あるSNSが終わった日 
星になったワッサー

ネットサービスが消える時、人はどのような感慨を抱くものでしょうか? 先日、幕を下ろしたソーシャル・ネットワーキング・サービスのWassr(ワッサー)。その終わりを見届けた、宮本彩子さんのエッセイをお届けします。

 世界の終わりの日というのは案外あっけなくやってくる。仲間うちで「楽しかったね」とか「さよなら」なんてダラダラ言いあっているうちに、終わりの時間は刻一刻と迫ってきていた。

 ついにその時が来た。

 もしかしたら、ひょっとして。まだ生きているんじゃないかという、ごくごく淡い期待を込めて、ブックマークから馴染みのサイトにアクセスする。

永らく「Wassr」をご利用頂きましてありがとうございました。
誠に勝手ながら、このたび都合により2012年10月1日をもちまして「Wassr」のすべてのサービスの提供を終了させていただきました。長きに渡りご愛顧をいただき、誠にありがとうございました。
2012年10月1日 株式会社モバイルファクトリー

 ああ、やっぱり……。楽園は失われてしまった……。エデンからさっくりと追放だ。箱舟で脱出だ。さらば地球よ。いい年した大人たちがだらだらと無益なことをくっちゃべる、黄金の時間はもう戻ってこない……。

 そんなわけで、2012年10月1日12:00をもって、SNSサービス「Wassr(以下ワッサー)」が終了してしまった。

さようなら、wassr……。さようなら、wassr……。

 「ワッサー? 何それ」という人から「使ったことがある」人までさまざまだと思うけれど、そもそもワッサーとは何だったのか。あらためて一言で説明しようとすると「日本発のTwitterに似た感じのSNS」になると思う。Twitterが不安定だった時代(クジラがよく出てきた時代)、避難所としてワッサーを使っていたという人も多く、一時はけっこうなにぎわいを見せていた。

 だけど、Twitterが安定してクジラもめったに姿をあらわさなくなると、これといってワッサーを使う理由もなくなったのか、多くの人があっさりとTwitterに戻っていってしまった。かくして、ワッサーにはさまざまなアカウントが打ち捨てられ、一時期の盛栄は幻のようになってしまった。沙羅双樹の花の色……。

 しかし!  けれども! アカウントの墓場となったワッサーを捨てず、それどころかインターネットのふるさとのように愛してやまない人々がいたのである。かくいう私もその一人だった。

 —ここまで自己紹介もせずにつらつら書いてきたけれど(失礼しました)、私は都内で会社員をしている。おかげさまで今月で30歳になる。地方の大学を出て就職のために上京してきた私は、東京にほとんど友達がいなかった。これまでの人生でそれなりに友達はいたけれど、大人になって友達のいない場所で一からやっていくというのは不安なことだった。

 子どもの頃、夕方の再放送で観たトレンディードラマにはよくこんな場面があった。仕事が終わったヒロインが親友と電話をして、仕事や恋のあれやこれやを語らいあうというものだ。当時、私もこんな大人の女になって、いろんなことを友達と電話で話すんだわぁ……と思ったかどうかはよく覚えてないけれど、大きくなってからわかったことがある。

 自分はドラマに出てくる人と違って、まったく友達に電話をしない。メールもしない。小田和正が「♪伝えたいことが、あるんだ~」と歌っているのを聴くたびに、「そんなに伝えたいことがあるんだ……」とうなってしまうくらいに、友達に電話やメールで何か伝えるってことがない。あと、あらためて友達に電話やメールをするのが恥ずかしい。「それにさ、向こうも今忙しいかもしれないし……」とか考え出すと、もう気持ちがしぼんでしまってダメ。

 今まではよかった。学校に行けば友達がいて、わざわざ電話やメールをしなくても話してくれる。遊びも向こうから誘ってくれた。思えば、私の友達づきあいというのはひたすら受身。柔道の基礎練もかくやという受身一辺倒だった。

 けれども大人になったらそうはいかない。毎日が家と会社の往復で、自分から何かしないとこれまでの友達とも疎遠になってしまうし、新しい友達だってできやしない。目をつぶると、流氷に乗って冷たく寂しいところへと運ばれていく自分の姿が浮かぶようだった。

