と愛称で呼ばれ、2005年に出馬した衆議院選挙では、たくさんのボランティアスタッフや若い有権者の熱い支持を実感することができた。選挙には敗れたものの、会社は相変わらず順調で、なにも問題ないように思えた。さらに大きな夢を実現しようと、ひたすら前に進んでいた。
 ところが、翌2006年の1月。僕は東京地検特捜部から強制捜査を受け、証券取引法違反の容疑で逮捕されることとなる。ライブドアの前身である有限会社オン・ザ・エッヂを設立してから、ちょうど10年目のことだった。

 その後、2年6ヵ月の実刑判決を受けて刑務所に収監された僕について、「ざまあみろ」とせせら笑った人もいれば、「これでアイツも消えてくれる」と胸をなで下ろした人もいるだろう。あるいは「かわいそうだ」と同情してくれた人もいるかもしれない。
 たしかに僕は、すべてを失った。
 命がけで育ててきた会社を失い、かけがえのない社員を失い、社会的信用も、資産のほとんども失った。
 まだ判決も出ていないうちから犯罪者扱いされ、メディアはここぞとばかりにバッシングをくり返し、「ホリエモン」は欲にまみれた拝金主義者の代名詞となった。手のひらを返すように、僕の元から離れていった人たちも大勢いる。
 さらには実刑判決を受け、刑務所送りとなる。テレビ局やプロ野球球団の買収にまで名乗りを上げた数年後には、独房に閉じ込められ、高齢受刑者の下の世話をしているのだ。誰がどう見ても、これ以上ない凋落ぶりだろう。
「刑務所の中で、どんなことを考えていましたか?」
「刑期を終えて出所したら、最初になにをやりたいと思っていましたか?」
 出所後のインタビューで、よく聞かれる質問である。僕の答えはこうだ。
「早く働きたい、と思っていました」
 ひっそりと静まりかえった、長野刑務所の独居房。僕の脳裏に、恨みや絶望といったネガティブな感情がよぎることはなかった。強がりでもなく、善人ぶっているのでもなく、これは嘘偽りのない話だ。
 収監されてから仮釈放されるまでの1年8ヵ月間、僕の心を捕らえて放さなかった言葉、それは次のひと言に尽きる。
「働きたい」
 そう、僕は働きたかった。とにかく僕は働きたかったのだ。

嗚咽号泣した孤独な夜

 ライブドアの経営者時代はもちろん、出所後の現在も、僕は分刻みのスケジュールで働いている。長野刑務所に収監されていたときも同様だ。刑務所から与えられた介護衛生係としての仕事を淡々とこなす一方、メールマガジン用の原稿執筆など個人的な仕事にも力を入れてきた。刑務所まで面会にきてくださった方に「なにか差し入れしてほしいものはある?」と聞かれ、思わず「仕事!」と即答して呆れられたほどである。
 いったいなぜ、僕はそこまで働き続けるのだろう?
 働く理由なんて、深く考えたことはなかった。「働くことに理由はいらない」「働くなんて当たり前」。シンプルにそう片づけてきた。しかし、ある出来事をきっかけに、僕は自分が働く意味について深く考えるようになる。

