性教育に悩むパパに娘が放ったひと言…「だって家族やもん!」

突然の離婚により、娘ふたりを育てることになった女装が趣味の小説家。「シングルファーザー」になってみると、彼にはこれまで想像もしなかったことが待ち受けていた……。今回は、子どもの性教育について考えたことや、仙田さん自身の子どもの頃の性的体験について語ります。

隠さず、嘘をつかずありのままを伝える

子どもと性に関する話をするときに、どこまで話せばいいのか、どう伝えればいいのか迷うことがある。
ショックを受けたりしないだろうか。
興味を持ちすぎたりしないだろうか。
以前の私はそう考えていた。

SallyHさんによる写真ACからの写真

だがいまでは、性に関することは隠さず、嘘をつかず、ありのままを伝えるようにしている。
考えが変わったきっかけは、シングルファーザーになったことだった。
娘2人が肉体的にも精神的にも成長していくなかで、性についての悩みや疑問はたくさんでてくるだろう。
そうした悩みや疑問に、男性である私が答えなければならない。
隠したり誤魔化したりして、そのことを子どもたちがいずれ知れば、大人に対して大きな不信感を抱くことになるかもしれない。

だから、隠さず、嘘をつかずありのままに伝えようと決めたのだ。
わからないこと、知らないことも正直に伝えようと。

たとえば最近、長女の耳掃除をしながらこんな会話をした。

「だって家族やもん」

—体は男だったり女だったりするけど、中身はそうじゃない人もいるねん。パパはお仕事でそういう人たちに会って、インタビューして文章を書いたこともあるよ。
すると長女はこう聞いてきた。
—そういう人の話聞いて、何が一番印象に残った?

私は少し考えてこう答えた。
—親に言うのが怖いって人がいたよ。なかなか言えなかったって。長女はもし、いまは女の子やけど、自分は本当は男の子なんやなとか、男の子になりたいとか思ったら、パパにそう言える?
長女は不思議そうに即答した。
—普通にパパに言うよ。何も怖くないし、恥ずかしくもないよ。だって家族やもん。

大人を信頼して打ち明ける勇気と知識を

子どもの性教育については離婚する前から考えていた。
長女が3歳の頃に、『とにかくさけんでにげるんだ』(ベティー・ボガホールド、岩崎書店)という絵本を買ったことがある。

この本はカナダの小学校でサブテキストとして使われているらしく、子どもを誘拐や性被害から守るために書かれたものだとネットの記事で見た。
読んでみると、公園で遊んでいるとき、デパートで迷子になったときなど、さまざまなシチュエーションで知らない人が声をかけてきたらどうすべきか、ということが書かれている。
ページをめくる前に「こんなときどうする?」と考えさせる構成になっているので、寝る前に読み聞かせることにした。

—知らない人から声をかけられたらどうする?
—ついてく!!
と最初の頃には嬉しそうに答えていた長女も、何度か読むうちに、
—とにかく走って逃げる。大声を出して周りの人に助けてもらう。
と言うようになった。

大人を疑うことを教えるようで悩みもしたが、一方で信頼できる大人がいることも伝えれば、いざというとき人に頼ることができる子になるかもしれないとも思えた。

この本の最後のほうには、親戚のおじさんの家で体を触られた女の子が、そのことを親に話すシーンがある。
3歳の長女にどれほど伝わったのかはわからないが、そこは淡々と読み、
—体をべたべた触られるのは嬉しいこと? 嫌なこと?
—嫌なこと。
—誰かに嫌なことをされたらどうする?
—パパに言う。
というようなやりとりをした。

親戚や、先生や、場合によっては親やきょうだいから性被害を受ける可能性もないわけではない。
そうしたときにも、周りの大人を信頼して打ち明けられる勇気と知識をつけてほしかった。

「エロテープ」にのめりこんだ少年時代

熊澤充さんによる写真ACからの写真

私がそんなことを考えるようになったきっかけは何だったのだろう。
子どもの頃に、性に関する悩みや不安について、親と話した記憶はない。
学校の性教育の授業は、受けたのかどうかさえおぼろげだ。
そもそも性について悩んだこともなかった気がする。
中学2年生の修学旅行で同級生たちと温泉に入ったときに、立派な陰毛を生やしている子がいて、まだツルツルの自分の陰部を隠したことがあるくらいだ。

