児童虐待かも?! 通報はしたけどモヤモヤが残る

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装が趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた……。今回は、児童虐待かもしれないと通報したことのある仙田さんが、虐待をしてしまう親と子の関係について考えます。

子どもを怒鳴りつけている女性


こてつんさんによる写真ACからの写真

子どもが生まれてから、児童虐待のニュースがどれも他人事とは思えなくなった。
虐待された子どもが自分の子どもの姿に重なるからだろう。
さらには虐待をした親のことも、追い詰められていたんだろうな、どんな人生を送ってきた人なんだろう、と想像してしまう。

胸が抉られるように苦しくなったり涙が流れたりすることもある。
どうしてこんなことになったんだろう、と記事を何度も読み返して状況を思い描いたり、何か自分にできることがあったのではないかと無力感に襲われたり。

もし、そんな親子が身近にいたとしたら、どう関わればいいのだろう?
街を歩いていて、子どもに激しい声で怒鳴り散らしている母親らしき女性を見かけることがある。
すれ違う人たちが何度も振り返って見ているのにも気がつかない様子で、大きな声で怒鳴り散らしながら足早に進んでいる。
その後ろを、かなりの距離を空けて泣き叫びながらついていく子ども。
状況はいつも似ていた。
女性は全く周りの目を気にせず大声を上げていて、周りの人たちも誰ひとり声をかけない。
私もそのひとりだった。

虐待のニュースを見るたびに思いだす

たとえば街なかで体調を崩して倒れている人に、声をかけて助け起こしたり、駅員さんや店員さんを呼んだりしたことは何度もある。
そして、大抵の場合、私だけではなく何人かの人が一緒にいて、皆で協力しあって助けていた。

だが子どもを怒鳴りつけている女性に、近寄ったり話しかけたりしている人は見たことがない。
私自身、何かしたい、何かしなければと思うものの、どう関わっていいのかわからず、近寄ることも声をかけることもできず、ただ目で追って終わってしまう。
女性と子どもの、どちらに声をかければいいのかも、どう声をかければいいのかもわからない。

それ以前に、端的に怖かった。
ものすごい形相で、きつい言葉を子どもに浴びせている人の精神状態は私の理解を超えていて、よくわからないもの、未知なるものに対する恐怖心を掻き立てられた。

関り方を間違えれば女性はよけいに逆上するかもしれないし、家に帰ってから子どもにもっときつく当たるかもしれない。
いや、たまたま今日は苛々しているだけで、普段は優しいお母さんかもしれない。
そもそも他の家族の問題に首を突っこむべきではなかったのだ。

そう考えて、声をかけなかったことを正当化しようとするが、何年も経ったいまでも思いだすことがある。
—あの後、あの子はどうなったんだろう。どんな家に住んでるのかな。家族構成は……?
児童虐待のニュースを見るたびに、あのときの親子じゃないかと考えてしまうのだ。

虐待の加害者を支援するということ

ずっと気にかかっていた、そんな親子のことを、別の角度から考えさせてくれたのは、島田妙子さんの自伝的エッセイ『虐待の淵を生き抜いて』(毎日新聞出版)だった。

幼い頃に両親が離婚し、島田さんは2人の兄とともに父親に引き取られた。
優しく子煩悩だった父親が変わったのは、数年後に再婚したことがきっかけだったという。
まだ20代前半だった継母は、最初は島田さんたちと仲良く暮らしていたが、自身が妊娠した頃から辛く当たるようになった。

次第に父親もそれに加わるようになり、島田さんたちは激しい暴力と育児放棄にさらされた。
その状態は数年間続き、信頼していた担任の先生に訴えたことでようやく終わる。
島田さんたちは児童養護施設に預けられ、18歳までそこで暮らした。

強く印象に残ったのは、父親が島田さんの頭を押さえつけて風呂の湯に沈め、息ができなくなる寸前で引き上げたとき、別室にいる継母に向かって父親が「これで気が済んだか」と叫んだというエピソード。
その父親の目に涙が浮かんでいるのを見て、「お父さんも苦しいんだ」と島田さんは思ったという。

報道される児童虐待事件の多くは、シングルマザーの家庭や、シングルマザーが再婚して作ったいわゆるステップファミリーの家庭が舞台となっている。
島田さんもステップファミリーの家庭で育ったのだが、最悪の事態になることは免れた。

大人になった島田さんは、父親とも継母とも和解し、虐待の加害者を支援するための活動を始めた。
虐待の加害者となる親を救うために、全国で講演会を始めたのだ。

加害者を理解し、共感することで前に進む

虐待の連鎖を生き抜いて』と『結愛へ』

虐待の連鎖を断ち切るには、まず加害者の苦しみを取り除くことが大切、という考えがその根底にあるのだろう。
もっと言えば、被害者という立場から抜けでて、加害者がそうせざるを得なかった背景を想像し、共感することで、被害者自身が楽になれるということ。

たとえば池袋の高齢ドライバー暴走事件で妻と子どもを喪った松永拓也さんにも、島田さんに近い思いがあるのではないだろうか。
高齢ドライバーによる交通事故を減少させるために、署名活動や国交省への働きかけ、メディアを通しての訴えを続けている松永さん。
高齢者の免許更新の頻度を増やしたり、公共交通機関を利用する際の補助を拡充すことなどを求めながら、高齢者を責めないことや、車がなければ生活できない地方での交通手段の確保の問題も、松永さんは訴えている。

