消えゆく色町、移ろう異界

今回は、関根虎洸『遊郭に泊まる』(新潮社)、木村聡『色街百景』(彩流社)、藤井誠二『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)、本橋信宏『東京最後の異界 鶯谷』(宝島SUGOI文庫)、八木澤高明『青線』(集英社文庫)など、日本国内の思わぬ光景が垣間見える本を書評します。

何度か冒頭でキューバの医療の話をして、キューバは高度医療の部分ではあまり大したことはないが、予防医学的な部分は非常にしっかりしていて、それが高齢化にもつながっているという話をした。

で、今回のコロナで、一番重要なのがまさに予防医学の部分だ。手を洗え。ロックダウンとか言われるまでもなく、国内ですらガソリンもなくてもともと移動しづらい。ソーシャルディスタンスといったって、不特定多数との接触があるから問題なのであって、大した移動もない状況ではうるさく言うまでもない(とはいえ、劇場とか踊り場とかは閉鎖されているけど)。

そして、それ以上の話となると、いまのところ入院したって、先進国にも治療法はない。一時は呼吸器が云々と騒いでいたけれど、結果的に限定的な効果しかなく、重篤者にも大したことができるわけではない。

その意味では、コロナはキューバも他国と対等以上に対応できる病気だ。ついでにキューバはもともと、外貨稼ぎで世界各国に医療従事者をたくさん派遣する医療外交にいそしんでいる状況なので、予防医学レベルの対応ができる医療従事者は多い。今回も大量に人を外国に派遣している。キューバは日本などのような第二波っぽいものも見られないようだし、うまく収まって、また行けるようになるといいんだけど……。

そうは言ったものの、まあアジアもヨーロッパもだんだん人の往き来が再開される方向に向かいつつあるとはいえ(アメリカは……来年になってもめどがつくかどうか)、まだしばらくかかりそう。だから国内めぐりで気晴らしでも、と思って読んだのが関根虎洸『遊郭に泊まる』(新潮社)。しばらく前に買ってあったんだが、ちょうど最近、バイクを買ったこともあって(免許とってから30年ぶり!)、でかけておもしろそうなところが載っているかと、手にとったもの。


遊廓に泊まる

前者は、かつての遊郭で、いまなお残って旅館として泊まれるところをまとめて紹介した本。そうだなあ、遊郭だからといって、外観も内部の作りもなにか全然ちがうものというわけではない。ほとんどは普通の旅館だ。というより、どちらかといえば貧相気味な旅館というべきか。かつての遊郭はもちろん売春防止法でほぼ完全に廃れ、地域が衰退した結果として建て替えられることもなく残ってしまった感じ。そして旅館という形態もすでに衰退しつつある。ほとんどのところは、いまの代で消えて無くなりそうだ。

その意味で、物理的な建築を楽しむよりは、そこに重ねられた歴史の最後の名残を味わいにでかける、という感じ。その一方で、いまや遊郭だったことが観光的な価値をもたらしている物件も少数ながらあるとのこと。そのうえで、そうした過去を一時は隠さねばならなかった場所の話も取材されていて、歴史の変遷が如実に感じられる。

そして、遊郭にとどまらず、日本中にあった/ある色街を取材して歩いたのが、木村聡『色街百景』(彩流社)。手に入りにくいかもしれないけれど電子版は出ているし、また本書のもとになった『赤線跡を歩く』はちくま文庫に入っている。

こちらは、単体の建物よりは売春街という街を取材して歩いた本となっている。1930年に、純粋なプレイガイドとして『全国遊郭案内』という本が出ていて(これも電子版が復刻されている)、そこの記述を中心として木村が全国あちこちを尋ね歩いた結果だ。敗戦後にGHQが遊郭を廃止させたあとで私娼などの蔓延に対処すべく赤線を復活させ、かつての遊郭がそのまま赤線地帯となった地域も多く、その名残がいまだに各地に残されている。

もちろん、もう赤線は存在しない。残された場所は単に再開発に取り残されたというだけの、本当にみすぼらしい状況。その意味で、実際に使われている施設を撮った『遊郭に泊まる』より、はるかに物悲しい一方で、場所によっては伝統的な町並みとして観光化されている場所も多い。ほとんどの人は、そんな歴史を持つ場所だということもまったく気が付かないだろう。

