第13回】望まぬ電話

執筆中の小説のセックスシーンを死守するべくザックに懇願した結果、5週間でまるまる1冊分の書き直しをすることになったノーラ。さあこれからが大変。そんな折に電話をかけてきたのは……。大人の女性に極上の恋愛を届け続けるハーレクイン社の刺激的な新レーベル”エロティカ”より、好評発売中の小説『セイレーンの涙――見えない愛につながれて』の一部をお届けします。

 あと五週間……。

 ノーラの目の隅に涙がたまり、止める間もなくこぼれて頬を伝った。涙を袖でぬぐい、まばたきをする。長いあいだパソコンの画面を見つめていたせいで、目が潤んでいた。作業のバックアップをしながら伸びをする。メールをチェックしたらお風呂に入ろう。エージェントからのメールをざっと見て、スパムメールを何通か削除した。ログアウトする直前に、新しいメッセージが受信箱に飛びこんできた。ザックからだ。題名は“セックスのことだけど”

「もう、ザカリーったら」

 ノーラはひとり笑った。
 そのメールは二スクロール分にもおよび、なぜセックスシーンの大部分をカットする必要があるか、いちいち理由が細かく説明されていた。ノーラは“正当性のない”という言葉が五回出てきたところで読むのをやめた。

〈おもしろくない人ね〉

 返事を書く。

〈シーン三つにとどめるだけじゃだめなの?〉

 ザックは明らかにまだパソコンの前にいるようだ。ただちにひと言だけ返ってきた。

〈だめだ〉

〈ふたつでは?〉

 ノーラは返信した。

〈だめ〉

 ノーラは笑いすぎて椅子から転げ落ちそうになった。私からのいらだつメールが来るたびに眉間のしわが深くなるだろう、険しくもじつに端整な容貌を想像する。

〈ひとつでは? いいものにするって約束する。お願い。子犬買ってあげるから〉

〈僕は犬アレルギーだ〉

 ノーラは唇を噛んで頭の中の車輪を回転させた。

〈ゲームしましょうよ〉

 ノーラは書いた。

〈濡れ場を三箇所のままにしてくれるなら、今週五十ページ余分に渡すわ。もちろんみっちり編集したものを〉

 ノーラは息をつめて返事を待った。ようやく一通のメールが受信箱に現れた。

〈いいだろう。だけど紙上のセックスはプロットとキャラクターに進歩が見られるものにすること。さあ、おふざけはやめて書き始めろ。残り五週間で書き直しは四百ページだ〉

〈子犬は私が飼うわね〉

 ノーラは書き送った。返事がなくても驚きはしなかった。
 新しい章に関するザックの最新のメモを読み直していると、ホットラインが鳴った。キッチンからはるばるオフィスまで、クラクションの着信音が聞こえる。げっそりして立ち上がり、とくに急ぎもせずにそちらへ向かう。到着すると、ウェスリーが携帯電話を手にしてカウンターのそばに立っていた。妙にくたびれた陰鬱な顔だ。彼は何も言わずに電話をノーラに渡すと、横を通り過ぎていった。

「キング、私に電話するのをやめないと、ほんとに殴るわよ」

「誘惑してるんだね、愛しい人」

 ノーラは歯ぎしりをし、そして深呼吸をした。キングズリー・エッジより頭にくる男がこの世にいるだろうか。ソルン—ノーラは思い出した。ソルンだけだ。

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セイレーンの涙—見えない愛につながれて

ティファニー・ライス

大人の女性に極上の恋愛を届け続けるハーレクイン社から、刺激的な新レーベル“エロティカ”が初めて刊行されました。これを記念してcakesでも、“エロティカ”から9月15日に発売された小説『セイレーンの涙――見えない愛につながれて』の一部...もっと読む

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