 そんな暗い予感に打ち震えていた新生活の救いとなってくれたのがインターネットだった。はてなダイアリーというブログを始めて、日記でも雑文でも、ネット上に何か書いて人に見てもらった。これがとても性に合っていた。以前からの友達への近況報告にもなったし、これを通じて東京で新しい友達もたくさんできた。その時に感じた「インターネットっていいもんだ~」という素朴な感慨は今も変わらない。

 以来、mixi、Twitterといろいろなネットサービスを利用してきたけれど、インターネットを通じた友達づきあいに一番フィットしていたのがワッサーだったと思う。

 はてなダイアリーやmixiにも人との交流という要素があったけど、自分の場合、交流というよりも内側から染み出す妄念を文章にして開陳、置いておく場所という感じがあった。気の向いた人にアクセスしてもらって見てもらうという感覚が近かった。Twitterは知っている人や知らない人との交流に向いていたけど、いかんせん広すぎた。大通りに例えられるようにTwitterはあらゆる人が行き交う場所で、仲間内のおしゃべりや冗談もさまざまな人の目に触れてしまうことがある。根が小心者な自分は外の目を気にしてしまって、なんとなくちぢこまってしまうこともあった。

 その点、ワッサーは素晴らしかった。何がいいって、機能的にはTwitterのいいとこ取りをしているような感じで使いやすいのに(日本人のお家芸ですね)、人が減ってしまったせいで絶妙にひなびた風情を醸し出してきたところだった。たとえるなら、「アド街」に出てくる地元の人だけが通う食堂とか、少子化の進む地域の児童館みたいな感じといったらいいのか……。

 今にして思えば、サービス終了が告知される前から、ワッサーのそこここに「そう長くはないのかもな……」と予感させるものがあった。ひと頃「ワッサー」でGoogle検索すると、トップに上がってくるのは「長野県須坂で誕生したニュータイプの桃 ワッサー」だった。SEOで桃に負けてしまうSNS……。なんというやる気のなさ……。また、ワッサーのトップ画面には「SecondLifeから投稿」という機能が高らかに掲げてあった。セ、セカンドライフ……。すでにノスタルジックなものさえ感じさせる響き……。こうして見るとワッサーというサービスは、ここ最近はあきらかに運営側からもあまり気に掛けてもらってない雰囲気だった。

在りし日のワッサー。サイドバーに「Second Life」の文字が。在りし日のワッサー。サイドバーに「Second Life」の文字が。

 終わりが近づいてくるのを肌で感じるほどに、廃校寸前の学校の生徒たちが和気あいあいとしてくるように、ワッサーユーザーたちもささやかでほほえましい団欒を繰り広げた。

 思い返せば、ひなびた健康ランドみたいだった。Tシャツなんだか肌着なんだかよくわからない寝巻きすれすれの格好でゴロゴロして、誰も聞いてないカラオケを気持ち良さそうに歌ったり、気が向いたら合いの手を入れてみたり、時にはそのマイクを奪い合ってみたりするような、いい湯加減の空間がそこには広がっていた。

 けど、もうワッサーはない。インターネットというのは、ひなびたものをひなびたまま置いておけるような余裕のある場所ではないのだろう。ログも全部消えてしまった。友人たちとの楽しいやりとりを思い出すよすがも、証明する手立てもない。全ては幻だったのかもしれない。

 これからインターネットは何度も死ぬと思う。手はじめがワッサーだった。ブログも死ぬかもしれない。mixiも死ぬかもしれない。TwitterだってFacebookだって、あとどれだけ続くのかわからない。そうやっていろんなものが死んでいって、最後に私たちも死ぬのかなと、私の頭は一気に飛躍した。

 今にも死にそうな年寄りたちが集まっている。年寄りだから何度も同じ話を繰り返す。みんな人の話を聞いているんだかいないんだかわからないけど、なんだか楽しそうだ。話の中にはワッサーのことが出てくるかもしれない。みんなは年寄りだから、うんうん頷きつつもワッサーが何だったかよく覚えていないかもしれない。でも覚えてなくたって、その空間がワッサー的な祝祭に包まれていればいいなと思う。

ケイクス

この連載について

ケイクスカルチャー

宮本彩子

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