3年生になっていわゆる不登校児になってからは、昼夜逆転の生活をしていた。
明け方頃に寝て昼頃に起きるのだが、深夜になるとよく、自転車で近所を徘徊していた。
昼間の世界に居場所がなかったぶん、夜の世界は自分だけのものという気がした。

ある日、自転車で30分ほどかかる隣町で、エロ本の自動販売機を見つけた。
30年ほど前にはよく見かけたもので、自販機でエロ本が買えるというシステムは当時としては画期的だった。
何度か横を通り過ぎるうちに気になって仕方なくなり、数日後にはお小遣いを握りしめて深夜3時頃に自販機の前に立っていた。

エロ本が1000円、AVが3~4000円ほど、というラインナップだった。
AVは高いし、エロ本は親に見つかると言い訳ができないしな……。
悩んだ私は、「エロテープ」2000円を購入した。

1000円札2枚を挿入すると、思いのほか大きな音が響いて小さな箱が出てきた。
近所の公園で開けてみると、タイトルも何も書いていないカセットテープが1本入っている。
これなら小さいし、バレることはなかろうと、喜んで持って帰った。

ウォークマンにカセットテープをセットして、恐る恐る再生ボタンを押してみると、行為中の男女の声がひたすら流れてくる。
ベッドのスプリングの軋む音がリアルだった。
音声しか情報がないので妄想が広がって、とても興奮した。
なんとなく、喘ぎ声の感じから40代の紳士と30歳くらいの会社員女性、という印象を受けた。

性的好奇心が世界への憧れに変わったきっかけ

1本のエロテープがきっかけで、その後もたびたび自販機のお世話になった。
2回目以降はエロ本も買うようになり、押し入れの目立たないところに隠しておいた。
完全に学校に通わなくなり、高校には行かなかったので、性に関する知識はもっぱらエロ本から得ることになった。
親どころか同級生や先輩とさえ、その種の話をする機会がなかったのだ。

その期間が何年も続けば、私の性についての認識は歪んだものになっていたかもしれない。
あるいは、インターネットが発達しているいまの時代に思春期を過ごしていたら、エロテープどころではないマニアックな方面に興味を示していたかもしれない。

幸い、その期間が1年ほど続いた頃に、4歳年上の女の子と仲良くなり、私の興味はエロテープから生身の人間へと移った。
当時16歳だった私にとって20歳の彼女は遥かに大人に見えた。
単なる生身の人間という以上に、その背後に私の全く知らない世界が広がっているように思えた。
彼女のおかげで、私にとって性的好奇心は世界そのものへの憧れに変わった。
世界とは異性の肉体が象徴するような、享楽と恐怖にまみれた甘美なものだった。
自販機から出てくるエロテープとは全く別の世界だ。

性とはフィクションではなく現実に属するもの

そんなふうにして彼女は、性とはフィクションではなく、現実に属するものという認識を与えてくれた。
そのため私は、性的なコンテンツを教科書として性に関することを学び、それを生身の相手に試すというような発想に陥らずに済んだ。

その後も、性に関わることとは、自分や、大切な人や、その人が存在する世界そのものに関わることだということを、多くの人と関わって数えきれない失敗をしながら学んでいった。
体の仕組み、避妊や妊娠、性病についての知識、性被害とは何かという認識、性的アイデンティティには揺らぎがあるということ、性がどれほど人間の尊厳に結びついているかということ……、等々。

つまり、性に関することはすべて実地訓練で学んできたし、親や先生や本から教わったという感覚がない。

いつか子どもが性に関することで悩んだときのための下地を作る

性に関することを、子どもたちに隠さず、嘘をつかず、ありのままを伝えたいと考えているのはそのためだろう。
たとえば、子どもたちが7歳と5歳になったいまも、性的なコンテンツを隠したり遠ざけたりはしていない。

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女装パパが「ママ」をしながら、家族と愛と性について考えてみた。

仙田学

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コメント

granat_san エロテープから4歳年上の女の子に移っていくところがすごくいいな。 4ヶ月前 replyretweetfavorite

neko_tubuyaki "体の仕組みや変化、性愛にまつわることは、恥ずかしいことでも穢れたことでもない。 そんな認識を下地として持っていてくれれば" 4ヶ月前 replyretweetfavorite