怪奇小説などで知られる江戸川乱歩こと平井太郎は大学を卒業して、25歳くらいから30歳までの間に十数回職を変えた。大卒後に同郷の政治家である川崎克のコネで貿易商社に入るものの、飽きてしまって退職。ブラブラした後、今度は造船所に就職する。上司に気に入られ、会社に行くのが面倒なときは休むという勤務態度ながらボーナスが20ヶ月分。地上の楽園のような会社だったが、そこも、飽きて辞めてしまう。おまけに、地元の料理屋に借金までつくって遁走。「おいおい、どうするんだよ」と江戸川乱歩の作品よりも乱歩の人生にドキドキしかねないよ、というところまでが前回のお話。
「呑気で楽しかったと無邪気に振り返っている場合じゃないだろ、夜逃げかよと」と唖然とした人もいるだろう。だが、乱歩自身はこの件については、作家として名をなしてから返済したと、なぜか、ドヤ顔だ。メジャーになって、過去のことを蒸し返されたくないから返済しただけではと思うのだが、どうなのだろうか。今なら、当時を知るA子さんやB子さんがリークしてネットで大炎上間違いない事案である。
ちなみにこの造船所は当時飛ぶ鳥を落とす勢いの鈴木商店の傘下の鳥羽造船所だった。鈴木商店は一時は日本一の総合商社として君臨したものの昭和恐慌のさなかに破綻したが、鳥羽造船所は今も東証一部上場企業のシンフォニアテクノロジー株式会社として存続している。そして、驚くべきことに、同社のホームページには江戸川乱歩が在籍していたことが描かれている。非常に前向きに描かれているが、無断で職場から逃走してもホームページで紹介するなんて心が広過ぎるのは気のせいだろうか。
さて、当然、遁走した乱歩の生活は行き詰まる。困った、困った、どうしようと再び、川崎克に泣きつく。乱歩は十数回の転職のうち、半分くらいは川崎克の紹介で就職している。
「何度しくじっても、こりないで面倒を見て下さったのである」(『江戸川乱歩全集』光文社)。乱歩の面の皮が厚いのか川崎先生が心がこれまた広いのか。周囲に恵まれている感が凄いが、最終的に世に出る人というのはそうした運を持ち合わせているのだろう。
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