時短」よりも、気持ちに余裕が生まれる「時増」という考えかた

自身初となる料理本『cook』を刊行した坂口恭平さんと、スープ作家の有賀薫さんが「料理とは何か」をテーマにトークイベントを開催しました。料理によって自らの心身を整える坂口さんと、家庭料理の新しいスタイルを追う有賀さんが、現代人をとりまく“キッチンの悩み”を語り合います。

時短よりも「時増」を考えてみる

有賀 私は2016年に、最初のスープの本を出しましたが、最近は料理本の「時短」ニーズを強く感じるんです。私のスープは、だいたい15分以内でつくれるんですね。それがだんだん「5分で」「いや、3分で」というふうになってきていて……3分だと、お湯も沸かせない(笑)。

でも、10分のスープが5分でできたとして、一日のなかでその浮いた5分は何に使われているんだろう、とも思うんです。朝の5分を余分に寝ていたいからなのか、それとも料理そのものに背を向けたい気持ちがあるからなのか……。

坂口 朝の5分を余分に寝たいのかぁ。一度、僕自身の話をしてもいいですか。僕は夜の21時には寝ちゃうんですよ。それで、朝の4時に起きています。なぜそうするかというと、朝の7時くらいから「他人の時間」に取り込まれちゃう気がしていて。

有賀  他人の時間? 自分の都合で時間を使えなくなる、みたいな。

坂口 そうそう。子どもは起きてくるし、外から物音も聞こえてくるし。テレビをつけて、朝のニュース番組が流れてくると、僕は学校に行きたくなかった子どもの頃を思い出して、なんだか動きがコントロールされているような気がして、どこか体が緊張してしまいます。

それで、21時に寝て、朝4時に起きるように変えたら、それが全くなくなったんです。起きるのを2〜3時間早めて、「自分の時間」を湧かせているんですね。しかも、創造した「自分の時間」は、僕にとっては3倍に換算できるんですよ。

有賀 どういうことでしょう?

坂口 「他人の時間」にいる7時から8時と、「自分の時間」にいる4時から5時では、同じ1時間でも流れている速度が3倍くらい違うんです。

有賀 あぁ、それはすごくわかりますね。

坂口 つまり、4時から7時の3時間が、僕には9時間に感じられるわけだから、6時間が「時増」したともいえるんですよ。そうすると、「いつも余裕がない」という思いもなくなっていきますから。

有賀 私に早起きを勧めてくれる人は、同じことをきっと感じているんだろうなって、いま納得がいきました(笑)。

坂口 僕らは自分で思っているよりも、仕事関係の人や一緒に暮らしている家族、恋人みたいな、言わば「他人」に時間を合わせて暮らしているんですよね。みんなが「何時にこれをしよう」と考えるときも、実は他人に合わせていることって多いから。


時間がないと感じてしまう理由

有賀 でも、特に子育てしながら働いている人は、「他人の時間」に合わせないといけない事情もあったりするのかな、と思うんです。たとえば、会社で17時くらいまで仕事してから保育園へお迎えに行き、子どもを抱えながら買い物して帰る。子どもはぐずっているし、15分くらいで夕ご飯だって作らないといけない。もうしっちゃかめっちゃかで、レシピを見る時間もない……みたいな毎日の人も、実際に結構いるって聞くんですよね……。

坂口 僕もそういう毎日を送っている人の話を耳にしますね。それで、寝るまでのことも聞いてみたんです。子どもと一緒に21時くらいには寝るんだけど、自分の時間が欲しいからと0時ごろに目覚め、2時間くらいスマホ見て夜更かしをしてしまうと。だから、僕は「21時に寝てしまって、朝4時からクリエイティブな時間を過ごしてみるのはどうでしょう?」って言うわけです。

一時期、僕も試しに夜の21時から0時までに何をしていたのか、記録してみたことがあるんです。そしたら、ろくなことしてなかった。今後を考えて思い悩むとか、飲み屋で人と言い合いになるとか。「これは意味のない時間だ。もう無いものとして捉えよう!」と。

有賀 夜の3時間は、もとから当てにしないわけですね。

坂口 周りにも「僕は21時に寝ます」と伝えていったら、夜のお誘いもかからなくなりました。僕はおめめぱっちりで早朝4時起き、時間が3倍になる7時までの「自分の時間」を持てる。

有賀 なるほどなぁ。時間の話をするとき、みんなが「長さ」だけで考えがちだけれど、坂口さんが言うように時間には「深さ」や「広さ」もありますからね。レシピに時短が求められている問題も、みんなが時間に対して「長さ」の観点だけから捉えていることにつながっているのかもしれませんね。

坂口 「時間がない」と感じちゃっている大きな理由は、さっき言ったように、他人に時間を合わせているからなんですよ。

有賀 うんうん。その話から思うに、実際には「長さ」としての時間の確保だけでなく、「深さ」や「広さ」といった質的な時間を確保できていないことに、問題の根っこがあるんでしょうね。いつも「時間がない」と焦っていると、料理を楽しむようなゆとりのある時間の使い方はできないでしょうし。

坂口さんのように21時に寝るのもいいけれど、他にできることはあると思いますか?

坂口 「全部を2〜3時間早めてみたら」と、よく言いますね。たとえば、17時に入浴したり、夕食をとったりしてみる。もっと言えば、「決まった時間に何かをしないといけない」という状況に疲れてしまうくらいなら、本当はそんなもの決めないのが一番ですけどね。

「そういう生活を選ぶのはなかなか難しい」って言う人もいますけど、実際に試していない人がほとんどだと思うんで。まぁ、まずは「早起き」から始めてみましょうよ。


最大の栄養は願望が叶ったとき

坂口 僕は朝、土鍋でご飯を炊いてるんですけど、それも「おいしくなあれ」って待てる心の余裕があるからできるんですよね。そうやって「時増」を身につけていったら、去年は12月30日だけで、おせち13品つくれたんですよ。

有賀 すごい!

