官能小説なのに、処女じゃないとイヤ?
—— 岩井さんは、官能コンテンツの作り手がまだ男性ばかりだった頃から、積極的に作品を発表されてきましたが、ここ数年の「女性による女性のための官能ブーム」をどのようにご覧になっていますか?
岩井 非常に「処女的」だなあと感じます。世の中の官能全般については、「二極化しているな」という印象なんですけど。海辺でロマンチックにキスみたいな「処女的」なものと、SMをはじめとしたえげつなく「変態的」なものに。
—— 今回cakesに掲載される『セイレーンの涙』は、SMの女王様と奴隷の両方をつとめ、官能小説家としても活躍する女性が、その経験をもとに私小説を書いていくという筋の恋愛官能小説です。こちらは「変態的」なほうではないでしょうか?
岩井 読ませていただきましたが、SMという題材に反して、きわめて「処女的」だなあと思いました。濡れ場であってもとても上品な描写なので、これで満足できるんだ……と衝撃を受けましたね。ハーレクインを読んでいる方をバカにするつもりは毛頭ございませんが、貧しい田舎の四畳半ボットン便所でキエーッ!みたいな展開のエロ小説ばかり読んできた私には、ちょっと刺激が足りなかった(笑)。
—— (笑)。
岩井 ハーレクインの作品を読んで、どうして私の小説が売れないかっていうのを思い知りましたよ。「これだ! これをしなきゃいけない!」って。
—— これまでの岩井さんの作品には、処女性、つまり性的なものに対する恥じらいが欠けていた、と(笑)。
岩井 そうだと思うんですよ。いま、日本で少女マンガや韓流ドラマが流行っているのも、そこに流れている「処女性」が理由でしょうね。
—— 処女性へのこだわりって、さかのぼると、どのあたりから来ているんでしょうか?
岩井 社会が「処女」を求めるようになったのと関係しているでしょうね。でも、それって元はキリスト教文化。昔の日本は逆でした。子連れの女性と結婚するのは、むしろ「この女は絶対子どもが産める」という証明つきで優遇されていましたよね。「処女」という概念もなかったんじゃないでしょうか。
—— なるほど、性の価値観が欧米化しているってことなんですね。実際、ハーレクインに限らずロマンス小説では、主人公が処女じゃないと読者が敬遠するという話があるそうです。
岩井 ええっ、処女はセックスしてないじゃないですか。
—— 作中で初めて処女を喪失するのでなければ嫌だということみたいです。かなり変わった設定だと、精子バンクで精子だけもらって妊娠、子育てをして、そのあとにロマンスが……、といったストーリーもあるくらいです。
岩井 ずいぶん込みいった状況になっているんですねえ。「処女性」だけじゃダメで本当に「処女」じゃいけないだなんて。それなら、処女ではない独身女性が主人公の『セイレーンの涙』は、ずいぶんと冒険されているほうなんですね。
処女性に表れる、女性の言い訳とプライド
岩井 もともと女性は、オナニーやセックスをするのにどうしても「言い訳」を必要とするわけですけど、この官能ブームのなかでもそれは続いているように感じますね。
最近TENGAが、女性向けのローター「iroha(イロハ)」を出したじゃないですか。あれも「周りからどう見られるか」というところに気を遣って作られていますよね。
—— 部屋にあっても違和感ないですもんね。とても可愛くて、部屋に置いてあってもインテリアに見えるくらい。
岩井 人からどう見られるかを常に気にしているからよね。大人のおもちゃのお店の人に聞いたことがあるんですけど、年齢の高い人ほど、グッズを買うときに「言い訳」をする傾向にあるみたい。若い女性はわりとあっけらかんと「良いのあります?」とか「彼と使うものがほしい」なんて言って気軽にやってくるんだそうです。でも、年齢を重ねた女性には一大決心。「私が欲しいんじゃなくてですね、どうしても主人が見たいって言うもんですから。私は50を過ぎてるんですけど、若い時は松坂慶子に似てるって言われてたんです」とか、そんなこと聞いてねぇよっていう話をずっとしているんですって。
—— そこは世代の問題なんでしょうかね。
岩井 私は犬のエサと一緒にドンキで買いますけどね(笑)。
—— 岩井さんは、過去に女性向けAVの監督をされています。あれは岩井さんと同年代あたりの女性をターゲットにしていましたよね。大人のおもちゃすら気軽に買えない人が多いことを考えると、AVを買ってもらうというのは、かなりハードルが高かったのではないでしょうか。
