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あと五週間……。
ノーラの目の隅に涙がたまり、止める間もなくこぼれて頬を伝った。涙を袖でぬぐい、まばたきをする。長いあいだパソコンの画面を見つめていたせいで、目が潤んでいた。作業のバックアップをしながら伸びをする。メールをチェックしたらお風呂に入ろう。エージェントからのメールをざっと見て、スパムメールを何通か削除した。ログアウトする直前に、新しいメッセージが受信箱に飛びこんできた。ザックからだ。題名は“セックスのことだけど”
「もう、ザカリーったら」
ノーラはひとり笑った。
そのメールは二スクロール分にもおよび、なぜセックスシーンの大部分をカットする必要があるか、いちいち理由が細かく説明されていた。ノーラは“正当性のない”という言葉が五回出てきたところで読むのをやめた。
〈おもしろくない人ね〉
返事を書く。
〈シーン三つにとどめるだけじゃだめなの?〉
ザックは明らかにまだパソコンの前にいるようだ。ただちにひと言だけ返ってきた。
〈だめだ〉
〈ふたつでは?〉
ノーラは返信した。
〈だめ〉
ノーラは笑いすぎて椅子から転げ落ちそうになった。私からのいらだつメールが来るたびに眉間のしわが深くなるだろう、険しくもじつに端整な容貌を想像する。
〈ひとつでは? いいものにするって約束する。お願い。子犬買ってあげるから〉
〈僕は犬アレルギーだ〉
ノーラは唇を噛んで頭の中の車輪を回転させた。
〈ゲームしましょうよ〉
ノーラは書いた。
〈濡れ場を三箇所のままにしてくれるなら、今週五十ページ余分に渡すわ。もちろんみっちり編集したものを〉
ノーラは息をつめて返事を待った。ようやく一通のメールが受信箱に現れた。
〈いいだろう。だけど紙上のセックスはプロットとキャラクターに進歩が見られるものにすること。さあ、おふざけはやめて書き始めろ。残り五週間で書き直しは四百ページだ〉
〈子犬は私が飼うわね〉
ノーラは書き送った。返事がなくても驚きはしなかった。
新しい章に関するザックの最新のメモを読み直していると、ホットラインが鳴った。キッチンからはるばるオフィスまで、クラクションの着信音が聞こえる。げっそりして立ち上がり、とくに急ぎもせずにそちらへ向かう。到着すると、ウェスリーが携帯電話を手にしてカウンターのそばに立っていた。妙にくたびれた陰鬱な顔だ。彼は何も言わずに電話をノーラに渡すと、横を通り過ぎていった。
「キング、私に電話するのをやめないと、ほんとに殴るわよ」
「誘惑してるんだね、愛しい人」
ノーラは歯ぎしりをし、そして深呼吸をした。キングズリー・エッジより頭にくる男がこの世にいるだろうか。ソルン——ノーラは思い出した。ソルンだけだ。