さして美人でもないのに、その場にいた男性全員を虜にした女の涙

小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は森さんが介護学校に通っていた30代の頃のお話です。森さんがしらけたにも関わらず、その場にいた男性陣をもれなく虜にした、ある女性の言動とは?

以前、男心をひょいと変えてしまった女の涙を見た。

浮気や不倫、別れる別れないで揉めた末の涙ではない、さっきまで談笑していたのにいきなり泣き出した、といった涙である。

男女数人で行ったビアガーデンで

それは私が介護学校に通っていた時(「生徒全員と否応なく抱き合った30代の頃の話だ」)。生徒は20代~60代の男女で、とりわけ20代~30代の男女が仲良くなるのに時間は要さなかった。私は30代だったので、輪に入ることができた。

失業中、離婚直後、親が倒れた、etc。様々な境遇な人達が新たな出発を模索し、介護を勉強していた(ちなみに私の目的は「自分に一番似合わないことを学んでみよう」だ。一番ゆるかった)。なんていうか、これからの人生を充実させたい、という思いでいっぱいで、充実までの旅、という日々だったのだ。仕事だけではなく性の意欲も満々な男女が、いろんな意欲をマッチングさせたい、と思うのは当然で、だから若い男は若い女に目が行くし逆も然りで、飲みに行けばもう合コンだよね、な空気である。

忘れもしない、学校に入学して数日、男女数人でビアガーデンに行った。お互いの経歴や将来の展望などを語り合い(前菜的に)、あとは彼氏や彼女はいるのかの探り合いになり(メインディッシュ的に)、好みのタイプは?な突っ込みを順繰りでしていく(箸休め的に)。

男性参加者の中でもっとも清潔感があり、ガツガツしていなくて、インテリっぽいI君は、生々しい話には最初から遠慮がちだった。そういう同性に対し荒ぶる扱いをする男性というのは必ずいるもので(女性にとっては大助かり。労せず欲しいデータが入手できるからね)、I君の清潔仮面をどうにかしてはがそうとしてくれた。I君もやれやれという体で、好きなタイプと、「実は、J子さんのことが少し気になっていて」と告白した。J子さんとは、I君のひとつ前の席の女性で、年齢は30代前半(この日の飲み会は予定があって欠席)、おっとりした天然系の女性だ。可愛らしさが嫌味になっていなくて、私も好感を抱いていた。「へー、いいじゃん。お似合いだよ」などと全員で冷やかし、お酒も進む中、場は最高潮に盛り上がった。

昔好きだった人の話題になると…

デザート的な話題は、過去の恋愛だろうか。舌もだいぶ滑らかになって、誰ともなく昔付き合った人や好きだった人のあれこれを暴露しはじめた。私もギャグをまじえて失恋話などをした。こういう時、たいていの人が悲喜こもごもの失敗談を笑いに変えて、酒の肴として提供するのではないだろうか。少なくともこれまでの私はそう思っていた。だからモテないんだ、と今ならわかる。だって皆が私の酒の肴で大いに笑ったあと、シリアスな失恋話をして涙を流した女性に、その場にいた男性がみんな心を持っていかれたからだ。彼女の名前はU子である。

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アラフィフ作家の迷走性活

森美樹

小説家の森美樹さんは、取材や趣味の場で、性のプロフェッショナルや性への探究心が強い方からさまざまな話を聞くのだそう。森さん自身も20代の頃から性的な縁に事欠かない人生でした。47歳の今、自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する...もっと読む

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