岩井 ああ、シルクラボ(女性向けAVレーベル)から出した『韓流の夜』ですね。中年の主婦と韓国料理の店員が恋に……という内容で、私の妄想炸裂でつくりました(笑)。
たしかに、女性はパッケージをお店で買うのには抵抗があるし、家に置いておいて親や夫に見られるのが嫌みたいね。だからあのときは、DVDにはせずに、ネット配信にして、PCやスマホでしか観られないようにしました。そうしたら結構反応よかったですよ。
—— なるほど、ネット時代だからこそ、女性が「言い訳」から自由になって、官能を楽しめるようになってきた部分もあるかもしませんね。
恥じらいとプライドが生んだ「モザイク文化」
—— エロに対する女の「言い訳」って、どこからくるんでしょうか。
岩井 プライドでしょうね。
—— 男性にもプライドはあると思うんですけど、彼らはオナニーを武勇伝みたいにおもしろおかしく語りますよね。それに対して、女はオナニーをなかなかおおっぴらには話さない。
岩井 「モテないと思われるんじゃないか」「男に不自由して、かわいそうと思われるんじゃないか」という不安がまずありますよね。
—— 女性がオナニーしてることを話すと、自動的に「男に選ばれていない、欠けている存在だ」ということになってしまう。
岩井 男の場合は「オナニーは全員してる」という前提があるし、「セックスとオナニーは別」って全員が思ってますからね。
—— でも、女性はまだそうではないと。
岩井 単なる思い込みでしょうけどね。スポーツ紙の記者をしている友人に聞いたおもしろい話があります。普通の女の子に街頭でエロインタビューするときに、「ねぇ君、オナニーする?しない?」って聞くと全員が「しません」って答える。でも、ある時はっと気がついて「ねぇ君、オナニーは週に何回くらいする?」って聞いたみたら「えー、3回くらいかなあ」と答えてくれるようになったと。オナニーするのを前提に聞いてあげたらみんな素直に答えるんですよ。
—— それはすごく日本人的なエピソードですね。
岩井 恥じらいがありますよね。でも、それが日本人のいいところでもあると思う。何でもアリにしちゃいかんというか、オナニーはともかく、隠しているからこそ許されるタブーな世界もあるわけで。たとえば、獣姦や近親相姦やロリータといった嗜好は、やっぱり表に出ちゃいけないと思うんですよ。
あと、あんまり開けっぴろげだとエロさが薄れちゃいますよね。洋物のAVも面白いんだけど、女優の喘ぎ声とか最中の音とかが、もはや車のエンジン音みたいに聞こえますもんね。「ガオー!」「パンッパンッパン」みたいな(笑)。
——(笑)。
岩井 ソフト・オン・デマンドの高橋がなりさんが言ってましたけど、日本のAVをアメリカに輸出する時に、「モザイク」があるとアメリカ人は受け入れないんですって。余計なものを入れるな、と。それを聞いた時、日本はモザイク文化の国なんだなぁと思いましたね。見えないからエロさを感じる。そういう意味では『セイレーンの涙』は、アメリカの作品の翻訳なのに、日本的な上品さがあって、読みやすかった気がします。
—— そのモザイク文化が、官能の「処女性」に結びついていると。
岩井 そうだと思います。「処女」ってやはり日本のテーマだなぁ。今これだけ情報にあふれているから、処女だけどセックスのテクニックだけが頭に入ってる子、いっぱいいるでしょう?
—— 30代の処女が増えてるらしいですね。
岩井 どうしても恋人ができない人もいるのかもしれませんが、「いざとなったらセックスできる」と油断していて、ずるずると……というパターンもありそう。でもね、やっぱり実践と、本やAVの「こうすると気持ちいい」というテクニックとでは、全然ちがいますよね。実践は実践。頭の知識はほとんど現場では役に立たないですよ。
—— 相手がマニュアル通りに反応してくれないですもんね。
岩井 そう。やっぱりそこでどうすればいいのか判断できるようになるには現場で経験を積まなければならないものですよ。
ハーレクインや、iroha(イロハ)や、女性向けAVで、処女性の世界を楽しんでいてもいいんだけど、これから恋愛や結婚ということを考えている人は、リアルに飛び込んでいけるのかなというのが気になりますね。
(中編へ続く)
"エロティカ"が送る刺激的作品『セイレーンの涙——見えない愛につながれて』の気になる内容は、cakesで連載中! 続きが気になるあなたは文庫版もどうぞ。