 証券取引法違反の容疑で逮捕された、2006年のことだ。
 東京拘置所に身柄を拘束され、東京地検特捜部の担当検事からの取り調べを受けていた僕は、徐々に神経を磨り減らしていった。取り調べそのものがつらいのもあったが、それ以上に苦しかったのが、終わりの見えない独房暮らしだ。
 無罪を主張し、容疑を否認しているうちは保釈が認められない。そして僕のような経済事件の被疑者は口裏合わせを封じるためか、すべての人間との接見が禁じられ、担当弁護士としか面会できない。
 逃げ場のない独房の中、誰とも会話することなく、なにもしないで暮らす日々。言葉にするとなんでもないことのようだが、これがどんなに耐えがたいことか。
 たとえば独房のドアは、内側から開かないしくみになっている。部屋の中から見ると、ドアノブさえついていない、ただの鉄板だ。食事を通す穴は、ドアの横に小さく設けられている。さらに、独房には時計がなく、室内に設置されたトイレもむき出しだ。そんな閉鎖環境で誰とも話すことなく過ごしていると、さすがに精神がやられてくる。
 僕は少しずつナーバスになり、睡眠薬や精神安定剤に頼ることが増えてきた。
 こんな状態が延々と続くくらいなら、いっそ検察の調書にサインしてしまおうか。「違法性の認識はなかったけど、結果的に違法行為と見られても仕方ないことをした」くらいだったら認めてしまってもいいんじゃないか。それで執行猶予がつくのなら、決して悪い話じゃない。無罪を主張したところで、どうせ裁判で勝ち目はないだろう。なんといっても、調書にサインすればここから出られるんだ。ひとりきりの独房はもう嫌だ……。そんなふうに心が揺れることもあった。明らかに追いつめられ、情緒不安定になっていた。
 そんなある日の夜だった。
 目が冴えてしまい、布団に入ってもまったく眠気がやってこない。早く寝ようと思うほど、精神が高ぶってくる。そのまま何時間も悶々としていたところ、刑務官の規則正しい足音が歩み寄り、ドアの前で立ち止まった。……うなり声が漏れてしまったのか。深夜の拘置所内に、一瞬の静寂が流れる。すると刑務官は、食事用の穴から囁くように語りかけてきた。
「自分にはなにをしてあげることもできないけど、どうしても寂しくて我慢できなくなったときには、話し相手になるよ。短い時間だったら大丈夫だから」
 ぶわっ、と涙があふれ出た。
 頭まで布団をかぶり、声を震わせながら泣いた。泣きじゃくった。
 顔を見なくてもわかる。声の主は、独房から面会室までの間を何度か誘導してくれていた、若い刑務官だった。名前なんて知らないし、知りようがない。でも、その精悍な顔立ちと穏やかな声は、いまでもはっきり覚えている。あふれる涙が止まらない。こんなところにも、こんな僕に対しても、人の優しさは残っていたのだ。
 きっともう、直接お礼を伝えることはできないだろう。ほんとうに、ほんとうに感謝している。彼の優しさがなければ、僕の心は折れていたかもしれない。

 隠すことでもないだろう。僕は無類の寂しがり屋だ。
 よく「ひとりになれる時間が必要だ」とか「誰にも邪魔されない時間を持とう」といった話を耳にするけど、その気持ちがまったく理解できない。これまでの人生で、「ひとりになりたい」と思ったことがないのだ。できれば朝から晩まで誰かと一緒にいたいと思うし、たとえそれがインターネットや携帯電話であっても、誰かとつながっていたい。
 そんな僕にとって、東京拘置所での独房生活は、まさに地獄の日々だった。
 その後移送された長野刑務所のほうがずっとマシだ。刑務所の中であれば、工場での仕事を通じて、受刑者との交流が、多少はある。たとえ私語が禁止されていようとも、気に食わない受刑者がいようとも、独房でひとり孤独に震えているよりはずっといい。

 たとえば収監から3日目の夜に見た、みんなが僕の元を離れ、ひとりだけ取り残される夢。よほど追いつめられていたのだろう。少なくともライブドア時代、あれほど寂しい夢を見た記憶はない。こんな夢にうなされる日々が続いていくのか、それが刑務所暮らしなのかと、うんざりさせられた。
 しかし、そこから3ヵ月後の日記に、僕はこんなことを書いている。

「そういえば、最近やる気が湧いてきた。出所したら真っさらになるので、ゼロベースで事業プランを実行するつもり。夜寝る前にいつも考えている。出所するときにはもう40代でジジイになっているけど、ジジイはジジイなりにがんばるよ」(2011年10月3日の獄中日記より)

 やる気が湧いてきた理由、自分の心を大きく変えることができた理由、それは独房に閉じ込められる日々から解放されたおかげだ。介護衛生係として刑務所内での仕事をこなし、メルマガなどの仕事をこなし、多少なりとも他者(受刑者や面会者、メルマガ読者の声など)と触れ合う中で、少しずつ自分を取り戻していけたおかげだ。
 思えば僕は、ずっと前から知っていた。
 働いていれば、ひとりにならずにすむ。
 働いていれば、誰かとつながり、社会とつながることができる。
 そして働いていれば、自分が生きていることを実感し、人としての尊厳を取り戻すことができるのだと。
 だからこそ、僕の願いは「働きたい」だったのだ。

