私は、ものを書く以外何もできない人間だ。世の中には、医者兼作家とか弁護士兼作家とか芸能人だけど作家にもなっちゃった、といった才能あふれる人がいる。羨望する反面で、私はもっともがかなければ、という謎の焦燥感にかられてしまう。美や才能へのコンプレックスをばねにしてここまでやってきたが、若い頃はもっとバカだった。
30代手前で暗雲が垂れ込めて
20代半ばで少女小説家になったが、30代手前で暗雲が垂れ込めた。10代の少女向けに小説を書くのが年齢的に苦しくなってきたし、かといって文学に手を出すほどの能力も勇気もない。会社員も経験したが向いているとは言い難いし、前述したように私にはものを書く以外何もできない。だったらどうするか?
レディースコミックやBLに手を出したのだ。少女小説以上文学未満を探した末の結果だ(かなり短絡)。その手の出版社に電話をかけ、「私、レディースコミックの原作を書きたいのですが」「私にBLの原作を書かせてもらえませんか」等々言いまくった。当時、出版バブルはとうに過ぎ、じょじょに下火にはなっていた。が、まだまだ新しい作り手を求めていて、間口は広かった。そんなわけで、レディコミ&BL素人の私でも「じゃあ、書いてください」とあっさり仕事がいただけた。
金融機関の派遣社員として勤務しながら、私はレディコミの原作を書いた。コンプライアンスも厳しくなかった頃である。自宅で書いたレディコミのプロットを、会社でこっそりファックスしたりした。今、振り返ってみるとかなり罰当たりだが、会社のコピーやファックスを私物化していた人は相当数いたのだ。表向きはしれッと真面目に仕事をしていたが、ある日事件が起こる。出版社にあてたファックスが、送信不可で戻ってきてしまったのだ。
「スーパーで万引きしていた主婦。悪事が店長にばれ、口止めと引き換えにバックヤードで犯される。サランラップで包んだにんじんやきゅうりを挿入」
「ピザの配達に30分以上かかってしまい、お客様に叱られる。そのまま裸にされ、女体の上にピザを置かれるというホットなピザプレイ」
といった、ベタでアホなプロットである。ファックス送信完了!と安心し、自席で通常業務に戻っていた私のもとに、スッと一枚の紙片が置かれた。そう、送信不可で戻ってきたベタでアホなプロットだ。紙片を見た瞬間、私の身体は凍りついた。仕事中に私用ファックス、しかも内容が下品極まりない。怯えきった私はその人のほうを向くこともできず、ただ硬直していた。
クビになるかと思いきや…
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