坂口 時間があると、ノートに段取りが組めるでしょ? 段取りを組むと手際よくつくりやすくなりますし。「時増」の中で、さらなる「時増」が生まれるわけです。

おせちで、かまぼこもゼロから作ってみたんです。魚のすり身から。

有賀 えええー! ほんとですか?!

坂口 めっちゃ面白いし、めっちゃ簡単なんだから! 木の板がなければクッキングシートに盛ればいいんです。水で濡らした手でならしたら、あとは20分蒸すだけですよ。きれいにできるもんです。

有賀 かまぼこでも、つみれでも、生魚からつくるとほんとうに味が違いますよねぇ。

坂口 それこそターメリックでもカルダモンでも入れて、好きな味にできるし。「この行為がもう面白い!」みたいな感覚だったんですけど、誰にもポカンとされています(笑)。

有賀 それこそ私が『cook』を読んだ時に心をつかまれたところです。坂口さんは鬱もあるのに、なぜこれほど楽しそうに料理をするのだろうって。見ているだけで楽しそうだから、自分までやりたいなぁと思わせてくれたり。

坂口 楽しそうに見えるのは、僕が「やりたい!」って思って取り掛かっているからじゃないですかね。僕は料理だけでなくて、編み物や織り物もするんですが、始める前にまずは自分がいちばん欲しいものを試着してみるんですよ。

たとえば、メゾン・マルジェラの30万円するニットを、「むっちゃ買いたい」と思いながら着させてもらう。

有賀 それで、自分で編んじゃうわけですか(笑)。

坂口 頑張ってみます(笑)。ここで大事なのは、同じものを編めるかどうかというより、まずは自分の欲望を大事にしないとねってこと。

有賀 料理も「これ、食べたい!」が最初の欲求にくると楽しいですしね。食べたいものでなくて、「食べなきゃいけないもの」ばかり考えると、どんどんつまらなくなる。栄養のバランスが取れてないんじゃないか、夜遅くにこんなもの食べたら不道徳じゃないか……とか。夜中にカップラーメンを食べたって全然いいんですけど。

みんな、いろんなことに気をつけているあまりに、その反動で料理が嫌になってしまうことが意外と多いみたい。

坂口 栄養を考えるのはいいことだけれど、僕にとって最大の栄養は「願望が叶ったとき」だと思う。誰のためでもなくハンバーグを2個つくって、照りってりの肉汁に、砂糖多めの醤油ソースをかけて食べる!とか。

しかも、願望って叶えば叶うほど、それを求める度合いは減っていくんですよ。食に関して言えば、僕はもうキャビアやフォアグラが食いたいなんて、二度と考えないでしょうね。

有賀 そんなに大きな欲望を求めなくても、自分を満たせるようになっていくのね。

坂口 だから我慢は、ほとんど害悪でしかないと思う。

有賀 私も真夜中に平気でチョコレートを食べたりしますけど、たしかにある程度まで食べていくと「もういいかな」って欲求が満たされて、落ち着いちゃうんですよね。そういう意味でも、自分の欲求を日々ちゃんと解放させるのは重要な気がします。

坂口 後になって栄養のことも考えようとは思うけど、まずはむっちゃ満たされたい。満たされることしか考えていない状態で満たされたら……やっぱり気持ちよくないですか?

有賀 そうですよね。料理って、その「満たされ感」が手に入りやすい営みだと思うんです。素敵な洋服は高価でなかなか着られないとしても、坂口さんみたいにハンバーグをつくって好きなソースで食べるのは、意外と簡単に心もお腹も満たせる。

坂口 しかも、満たされるまでも一瞬ですからね。料理は欲望を速攻で叶えられるいちばんの手段なんだから。

※本トークイベントは2020年2月20日に行われ、終了後の対談も交えて構成しました。

(編集:井澤健輔 構成:長谷川賢人 撮影:平野太一)


坂口恭平さんと有賀薫さんによる対談、再び!

つねに新しいことに挑戦するおふたりに、「暮らし」という大きなテーマから、暮らしを楽しむアイデアや、彼らの「創作」に対する考え方について、日々の生活をより楽しくするヒントをお聞きします。

9/2(水)20時〜、ライブ配信にてお届けします。詳しくはこちらから。


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この連載について

坂口恭平×有賀薫──料理とは何か

坂口恭平 /有賀薫

人はなぜ料理をするのか。料理の価値とは。忙しい現代という時代に、果たして料理をする意味はあるのだろうか ── 。「料理とは何か」をテーマに、作家・建築家・音楽家など様々な顔を持つ坂口恭平さんと、スープ作家の有賀薫さんがトークイベントを...もっと読む

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コメント

sentencejp 「『時間がない』と感じちゃっている大きな理由は、さっき言ったように、他人に時間を合わせているからなんですよ」 ✏️長谷川賢人(@hasex)さん #sentence書いたよチャンネル #書くと共に生きる #sentence https://t.co/r88pRUOQTf 28日前 replyretweetfavorite

t0myuma この記事後で読もうと積んでた… https://t.co/rs6XhOLPEb 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

shoyamasaki https://t.co/Oor2GtF1Xl 約1ヶ月前 replyretweetfavorite