いまこそ「働くこと」を考えたい

 本書の中で僕は、「働くこと」について考えていきたいと思っている。
 自由の身になって、ゼロ地点に立ち返ったいまこそ、もう一度自分にとっての「働くこと」の意味を考え、その答えを多くの人たちと共有したい。
 どこで働き、誰と働き、どんな仕事を、どう働くのか。そもそも人は、なぜ働くのか。このままの働き方を続けていてもいいのか。これは僕の個人的な問題意識であり、同時にいまの日本全体に投げかけられた問いでもある。
 たとえば、メールマガジン(堀江貴文のブログでは言えない話)にQ&Aコーナーを設けていることもあり、僕は10代や20代の若い世代から相談を受ける機会がとてつもなく多い。メルマガだけでも述べ1万本以上もの質問に答え、しかもツイッターでの質問まで無数に飛んでくる。そしてその多くは、仕事に関する相談だ。
 いまこんな会社に働いているのだが、どうすればいい転職ができるか。
 独立して起業したいのだが、どんなビジネスプランが考えられるか。
 こんなアイデアを持っているのだが、勝算はあると思うか、などなどである。
 彼らの声を聞いていて感じるのは、みんな「掛け算の答え」を求めている、ということだ。もっとわかりやすい言葉を使うなら、成功へのショートカットを求め、どうすればラクをしながら成功できるかを考えている。もしかしたら、僕に聞けば「ラクをしながら成功する」答えが得られると思っているのかもしれない。

 でも、ここで確認しておきたいことがある。
 人が新しい一歩を踏み出そうとするとき、次へのステップに進もうとするとき、そのスタートラインにおいては、誰もが等しくゼロなのだ。
 つまり、「掛け算の答え」を求めているあなたはいま、「ゼロ」なのである。
 そしてゼロになにを掛けたところで、ゼロのままだ。物事の出発点は「掛け算」ではなく、必ず「足し算」でなければならない。まずはゼロとしての自分に、小さなイチを足す。小さく地道な一歩を踏み出す。ほんとうの成功とは、そこから始まるのだ。

 刑務所の中で40歳の誕生日を迎えた僕は、あの日記にも書いたように「40代のジジイ」として、社会に戻ってくることになった。会社を失い、大切な人を失い、社会的信用を失い、お金を失い、ついでにぜい肉までも失った。心身ともに真っさらな「ゼロ」の状態だ。久しぶりに経験する「ゼロ」は、意外なほどにすがすがしい。
「出所したホリエモンはなにをやってくれるんだろう?」
 そんなふうに期待して下さっている方々に、僕はこう答えたい。
 堀江貴文は、ただ働く。それだけだ。
 ライブドア時代から続く「ホリエモン」ではなく、「ゼロとしての堀江貴文」に、小さなイチを積み重ねていくだけだ。

 僕は失ったものを悔やむつもりはない。ライブドアという会社にも、六本木ヒルズでの生活にも、愛着はあっても未練はない。
 なぜなら、僕はマイナスになったわけではなく、人生にマイナスなんて存在しないからだ。失敗しても、たとえすべてを失っても、再びゼロというスタートラインに戻るだけ。メディアを騒がせた「ホリエモン」から、ひとりの「堀江貴文」に戻るだけだ。むしろ、ここからのスタートアップが楽しみでさえある。
 ゼロになることは、みんなが思っているほど怖いものではない。失敗して失うものなんて、たかが知れている。なによりも危険なのは、失うことを怖れるあまり、一歩も前に踏み出せなくなることだ。これは経験者として、強く訴えておきたい。

カッコ悪さもすべて語ろう

 出所後の完全書き下ろし第一弾となる本書について、もうひとつ触れておきたいことがある。
「刑務所に入って、なにが変わりましたか?」
「お金に対する考え方は変わりましたか?」
 出所して以来、メディアの取材で必ず聞かれる質問だ。
 おそらく記者の方々は、「金の亡者が刑務所で改心し、更生していったストーリー」を期待しているのだろう。わかりやすく、記事にしやすい物語である。でも、僕の信念はなにも変わっていない。仕事に対する姿勢も、お金に対する価値観も、収監される前とまったく同じだ。