でも著者は、建築や街の作りのちょっとした特徴に残るその痕跡を丁寧に掘り出す。その跡は、ある意味で日本の発展の痕跡でもあり、同時に日本の衰退の痕跡でもある。そうねえ、行ってみたいような気もする一方で、行きたくないような気もする。近くの新宿や品川は見に行ったけれど(すでになくなっているところも多い)、時間が淀んだような、曰く言い難い気分を残す。

そしてもちろん、そこにからむ歴史の様々な力関係は、朽ち果てた建物をながめているよりはずっと壮絶なものではある。藤井誠二『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)は、沖縄の売春街の興亡というべきか、むしろ浮沈の様相をたどる。もともとは米軍基地と米兵たちによる壮絶な性暴力に対する「防波堤」として設けられた売春街。そこで働く人々の様々な事情、その不動産物件を貸す人々の状況。警察の見回りを伝え合う地域ぐるみの警報システムや、客を裏部屋に通す隠し戸、様々な事情で、沖縄で働かざるを得ない人々、そこを離れたのにまた戻ってくる人々。そしてその売春街をある意味で利用し、守られてきた人々が、やがてそれを汚いもの扱いして「浄化運動」へと向かう様子、さらには左翼運動やヤクザとのつながり(またはその不在)まで。


沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち

沖縄の売春街は、前の本で扱ったような、一般人が(身勝手な)ノスタルジーに浸るほどの時間が経っていない。そこに関わった人々の記憶も、まだ生々しいのに、いやそれだからこそその痕跡は、浄化運動のおかげでいまや跡形もなく破壊されている。そして実際にその現場にいた人々は、何も言わずに姿を消すしかなく、そのかすかな痕跡だけが証言としてこの本に残される。一方的な断罪でもなく無責任な擁護でもない、ある意味でブローデルが述べていたような、環境全体からの歴史の把握がここにはある。

読後感のよい本では決してない。読んで変なロマンチシズムに浸れるような本でもなく、それこそいまのぼくたちの日常の背後にある影をひしひしと感じさせる重たい本ではある。もちろん、これは沖縄だけの話にとどまらない。ぜひとも多くの人に読んでほしい一冊。

これに対して、本橋信宏『東京最後の異界 鶯谷』(宝島SUGOI文庫)は、上野の隣にあるラブホ・風俗街としても知られる鶯谷について、ちょっとした歴史的な背景、文化的な側面、そしてそこのデリヘルその他で働く人々への取材をまとめた本。『沖縄アンダーグラウンド』とは比べるべくもない、お気楽な本ではある。各種性風俗店の実態をきちんと取材分析するというよりはむしろ、ゆるい風俗案内みたいな本だ。


東京最後の異界 鶯谷

だけど、取り上げているネタはおもしろくて、赤軍派の塩見元議長とテレクラやおっパブに行った話とか、それに伴うブント派からの批判とかなかなか笑えるんだけれど、でも比較的単発な話で、むしろインタビューされている真由美さんとか陽子さんとかのエロ話の枕みたいな感じ。まあそれは場所としての性格の差もあるんだろう。この地も、おそらくは何か残るわけでもなく、東京の発展の中でだんだん消え去りそうではある。が、どうかな。これからやってくるコロナ不景気で、再開発の勢いが急激に衰えて、あの地域も『色街百景』の後を継ぐような本にいずれ登場することになるのかもしれない。

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山形浩生

経済、文学、コンピュータなどの多方面で八面六臂の活躍をする山形浩生さん。その山形さんが月に一度、読んだ本、気になる現象について読者にお届けする密度の濃いレポートです。

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コメント

takekotempoku 銭湯の研究をしてるとき、遊郭はいわば隣接分野だったんだけど、そっちにはあまり深い関心を抱けなかった。温泉は好きだが秘湯好きなわけでは無い感じ。 https://t.co/LqiWfofq0x 3ヶ月前 replyretweetfavorite