島田さんも、松永さんも、私には想像を絶するような辛い経験をされているはずだが、辛さに圧し潰されてしまったり、加害者への憎しみに支配されてしまったりはしていない。
むしろ、加害者のことを理解し、共感するところから前に進もうとされている。
その姿に触れるたびに、私はとても勇気づけられる。

「心をおおっているものにひびが入」った

図らずも加害者となって、子どもを亡くしてしまった船戸優里さんからも。
目黒虐待事件として報道されたときから気にかかっていた私は、優里さんの手記『結愛へ』(小学館)が刊行されるとすぐに読んだ。

19歳で出産してすぐに離婚し、シングルマザーとして結愛さんを育てていた優里さん。
その期間は、豊かではないながらも2人で仲睦まじく暮らしていたことがわかる。
結愛さんが3歳のときに、優里さんは再婚する。

最初は結愛さんとも仲良くしていた再婚相手だったが、優里さんが2人目の子どもを出産したあたりから徐々に、しつけと称してさまざまな制限を課していく。
食事制限に運動、読み書き……とても未就学児に要求するものではない制限を、結愛さんが守れなければ果てしない説教が始まり、やがて暴力がふるわれる。

結愛さんの腹部がサッカーボールのように蹴り上げられるのを目の当たりにした瞬間、「心をおおっているものにひびが入り、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた」と優里さんは語っている。
この光景は何度もフラッシュバックし、優里さんはしだいに、結愛さんの受けている暴力について考えたり、結愛さんの体に触ったりすることができなくなっていく。

一方で、再婚するまでの間の結愛さんに関する記憶は鮮明だ。
朝起きると、先に目を覚ましていた結愛さんがこたつに入ってみかんを食べていたというエピソードが私は好きだ。
結愛さんが得意げに指さした先を見ると、皮が剥かれた8個のみかんが、ひと粒ずつ並べられ、きれいな正方形がいくつもできていたという。
それを見て2人で大笑いした。

何でもない日常の光景で、育児に追われていると案外、こうした小さな出来事は忘れてしまうものだ。
それをここまで鮮明に憶えているということは、何度も思い返したり、結愛さんとの会話のなかで出てきたりして、優里さんのなかで充分に言語化されていたのかもしれない。
ここに見られるのは、子どもへの愛情に満ちた「普通」の親のまなざしだ。

頑張り屋さんたちの閉ざされた世界

それがなぜ、再婚相手によるわが子への虐待を容認することに繋がったのだろうか。
報道で大きく取り上げられた「もうおねがい ゆるして」で始まる結愛さんの「反省文」は、優里さんと再婚相手に向けられたものとされていた。
だが公判で明らかになったのは、その文章は優里さんが横に座り、添削して何度も書き直させたもの、ということだった。

つまり、再婚相手を怒らせないような、さらなる仕打ちを受けさせないような言い回しを考えることで結愛さんを守っていたのだ。
再婚相手から心理的DVによって支配されていた優里さんにとって、それは最大限の、子どもを守るための抵抗だった。
そう考えると、「鬼母」に強いられたと報道されていた「反省文」が、実は極限状態のなか母と子の間で交わされたラブレターのように見えてくる。

優里さんを担当した弁護士は、かつて連合赤軍事件の永田洋子の弁護人だったという。
弁護士は、事件について優里さんにこう語った。

「強い兵士になりたくて、こなしきれない課題を与えられ、お互いを殴り合って、鍛え合っていたつもりが、次々に死んでしまった話。彼らは信じ合っていたし、憎み合っていたわけではないらしい。正しいと思うことのために頑張り過ぎて、仲間が死んでいくことを誰も止められなくなってしまったという。頑張り屋さんたちの閉ざされた世界では、愛していても起きること。だから、私が結愛を愛していたことは疑わないと言ってくれた」

—「頑張り屋さんたちの閉ざされた世界」ではないところで生きていれば、2人はいまも笑って暮らしていたのではないだろうか?
加害者でありながら、最愛の子どもを喪った被害者でもある優里さんの言葉に、私は大きな悔しさとやりきれなさを感じた。

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女装パパが「ママ」をしながら、家族と愛と性について考えてみた。

仙田学

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sendamanabu 児童虐待かも、と警察に通報したときのことを書きました。 >「頑張り屋さんたちの閉ざされた世界」ではないところで生きていれば、2人はいまも笑って暮らしていたのではないだろうか? https://t.co/KZTXpnrqkz 2ヶ月前 replyretweetfavorite

sendamanabu cakesの連載。今回は、児童虐待かも、と警察に通報したときのことを書きました。 >「頑張り屋さんたちの閉ざされた世界」ではないところで生きていれば、2人はいまも笑って暮らしていたのではないだろうか? https://t.co/KZTXpnrqkz 3ヶ月前 replyretweetfavorite

mashu_0811 |仙田学 @sendamanabu |女装パパが「ママ」をしながら、家族と愛と性について考えてみた。 考えさせられました。 https://t.co/XiOsFGke9X 3ヶ月前 replyretweetfavorite

7overlap 泣いてしまった。 3ヶ月前 replyretweetfavorite