 ひとつだけ変わったところを挙げるなら、コミュニケーションに対する考え方だろう。
 かつての僕は、世の中にはびこる不合理なものを嫌う、徹底した合理主義者だった。そして物事をマクロ的に考え、「システム」を変えれば国が変わると思ってきた。起業も、株式分割も、さまざまな企業買収も、あるいは衆院選出馬も、すべてはこの国の「システム」を変えたかったからだ。
 きっとそのせいだろう、僕はひたすら「ファクト(事実)」だけにこだわってきた。
 言葉で説明するよりも、目に見える結果を残すこと。余計な御託は抜きにして、数値化可能な事実を指し示すこと。あいまいな感情の言葉より、端的な論理の言葉で語ること。それこそが、あるべきコミュニケーションの形だと信じ切っていた。
 しかし、理詰めの言葉だけでは納得してもらえないし、あらぬ誤解を生んでしまう。ときには誰かを傷つけることだってある。僕の考えを理解してもらうためには、まず「堀江貴文という人間」を理解し、受け入れてもらわなければならない。言葉を尽くして丁寧に説明しなければならない。
 逮捕される以前の僕は、そのあたりの認識が完全に抜け落ちていた。
 メディアを通じて多くの誤解を生んできたし、それを「誤解するほうが悪い」とばかりに放置してきた。数字を残し、結果を出しさえすれば理解してもらえると思っていたのだ。これは最大の反省点である。

 だから本書では、「これまで語られてこなかった堀江貴文」の姿についても、包み隠さず語っていこうと思う。僕がどこで生まれ、どんな家族の中で、どんな人生を送ってきたのか。なぜ東大をめざし、なぜ起業したのか。女の子にはモテたのか、モテなかったのか。カッコ悪い話も、長年抱えてきたコンプレックスも、すべて語っていきたい。きっとそれは、堀江貴文という人間を知り、僕の思いを理解してもらう上で、欠かすことのできない要素なのだ。
 思えば学生時代の僕なんて、地味でひねくれた田舎者でしかなかった。中高時代も、大学時代も、完全に落ちこぼれていた。まったく勉強しなかったし、ギャンブルにハマった時期も長い。ライブドア時代に語られてきた「中高一貫の進学校に通い、現役で東大に合格し、若くして成功したベンチャー起業家」なんてサクセス・ストーリーは、表面的な結果論に過ぎない。

 そこからどうにか変わることができたのは、小さな成功体験を積み重ね、自分の殻を打ち破ってきたからだ。「堀江貴文」という人間を、少しずつ更新してきたからだ。もちろん、一夜にして変わったわけではない。はじめの一歩は、すべて地道な足し算である。
 もし、あなたが「変わりたい」と願っているのなら、僕のアドバイスはひとつだ。
 ゼロの自分に、イチを足そう。
 掛け算をめざさず、足し算からはじめよう。
 僕は働くことを通じて、自分に足し算していった。仕事という足し算を通じて、つまらない常識から自由になり、しがらみから自由になり、お金からも自由になっていった。掛け算ができるようになったのは、ずいぶんあとになってのことだ。
 そんな僕には、確信がある。
 どんなにたくさん勉強したところで、どんなにたくさんの本を読んだところで、人は変わらない。自分を変え、周囲を動かし、自由を手に入れるための唯一の手段、それは「働くこと」なのだ。
 ある意味僕は、10代や20代の若者たちと同じスタートラインに立っている。
 ここから一緒にスタートを切り、一緒に新しい時代をつくっていくことができれば幸いである。大丈夫。あなたも僕も、未来は明るい。

全国で大ヒット中! すべてを失いながらも堀江さんが前を向き続けることのできる理由とは。読めばあなたも「ゼロ」から踏み出したくなる一冊です。

ケイクス

この連載について

ゼロ—なにもない自分に小さなイチを足していく

堀江貴文

「誰もがゼロからスタートする。失敗してもゼロに戻るだけで、決してマイナスにはならない。だから一歩を踏み出すことを躊躇せず、前へ進もう」――なぜ堀江貴文さんは、逮捕されてすべてを失っても希望を捨てないのか?  彼の思想のコア部分をつづる...もっと読む

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